第1話 任務遂行

 大陸が裂かれるような、そんな大災害テンペストももう十年前のこと。二分された世界は未だ修復完了の目処が立たないが、人々の生活にはやっと活気が戻ってきた。


 それに伴い、急速な工業の発展が起こった。電子機器が登場し、電波を受信することで信号を受け取ることのできる仕組みが整備された。実際に会わなくとも、ある程度合図を決めておけば軽い会話ができるのだ。


 便利な世の中になったものだが、それでも災害の前から廃れないものも数多くある。建築に、農作に、料理に、諸々の地域文化に……。大事な人を失くし路頭に迷っていた奴らも、だいぶ新生活に慣れてきている。


 そんな『表』の部分での変化や不変もされど、『裏』の部分でも暗躍する者がいた。彼らは昔から『忍者ニンジャ』とか『殺者サツジャ』とか言われる陰にひそんで人を殺す職業だ。


 今時では粋がって『暗殺者アンサツシャ』などと呼ばれているが、まあやっている事は同じだ。依頼を受けて、対象を殺す仕事。無論、自分自身にも危険が及ぶ可能性があるわけだ。自分から志願する者などそういない。だがやはり、危険なだけあって、金が弾むのだ。大抵、時給1プディでももらえたら良い方だが、影の仕事ではその倍の倍。時には更にボーナスが付くこともある。


「ああ、でも、別に金が欲しくてやってるんじゃないんだがな……」


 改めて自分の置かれた状況を振り返る。なんて幸福で残酷なのだろうか、この世界は。いや、他にも世界があったとしたら、その世界も残酷であってほしいな。僕は幸福な人間を恨まざるを得ない立場なんだ……。


 暗殺者という職業は、ポネバスという友人に勧められて始めたものだった。彼は親に捨てられ、一人で芸をやっていた。はした金でどこかの家でお世話になり、何とか食っていたらしいが、そこがちょうど災害の餌食になったようで、それで飲まず食わずで死んだらしい。まあ、誰だってそういうことくらいある。僕だって金がたっぷりあるわけじゃないし、いつ誰に恨みを買って殺されてもおかしくはない。そういう、もんだろう?


 ………………と、


「――着いたか」


 そうして、無駄なことを考えながら向かった『目的地』にたどり着く。


 趣あるレンガの並ぶ、白塗りの壁。庭園は建物の敷地の倍の倍の倍くらいはあるだろうか。そんな西洋風の、大豪邸。既に深夜である現在、家の風貌もほとんど見えないのだが。


 表札は、きちんと『ジョセフ』だった。いや、地図通りに来たから間違っているはずもないのだが、念のためだ。


 ジョセフ・フォン・バッテルナ。あなたがどんな罪を犯したのか知らないし、もしかしたら冤罪かもしれません。でも、これが依頼なんです。死んでください。


 そう心に念じるように唱えてから、柵を軽快に飛び越える。南に正面玄関、西に第二玄関。北東方向の何もない場所から侵入する。


 サ……。音はできる限り立てない。そして……行ける!!


 僕は足音を立てずに走る。時間がかかればかかるほど危険が増すのである。音を立てるのも危険だが、音を立ててでもさっさと仕事を終わらせて逃げる方がいいのだ。


「おい、あれなんだ?」「し、侵入者だ!!」


 ――ウーウーウー。警備の野郎に影を見られたようで、警報を派手に鳴らされた。


 1,2,3,4,5。「キャーーッッ!!」


 すぐに建物内から悲鳴が鳴り響き、慌てふためく声が聞こえる。だがその反応も、僕からしたら遅すぎる。警報が鳴り始めてから五秒もあった。五秒だぞ、その間に僕がどこまで動けると思っている?


 僕はもうターゲットの部屋の近くにいた。あと少し、だが使用人たちが固まっている。無理やり突破も不可能ではないかもしれないが、一応使用人に強敵がいる可能性や強い武器を持っている可能性を考慮してやめておく。それなら。


 上から、襲撃する。二階から、一回の天井に穴をあけて入る。穴をあけるのは一瞬だ。一秒にも満たない時間で、ナイフをコンパスの要領で使用し円を書き、ストン。そして最重要なのが逃げ道なのだが、それは窓を割って逃げればいいであろう。使用人が部屋の中に入ってきて銃でも撃ってくる可能性を考慮して、一応防弾性の固い革を身につけてあるし、これで最悪死ぬことはないだろう。思い切りも大事である。


 僕は廊下の一回の天井にさっと穴とあけ、二階へと跳び上がる。そしてすぐ隣の部屋。誰もいない部屋に入り、すぐ下の目的の部屋の天井に穴をあけ――


 ――ガチャン!


「は…………?」


 何かが、足に……くっ、罠か⁉ 僕は視線を遣ると、それは――


「ネズミ捕り……⁉」


 紛れもなく、チューチューと鳴くあの小動物の捕獲のための装置がそこにあり、僕の足をしっかりと締め付けていた。巧妙な罠……全く気が付かなかった。


 カチャカチャ、外そうとするが思ったようにはいかない。……試すこと十五秒。なんとか外れたが、怪我がひどく俊敏な動きができなさそうだ。仕方がない、このまま一旦引き上げるしか……。窓を割ろうとしていたわけだし、怪我の可能性は考えていたのだが……。


 悔しい気持ちが募っていく。そんな自分への憎しみが、僕にこんな言葉を呟かせた。


「誰だ、こんなところに、僕でも気づかない罠を置いたのは……」


「――私だよ」


「え?」


 ズザザザ……。声に驚いて足を滑らせる。軽くブレーキをかけながら後ろを振り向く。そして、そこに立っていたのは――幼い、少女? いやでも、幼いといえども……美しい。あ、そういう趣味とかではなく、その、純粋に彼女の白い肌や繊細な黒い髪が綺麗だと思っただけだ。


「君が、僕でも気づかないような罠を置いたのか?」


 僕の唇は、頭で考えるよりも先にその言葉を紡ぐために動いていた。

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罠の執行人(エクスキューショナー) 星色輝吏っ💤 @yuumupt

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