第21話

それから特別学級へ向かっていつもどおり授業を受け、放課後になっていた。



私はいつもどおり花壇へ向かおうとして、途中で足を止めていた。



不意に今朝坂下さんに言われたことを思い出したのだ。



『とにかく、佳太くんにこれ以上近づかないでよ』



言われたときには深く考えなかったけれど、もしかしてあれは警告だったんじゃないだろうか。



これ以上佳太くんに近づくとイジメが悪化するとか、そういう風にも取れる。



昇降口で立ち尽くしていると、「なにしてんだよ」と、声をかけられて振り向いた。



同じクラスの秋山くんだ。



秋山くんは苦手で、返事が喉に詰まって出てこない。



「まさかまた花壇か?」



バカにしたような口調だ。



私は秋山くんから視線をそらして足元を見つめた。



「やめとけよ。文美が今朝言ってただろ、佳太には近づくなって」



「でも私は花壇係りで――」



「そんなもんどうでもいいつってんだろ!」



途中で怒鳴られて身をすくめる。



どうしてこの人達はすぐに怒鳴るんだろう。



そうすることで人が従うと考えているのかもしれない。



「文美は佳太にマジなんだ。これ以上近づいたらお前、どうなるかわからねぇぞ?」



秋山くんは脅すようにそう言ってそのまま帰ってしまったのだった。


☆☆☆


ベッドに突っ伏して今日の自分を反省する。



クラスメートたちはみんな優しくて私のことを心配してくれているのがわかった。



だけど私は坂下さんたちの言葉に怯えてしまって、花壇へ行くことができなかったのだ。



もし、もう1度彼と一緒にいるところを見られたら私はどうなるのだろう?



そう考えると足は自然と花壇とは逆の校門の方へと進んでしまった。



花壇係りをサボった上に、佳太くんとの約束を破ってしまう結果になった。



佳太くんはきっと今日も花壇に来ていたはずなのに、私は――。



クッションを頭の上から押さえつけて、マットに顔をうずめて大声を上げる。



もしかしたら坂下さんは佳太くんが花壇にいると知って、今日会いに行ったかもしれない。



坂下さんは私なんかよりも恋愛経験がありそうだから、すぐに異性と仲良くなれるだろう。



2人が付き合いはじめることとかも、あるかもしれない。



そこまで考えて、また大きな声を上げた。



私の声はマットとクッションがかき消してくれる。



どうしようもない感情がいつまでも胸の中にくすぶり続けていたのだった。


☆☆☆


恋をすることは楽しくて、そして苦しいものだと昔呼んだ少女漫画に書いてあった。



それがこれなんだと思い知って、その気持を払拭するように冷たいシャワーを頭から浴びたけれど、気持ちは全然晴れやかにはならなかった。



救いと言えばA組の友人たちだった。



私が教室へ向かうと必ず挨拶を返してくれて、休憩時間になると話しかけてくれるようになった。



私の失言がきっかけでなにかの病気であることがバレてしまったから、会話をする前に「私、雪だけど」と一言付け加えてくれる。



中学校や小学校では見られない光景がそこにはあった。



みんな私の言動と病名をつなぎ合わせて、調べてくれていたのだ。



けれどその気遣いは中学時代に受けたものとは少し違い、自然に馴染んでいくものだった。



私は過去の出来ごとを引きずって怯えてしまい、今のクラスメートたちのことをちゃんと見ることができていなかったのかもしれない。



次第にA組にいる時間が伸びていき、特別学級にいる時間が少なくなってきていた。



でもこれでいいんだ。



これが私が望んでいたことなんだから。



それでも、私の心の中にはいつでも佳太くんの姿があった。



彼は今日も花壇にいるのだろうか……。

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