致命的な失敗
僕はどうしてこんなにダメな人間なのだろう。小さい頃から決断力が無く優柔不断で、人に物を言うのも躊躇ってしまう。よくドジをして、トロくて間抜けで。
大人になった今でもそれは変わってなくて。ある会社の営業部の平社員として、毎日あくせくと働いているけど、仕入れ品の発注桁数を一桁多くしてしまったり、メールの送り先の商談相手を間違えたり、会議の時には決まってお腹を壊したり…。
とにかく失敗続きで、僕はきっと、出世なんて一生できないんだろうと思っていた。でもある時、千載一遇のチャンスが訪れたんだ。
それは新商品をどう他社に売り込むか、という会議での出来事だった。なぜ僕なんかがそんな重要な会議に呼ばれたかというと、部長から「お前のプレゼンを見たことがないから、一度俺に見せてみろ」と誘われたからだ。多分、半分は僕から良いところを引き出そうとしてくれて、もう半分は怖いもの見たさで呼んだんだろう。
けど理由はどうであれ、僕は嬉しかった。こんな出来損ないにチャンスの場を与えてくれたんだ。なら、持てる力を最大限出そう。
僕は寝る間も惜しんでプレゼン資料を作成し、同僚に手伝って貰い何回も練習した。そして会議当日──。
「素晴らしい!君にこんな才能があったなんて!!」
知らなかったが、僕にはプレゼンテーションの才能があったらしい。顔も知らないお偉いさんたちが、僕のプレゼンに拍手を送ってくれている。
「今度の他社へのプレゼンも彼へ任せたいと思いますが、皆様よろしいですね?」
会議出席者から反対の声が上がることはなかった。何と、売り込みのプレゼンまで任されてしまったのだ。しかも聞くところによると、売り込み先の会社は他県にある、某超有名企業だと言うじゃないか。
何だかトントン拍子で進んでしまって、まるで現実味が湧かなかった。そして細々したすり合わせをして会議が終わると、事の大きさと重圧を再認識して、僕の口からは大きな溜息が漏れた。
「はあ…、心配だ。ここまでドジばかりしてきた僕が、果たしてやりきれるのだろうか。きっとどこかで些細なミスをして、全てをパーにしてしまうんじゃないか」
ぼやいていると、後ろから肩を叩かれた。振り向くと僕を推薦してくれた部長が居る。
「おいおいどうした浮かない顔して。プレゼン担当に選ばれたんだろ?もっと喜べよ」
「そうなんですけど…僕には自信がないんです。いつも大事な時に何かをやらかしてしまって。だから今回もそうなるんじゃないかって」
「そんな弱気になるなよ。少なくとも、今回は君のプレゼンが上手くいったから選ばれたんじゃないか。それに当日は私もついていくし、何かミスがあればフォローするさ」
「本当ですか」
「ああ、もちろんだとも」
部長が共に来ると聞いて、すこし肩の荷が降りた。よかった、部長は僕と違って優秀だ。これまでも沢山の業績を上げているし、彼の言うことを聞いていれば間違いないだろう。
こうして、本番の日までプレゼンをさらに改良させ続け、ついに誰の目から見ても素晴らしいと評価が貰える、最高のものが出来上がった。
そして本番当日。失敗の神様は僕を見逃しはしなかった。まず朝起きると緊張で腹痛が起こり、そのせいで家から出るのが遅れてしまった。けれど僕も負けるものかと急いで駅へ向かって、電車の乗車時間が間近に迫る中、なんとか部長と合流した。
「早く!」
「あ、部長!待ってください!」
しかし時間に余裕は無い。走る部長に追いすがって、電車に飛び乗る。間もなくプシューッと音がして扉が閉まり、特急が動き出した。
「ふう、危なかったねえ」
「え、ええ、本当に…。すみません、部長が切符を先に買っていただいたのに…」
僕はこの時、自分の致命的なミスに気がつき青ざめた。だが、このミスはもう取り返せない。
「しかし今の時代、特急電車があって助かったよ。この時間でも余裕を持てるからね。そうでなけりゃ、各駅停車だけで最寄駅に着くのもギリギリだったろう。向こうの会社、時間に厳しいんだよ」
「そ、そうなんですね。僕が腹痛にならなければ…」
適当な相槌を打つが、部長の話など上の空。気が気でなく、もう冷や汗が止まらないのだ。
「…?何だか歯切れが悪いな。顔色もよくない。…おいっ、どうしたんだ!?まさかプレゼンの資料を無くしたのか!?」
「…い、いえ…それはちゃんと持ってきてます…そうじゃなくて…僕は、致命的な失敗をしてしまったんです…」
「ええっ!?一体、何を失敗したんだ!?」
残酷な真実を伝えるのは辛いが、黙っているわけにもいかない。僕は特急の路線図を指差し、伝えた。
「ぶ、部長…。この特急は目的地と反対方向なんです…」
「えっ」と声をあげ、部長は指差す方向を見る。丁度、車内アナウンスが「次は××駅〜」と伝えた。
相当ショックが大きかったのだろう。部長は愕然として、膝から崩れ落ちた。
「なんということだ…私が間違えていたとは…!この時間じゃ、もう間に合わない!」
「しょうがないですよ部長…僕のミスです」
「気休めはよしてくれ。失敗したのは私じゃないか。君は乗り間違えに関しては、何も失敗していない」
そういう部長に、僕は首を振って答えた。
「いえ、違います。部長が今回のプレゼンについてくると言った時、僕が『1人で大丈夫です』と断ればよかったんです。そうすれば、乗り間違えもありませんでした。しかし『部長は優秀だ』と過信して、断る選択肢を持っていなかった。そう考えると、やはりあの時点で僕は、致命的なミスを冒していたのです」
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