そんなところが大好き

 



 今朝、ラスターは起こしに来なかった。

 昨日嫌いとはっきり口に出してから、ラスターはリディアのことを避けているようだ。


 思い出すと胸が締め付けられるように痛んで、折角の朝寝坊のベッドの中でリディアはため息を吐く。太陽の位置を見る限り、午前十時頃だろうか。規則正しい生活に慣れきった胃が空腹を訴え始めていた。


(だけどラスターがひどい……)


 自分でも驚くほどショックを受けている。家族からの言葉で心底傷ついたのはこれが二度目だ。痛いことをされたり、食事を抜かれたりは覚悟していたが、嫌われる覚悟は全くしていなかった。


 ラスターから、はっきり嫌いと拒絶されたのは初めてだ。


 仕方がないことだ。

 嘘を吐いたわけではないけれど、おそらく一度ディアナに騙され利用されたと思っている分、信じることはできないのだろう。


(本当に、本当に仕方ないことだわ)


 例え嫌われてでも、ラスターの心を守ると決めたのはリディアだ。

 一抹の罪悪感もなく、幸せに生きてもらうために。


 そのためにはそろそろ起きて、いつも通り振る舞わねば根は優しいラスターが気にしてしまうだろう。それにやっぱり、このまま結婚は良くない。最悪逃げ出すためにも、十六年ぶりに彼に会わなくては。


 そう思って起きあがろうとした時、遠慮がちに扉を叩く音がした。


 ◇



「……生きてるな」

「当然でしょう」


 ちょっとバツの悪そうな顔のラスターが、それでも起きあがろうとするリディアの姿を見てホッとしたように吐息を吐く。

 まだ十時頃だろうに起きてこないだけで安否を確認するなど、ラスターの規則正しさに内心恐れ慄いた。


「……今日は特別に。ベッドの上で食事をしてもいい」


 そう言ってラスターが、手に持ったスープやパンの朝食を見せる。驚くと布団をかけたままのリディアの膝の上にぽんっとベッドテーブルも現れた。


「昔は毎日、ベッドで食事を摂りたいと言ってただろ。……今日だけだ」

「ラスター……! 私、これ夢だったの! 今日ということはお昼も夜もここで過ごせるということ!?」

「………………今日だけは、特別だ」


 くっ、不本意だ、とでも言いたげな苦々しい表情に思わず吹き出すと、ラスターがまたホッとしたように目を和ませた。

 きっとこれは、彼なりの仲直りなのだろう。


「あなたはもう食べたのよね?……そこに座って、果物だけでも一緒に食べない?」

「……ああ」


 ラスターが懐かしそうに眼を細める。

 喧嘩をした後は、一緒に食事をして仲直りをする。それが一緒に暮らしていた頃、二人の暗黙の了解だった。



「……ものすごく気が乗らないが。二人で王宮へ行くことになった」

「王宮?」

「先日、古龍を殺した。その祝賀会とやらを開催するから、婚約者も連れてこいと王命が下った」


 余計なことを、と舌打ちしかけたラスターに、リディアは「祝賀会……」と呟いた。


「……大魔術師の功績を称える会なら、マクシミリアンも来るわよね」

「やはりディアは来なくていい。急病になったことにする」

「えっ、まさかあなたまだマクシミリアンを嫌ってるの!?」


(言わなきゃよかった!)


 まさかまだ仲が悪いとは思わなかった。ラスターのことを記した本によると、ディアナ亡きあと大魔術師になる前の一年間ラスターの面倒を見たのは彼だし、そのあともしばらくは交流があったようなのに。


 それとももしかして、懐かしい人に会わせないのも復讐の一貫ということだろうか。


「それじゃあ私がマクシミリアンのところに行かないよう、ラスターがずっと私のそばにいたらいいじゃない?」


 もちろん隙を見てマクシミリアンとコンタクトを取る予定だが、嘘は言っていない。隠し事と嘘は違う、とリディアは思う。

 それに王命を拒否するわけにはいかないだろう。他に並ぶ者のいない大魔術師ならば余計に、国に叛くようなことはしないほうがいい。


「それに……私、ラスターの正装姿を見たいわ。王宮に行くんだもの、おしゃれしていくでしょう?」 


 マクシミリアンのことを抜きにしても、婚約者と紹介されることが不本意でも面倒でも、今回ばかりは祝賀会に参加したい。

 ようやく拝める弟子の晴れ姿を、見逃すことはできない。


「大魔術師といっても、王宮ではローブじゃなくてきちんとした服装だものね。私はラスターのそんな姿を見たことがないから、本当に楽しみ」


 リディアがちょっとはしゃいでそう言うと、ラスターは一瞬黙り、仕方ないなと呟いた。


「……なら、ディアの分もドレスを用意しなきゃいけないな。頭になかった。買いに行こう」

「あ、そうなるわね……」

「すぐに用意する。……ディアも用意しろ」

「え? 今から?」


 早速立ち上がり部屋を出ようとするラスターに、今日は一日ベッドの中で過ごせると思ったのになと思いつつ、リディアは慌ててあと一口残ったパンのかけらを口に放った。


「それから。……ディア」


 扉に手をかけ、ラスターが少し緊張した面持ちでリディアに声をかけた。


「……昨日は、俺も嘘を吐いた」


 ごめん、と小さな声でラスターが言う。


「……大嫌いと言うのは、嘘だ」


 驚いたが、緊張と後悔の入り混じった表情を見て、リディアの胸に嬉しさが込み上げた。


「それなら良かった。……私、あなたのそんなところが大好きよ」


 嬉しくなってそう言うと、ラスターは照れたように顔を逸らし、「では五分後に」と無茶振りをして出て行った。



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