食物博愛主義者

 とある山奥の閉鎖的な村には、都会からやってきたお騒がせな男がいた。彼はどうやら怪しげな情報に影響されやすいタチのようで、何かのテレビを見た日には「コンセントは盗聴器が仕掛けられているから、使わない方がいい」だの、ラジオを聴いた日には「テレビの電波は体に悪影響を及ぼす。これからはテレビを見ないようにした方がいい」だのと、突拍子もないことを村人に言いふらした。


 彼が街からこの村に引っ越してきたのも、「スピリチュアルなパワーがここらに溜まっているから」という、何ともうさん臭い理由からだった。


 そしてある日、男はとうとう行くところまで行ってしまった。


 その日彼は、「大事な話がある」と村人たちを広場に集めると、声高々に演説を始めたのである。


 「いいですか皆さん!肉も魚も野菜も、そして水も意思をもっているんです!食べられた時に『痛いっ!』って感情をね!そう思わせてしまうと知ったら、食事とはなんてかわいそうなことだと思いませんか!?ですから、これからは何も食べないで生きましょう!食物博愛主義者になるのです!そうすれば全ての動物、植物がハッピーになれるのです!」


 どう考えてもおかしい理屈だった。そもそも、何も食わなければ人間は死んでしまう。誰も、彼の話をまともに取り合わなかった。周りからはブーイングの嵐だ。


 すると、男は怒ってこう言った。


 「何故皆さんは食物博愛主義者になろうとしないのですか!」


 「当たり前だべ、モノ食わなきゃ人は死んじまう!」


 馬鹿馬鹿しいと、村人の1人が反論する。


 「そんなことわかりませんよ!誰かやったことがあるんですか?ないでしょう。今からやってみればいいのです」


 「そったらこと言うんだったら、おめえさんが試してみればいいんだべ」


 こう言われたら、確かにそれはできないと納得するのが普通の人だ。しかし、彼は違った。そうか自分が試せばいいのかと、実験を思い立ったのである──そう、彼は鹿だったのだ。

 

 そうとなれば早速と、男は村の食物庫から野菜と肉、それに魚を少量持ち出して、村のはずれにある蔵へと向かった。


 先程まで演説していた男の急な行動に、村人たちはどうしたのかと、野次馬根性でついていく。


 「村人の皆さん!皆さんの不満は分かりました。ならば、私がその不満を取り除きましょう。一ヶ月間、私は飲まず食わずで蔵に入って見せます」


 「おいおい、待つだべよ。その食べ物はなんだべ?中で食うんじゃないべか?」


 野次馬から尤もな質問が飛んだ。飲まず食わずを謳っているのに、持ち込んだ食物を中で食べてしまえば何の意味も無くなる。


 「いいえ、私は食物博愛主義者ですので、もちろんこれらは食べません。一ヶ月後に確認して貰っても結構。違うのです。この食物たちには、私と共に修行をしてもらうのです。きっと一ヶ月後、私と食物たちは喜びを分かち合っているでしょう!」


 そう言って男は蔵に入った。彼の伝言で、外側からはかんぬきで抑えられ、自力で外には出られなくなる。


 蔵の外ではやかましい男がいなくなったと、村人たちが大いに喜んでいた。


 ──そして一ヶ月後。一人の心優しい村人が、男との約束を忘れずに閂を外して蔵を開けた。


 あの大馬鹿者は、最後まで大馬鹿者だったらしい。彼は約束通り食物に手をつけず、座った状態で死んでいた。また、彼の周りに置かれた食物はそのほとんどが腐っていた。


 それを見た村人は、涙を流して叫んだのであった──。


「何が食物博愛主義者だ!情報に振り回されて、なんて無意味なことを!これじゃアンタも、人に食べて貰えるはずだった食物たちも、だぁれも幸せになっていねぇべよ!」

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