第6話 おやすみなさいアンナさん


 夜七時。シャワーも夕飯も済ませ、机の上に置いた電話の子機を睨んでいる。

 我ながら馬鹿らしい事をしている。

 

「まだかな……流石にそろそろ来るよね……」

 

 急に出たら電話の前で待ってたって思われるし……四コールくらいしたら取ればいいよね。

 いや、三コール半で……


“〜♪ 〜♪”


「きゃっ!? ……し、知らない番号だし、これだよね? 二……三……」


 こんなに緊張したのはいつ以来だろう。

 ちょっと手が震えてる。

 …………なんでだろ?


『も、もしもし? 私、第一中学校でアンナさんと同じクラスの春山長閑と言います。アンナさんいらっしゃいますか……?』


 少しだけうわずったその声を聞くと、手の震えが止まった。

 受話器越しの長閑さんを想像すると、ベッドの上で正座している姿が思い浮かんで、思わず笑ってしまう。


「……ふふっ。アンナです。今日はありがと」 

『アンナさん? わぁ、良かった……こういうの初めてだから緊張しちゃって』

「そうなの? 長閑さん友達多いでしょ」

『LINEとかDiscordで連絡してるから、こうやってお家の電話になんてかけないよ? あっ、今電話しても良かったのかな? お家の人とか……』

「パパもママも忙しくて月に一回しか帰ってこないから平気。他の人には言わないでね」

『……じゃあ今度は私がアンナさんのお家にお邪魔してもいい?』


 長閑さんが私の家に……ここに!?


「いやでも私の部屋遊ぶもの無いしつまんないし…………それでもいいなら……」

『ホント? わーい♪』


 なんだろう……この感覚は何て表せばいいのか……

 パパやママに聞けば分かるのかな。

 それに……いつもは寂しくないのに、今日家に帰ると心の中が寂寞とした。

 今は……大丈夫だけど……変なの。


『アンナさん?』


 胸の中がざわざわして……何かが足りないんだっていうのは理解出来る。


「なんでこんなに寂しいのかな…………あれ、私今……」

『……アンナさん、ノートパソコン持ってる?』

「あるけど私詳しくないよ?」


 長閑さんの指示通りにパソコンを操作する。授業で触れる程度だから、今自分が何をしているのかよく分かっていない。

 これでいいのかな……


「言われた通りに出来たけど……」

『ちょっと待ってて…………アンナさん、見えますかー? こちら長閑です。ふふっ、なんちゃって』


 パソコンの画面に映し出された……長閑さんの笑顔。その瞬間、何かが少しずつ満ちていく感覚がした。

 タオルを巻いているからお風呂上がりなのか……頬が赤く染まっている。


「…………これ私も見られてる?」

『ふふっ、おしゃれなお部屋が見えてるよ』

「け、消して!! どうやって消すんだろう……へ、部屋を見られるなんて……こういうのは順序があって……」


 パソコンに向かって必死で手を振り画面を隠す私を……笑いながら茶化してくる長閑さん。

 相変わらずこの笑顔に調子を狂わされるけど……今はもう少しだけ見ていたい。


 他愛もない話、気が付けば十一時を過ぎていた。長閑さんの母親の「もう寝なさい」と言う声が聞こえてきた。

 

『ごめんアンナさん、そろそろ寝なきゃ……』

「ううん、ありがと。その……えっと……」


 駄目……小っ恥ずかしくて言葉が出てこない。でも長閑さんが頭の上にハテナマーク出したままだし……

 と、友達なんだからこれくらい言わないと……


「お、お、お……おやすみ……なさい」

『うんっ♪ おやすみなさいアンナさん!!』


 足りなかった筈の何かは、溢れ出るほど私の中で鼓動している。

 頭まで被った布団の温もりが、やけに心地良く感じた。

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