第25話 聖歴152年7月10日、宿敵

 むっ、とうとう俺も幻を見るようになったか。

 それとも飲み過ぎか。

 俺は思わず頬をつねった。


「どないしたん」


 ジューンの訝し気な声。


「あそこに立ってる男が見えるか?」

「あの、少し嫌な目ぇしてる男?」


 ジューンにも見えるんだな。

 見えたのはハックルの奴だ。

 幻じゃないって事は不味い。

 俺はゆっくりと椅子から降りてしゃがんだ。


「奴は敵だ。顔を合わせたくない。てっ事で、すまんな。せっかくの歓迎会なのに」

「私なら気にしない。いいから行っていいから」


 ラズは手で早く行けと合図を送った。

 しゃがみ歩きして、酒場から、ギルドの裏口に行く。

 ふぅ、見つからなかった。

 ジューンとラズを酒場に置いてきたが大丈夫だろうか。


 一緒に逃げた方がよかったか。

 でもギルドの酒場で食い逃げしたなんて言われたら、赤っ恥もいい所だ。


 俺は宿の入口を何度も行ったり来たりする。

 何時間か経って二人が赤い顔して帰ってきた。

 酔ってはいるが、別に変な所はない。


「絡まれたりしなかったか?」

「ギルドの酒場でぇ?」

「絡まれなかったよ。それより敵の情報が聞きたくない?」


「聞きたいな」

「あの、ハックルって男のパーティは、ゴブリン・ダンジョンの制覇を狙っているみたい」

「それで?」

「目的はスキルオーブらしいよ。王様に献上するんだって」


 奴は、勇者になる為に、賄賂を渡そうって魂胆だな。


「うちは眠い」

「ジューンが限界だ。ラズ、すまないな。頼めるか」

「もう、しょうがないんだから。ほら、ジューン、ベッドで寝なさい」


 ラズがジューンに肩を貸して連れて行く。

 それにしてもハックルの奴、スキルオーブか。

 ボスマラソンする気だな。


 俺の方が早く制覇してダンジョンの魔力を抜き取ったら痛快だな。

 スライム・ダンジョンではあれからドロップが渋くなったとギルドで聞いた。

 ゴブリン・ダンジョンで魔力を抜いたら、ボスを倒してもカスみたいなドロップ品しか出て来ないだろう。

 よし、妨害してやろう。


 メイスを腰から外して油を塗って、布で拭きとる。

 ひびが入ったりしてないか、叩いて音を聞く。

 大丈夫なようだな。


 グリップの革が緩んでいないか確かめる。

 ドアがノックされた。


「どうぞ」

「ジューンは寝かしつけてきたわ」

「ご苦労様」


「あなたどういうつもり?」

「どういうって?」

「ジューンよ。彼女あなたに惚れているわ。男らしく応えてあげないと」

「その事か。好意があるのは分かっている。一緒に一晩過ごしたしな」

「そんな事までしてるのに、はっきりさせてないの。最低ね。惚れた方が悪いって、プレイボーイを気取っているなら辞めた方がいいわ」

「そんなんじゃない。一晩一緒に寝たが何もしなかった」

「呆れた。何となく関係が分かった。奥手もいい所じゃない」

「言っておくが、童貞じゃないぞ。責任を持てない事はしない主義なんだ」


 童貞うんぬんは前世でとは言わないでおこう。


「ジューンは、本当は冒険者をやりたくないんじゃないかしら」

「そうかもな」

「あなたの身勝手に、付き合わせるんだったら、可哀想よ。振るならきっぱりとしなさい」

「甘えかもしれないが、それは出来ない。ジューンの苦境を俺は助けた。その恩を返してほしい」


「あなたって最低ね。弱みにつけ込んで、振り回すのね」

「なんとでも言ってくれ。俺にはジューンが必要なんだ」

「そういう事は本人に言いなさい。でもあなたは許せないわ」


「許してもらうつもりはないさ。俺とジューンの夢が叶ったらその時に関係を清算するつもりだ」

「離すつもりはないようね。まるでヒモね。やっぱり最低の男だわ。決めたわ。ジューンが道を踏み外さないように見張る」

「余計なお節介だと思うがな」

「あなたが言う筋合いじゃない」


「話がそれだけなら、もう行ってくれ。明日も早い。たっぷり寝て準備をしたい」


 ラズは乱暴にドアを閉めて去って行った。

 ラズは良い奴だ。

 ジューンの親身になっている。

 赤の他人なのにな。

 きっと育ちが良いんだろうな。


 ラズとは何となく上手くやっていける気がした。

 俺が最低男なのは知っている。

 冒険者稼業はつらいのにジューンを巻き込んでいる。

 一瞬、ジューンに辞めても良いと言おうかと思ったが、頭を振って辞めた。


 仲間が必要だ。

 絶対に裏切らない仲間が。

 ジューンほど最適な人間はいない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る