第23話

花壇へ行かなくなって3日が過ぎていた。



きっともう私が花壇に行くことはないだろう。



学校につくと昇降口には雪ちゃんが待ってくれていて、一緒にA組の教室へ行く。



雪ちゃんたちのグループはこうやってできるだけ私が1人でいる時間を少なくしてくれているのだ。



雪ちゃんと会話しながら階段を上がっていると、1人の先生が階段を駆け下りてきて私の前で止まった。



驚いて立ち止まると「矢沢さん、大田だけど」と、息を切らした大田先生の声がした。



最近特別学級に顔を出していないから多少の気まずさがあり、顔をそむけてしまう。



それでも先生を無視することはできなくて、「なんですか?」と聞き返す。



「最近、花壇へ行っていないみたいだね」



大田先生の声は咎めているようなニュアンスを含んでいる。



「……はい」



「それを他の生徒にちゃんと引き継いでもらわないと、花は枯れてしまうんだよ」



大田先生の言葉に私はハッと息を飲んで顔を上げた。



花が枯れる?



まさか、水やりなら佳太くんがしているはずだ。



だけどそれでは佳太くんに罪をなすりつけることになってしまうので、なにも言い返すことができなかった。



「ごめん雪ちゃん。先に教室に行っていて」



私はそう伝えると大急ぎで花壇へと向かったのだった。


☆☆☆


そこには見るも無残な枯れた花の姿があった。



私がここへ来なかったのはほんの3日ほどだったが、その間一滴の雨も降ってきていないので、花壇の中の花がこうなることは予想できたことだった。



「どうして……」



花壇の前に膝をつき、茶色く変色してしまった花びらに触れる。



指先が少し触れただけで、枯れた花びらはすぐに落ちてしまった。



私は土を蹴るようにして立ち上がると、水道へむかい蛇口を開放してホースで水まきを始めた。



ここまで枯れてしまったらもうダメかもしれない。



生き返ることは不可能かもしれない。



だけどいつもと同じように水をまくと、やっぱり虹が出てきてそれはとてもキレイにキラキラと輝いて見えた。



「ごめんね。今度からはちゃんとここに来るから。もう逃げないからね」



語りかけながら涙が滲んできた。


私が引き継ぎもせずに勝手に水やりをやめたりしたからこんなことになったんだ。



佳太くんがしてくれるなんて勝手に思い込んで、安心してしまっていた。



この子たちが枯れたのは私のせいだ!



花はなにも話さないけれど、その顔を見ていると気持ちがわかる気がした。



怒っていたり、喜んでいたり、眠たそうだったり。



人の表情はわからないけれど、植物と触れ合うことでそこには心があり、表情があることを教えてもらっていた。



私自身が心を寄せることができる場所でもあった。



もしも佳太くんと一緒にいるところを坂下さんに目撃されたら。



そう思うととても恐いけれど、もう花を枯らしたりはしない。


☆☆☆


それからまた花壇に通う毎日が始まった。



今度は特別学級の子も一緒だ。



どちらか一方が水やりできなくても、必ずもう1人が花壇へ来られるように配慮されたのだ。



「花、咲いてきたね」



景子ちゃんが嬉しそうに言う。



私は頷く。



あれだけ枯れていた花が徐々に元気を取り戻してきたころだった。



私達以外の足音が聞こえてきて振り向くと、そこには私服姿の彼が立っていた。



彼は私達を見ると少し首をかしげ、とまどっているような雰囲気を醸し出した。



「私、もう行くね」



景子ちゃんが何かを感じ取り、気を聞かせるようにしてその場を離れる。



2人きりになったとき、ようやく彼が口を開いた。



「やっと花壇に来てくれたんだね」



その口ぶりはずっと私を待っていたように感じられる。



「花壇の水やり、どうしてしてくれなかったんですか?」



そんなこと言うつもりはなかったのに、すねた子供みたいに口を尖らせてしまう。



私が他の誰にも引き継ぎをしなかったのは、彼がいてくれると思ったからだった。



過信しすぎていたことだとわかっていたのに、言わずにはいられなかった。



すると彼は困ったように頭をかいて「ごめん。でもこれは君のための仕事だと思ったんだ」と弁明した。



彼が言おうとしていることは理解できる。



私がクラスに馴染めていないことを知っていた彼は、私のためにこの場を作ってくれていたのだ。



水やりをしに来ることで彼と会話ができる。



その時間はたしかに大切なものだった。



「花が枯れるのを黙って見ていたんですよね?」



彼は悪くないと思うのに、心の中に救ったモヤがそう言わせる。



「本当にごめん」



どうしてこんなに彼を困らせてしまうのだろう。



この心の中の苛立ちは一体なんだろう?



考えてみたら、ふと坂下さんの顔が浮かんできていた。



坂下さんのあの言葉から、彼がとても人気者だということが伺いしれた。



そしてきっと坂下さんは彼に恋をしているということも。



それがずっと心の奥にモヤとなって沈殿していたのだと気がつく。



なんだ、ただの嫉妬じゃないか。



そう気がついて、自分自身に嘲笑が漏れる。

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