過去の所在は人ありき その1

サイドブレーキを引いてパーキング。


「さぁ、着いたよ。ユリネ。」

「はい、此処がその………」


キーを回し、エンジンをストップ。


「あぁ、ボクらが出会った街だ。」


関東都市圏、治扇敷ちせんじき市。

複数の路線が行き交う主要駅を中心に

ビルの立ち並ぶ経済圏が。

それを取り囲むように都市開発によって

膨大な田畑跡を整地した

住宅街が広がっている。

宙羽ヶ丘の様な雄大な丘陵には

敵うべくもないが都市圏と住宅街の間に

こんもりと小さな丘があって

その上には我らが母校、

治扇敷高等学校がそびえている。


2人がいるココはその近くに位置する

コンビニエンスストアの駐車場。

学生時代には此処の車止めに腰掛けて

颯斗と他愛のない話を繰り返し

実家での憂鬱を青春期の惰性で紛らせていた。

ここから眺める治扇敷は

唯一彼女にも見せられるぐらい

マシな代物だという裏付けがあったのだ。


バタム。

運転席のドアを閉じて後部座席への歩み寄る。

側面を解放し、手を差し伸べて

外界へといざなう。

アスファルトに足を下ろし自らを取り囲む

環境を捉え直す彼女。

仰角20度。

ほうっとビル街を見つめているユリネ。

ただボクには。

コノ街の風景は窮屈に過ぎると

つくづく思い知らされる。

無機質な塊物カイブツじみたコンクリートは

生き物が生息圏として主張するには

余りに息苦しい。

やはり両手を広げて胸いっぱいに

うけとめられる、うけとめてくれるような

解放が好ましいだろう。



彼女の後ろでそんなことを思っていると

ポツリと一言、


「ここは、ソラが、見えませんね。」


そう呟いた。


「そらが見えない………か。

この街は空気は濁っているうえ

街灯やビルの光で星なんか見えやしない。

この丘の上じゃ幾分マシだけど

下に降りれば周囲を見渡したって

一面建物でごちゃごちゃしてる。

確かに宙羽ヶ丘に比べちゃあ治扇敷の天井は

世間一般で言う空と程遠いだろうね。」

「ーーー、ですが。

それも一概に欠点ではないと、そう思います。」

「そっか。

キミがそういうなら、

きっとそうなんだろう。」


………それは彼女の出した解答だ。

否定するつもりも、拒絶する気持ちもない。

ただ、どうしてもその不思議な逆説に

理解を示すことが

ボクには出来そうにないのである。

そのことが、ほんのちょっぴり

悲しいことではあるけれど。




再び車を走らせる。

向かう先はビル街の高級レストラン。

なんと個室予約で料金はあちら持ち。

ドレスコードも知らない若輩者だが

その点も考慮しての個室会合であるそうな。


今日は約束の時間より早めに現地入りした。

その理由の一つとして

治扇敷散策も挙げられるが、ーーー



「久しぶり。叶芽さん。」


こてん。


「お久しぶり?です。漣堂さん。」


片手をあげて軽く挨拶をする颯斗に

首を傾げたまま鏡合わせで

それに応じるユリネ。


「まぁ、御両親のことも覚えてないんじゃあ

無理もないな。

初めましてだね、漣堂颯斗です。

さっそく俺はキミのツレと

ちょっとだけ話があるんで失礼。」


早々に社交辞令を切り上げ

ボクの肩を強引に掴み、

入ったばかりの喫茶店に

彼女を置き去りにしたまま離席する。


「お、おい。なんだ

あのおざなりな態度は………!

彼女にあんまりじゃあないのか、ハヤト。」

「無茶言うな。記憶喪失っつったって

俺はただでさえ疎遠だったってのに

当時の面影もねぇじゃねえか、叶芽さん…」


古風なアンティークドア、

カランカランとベルを鳴らしながら通りへ。

隔絶された静寂に浸り切った蝸牛が

信号機の電子音と車両の駆動音でもって

置換されてゆく。


高いコーヒーをわざわざ飲みに行って

余韻と香りを安息でもって嗜めるほど

心情が複雑でないボクだから。

偏見でしかないんだろうけど

喫茶店なんて話し込むために使うもんだろう。

器用なコイツの仕草にしては不躾さが不自然で

麻酔でもって奥歯がフワフワするような

違和感がある。


「だからって、ーーー」

「結論から言おう。サトル。

俺はジッサイ、

彼女がどうなったって正直気にならん。

寧ろお前の決断には

少し関心すらしてるんだぜ。

彼女だって最後をお前に看取られるなら

本望ってもんさ。」


杜撰で露骨、粗暴で投げやり。

その捨て鉢な論理は少しボクには

引っかかるものがあった。


「じゃ、じゃあなんでお前はそこまで…」

「ハナから言ってるだろう。

俺が我慢ならないのは来たる時の

お前に下される法的措置だ。

お前がさんざ足掻いて不条理に逆らってたのが

一時の気の迷いでフイになっちまうのが

隣りでお前を見てきた1人として、

ーーー、どうもムシャクシャするんだよ。」

「なんだよ…てっきり人道的配慮とかなんとか

お前のことだからそんな高尚な動機かと。」


ーーー、ヤツはすこし俯いて。


「俺がそんなデキた人間じゃないって。

お前が一番わかってるだろう。」


コレだからコイツとの付き合いは

ところどころまいってしまうんだ。

ボクのことをボク以上に理解しているクセに

コイツはボクの知らない漣堂颯斗を

さも既に見透かされているものと開き直って

十分な学も豊かな情緒も備えていないボクに

まざまざと見せつけてきやがる。


「こっちのセリフだっての。まったく…」


裏表のない信頼はうれしいけれど。

相手を過大評価するのは

お前の悪いところだぜ?


「んで?お前がボクに接触したのは

全くの私情ってことね。

それで?

もう一度集まったのには

どういう理由があるんだ?

彼女は見ての通り健康体。

むしろ学生時代より

血色がいいくらいだろう。」

「ーーー、お前ってホント無頓着だよな。」

「まさか。診断書を持ってきたのだって

お前に見せるためでなく

御両親に向けてなんだ。

その辺、ボクだって

何も考えてない訳じゃない。」


コイツは百合音をあまり気に入っていない。

学生時代には表に出さなかった感情を

今でははばかりもせずに滲ませている。

ーーー、構わないさ。

結局、ボクはそこんところ、

見限った上でこの街を出たんだから。


大きなため息をつくハヤト。

ふと、窓際の彼女の方を見やる。


大通りに望むウィンドウの額縁。

ゆらゆらとした水飲み鳥の振り子運動を

ピンとした着座姿勢で

不思議そうに眺めているユリネ。


ーーー、なんというか。

喫茶店の本来あるべき昼下がりだってのに。

どうもその対比が

倒錯的にも関わらず調和が成っていて…

長々と解説文の添えてある

どこぞの美術館の絵画ようだ。

本当に美術館に赴くような趣味があったのなら

この情景をもっと語彙力豊かに

祝福できたんだろう。

ーーー、それでも。


「………いつだって。

ボクに出来ることを、精一杯やるまでだ。」

「そうかい。じゃあ本題に入ろう。」


ハヤトに焦点を合わせる。

昼時ながら2人に気の緩むような安息はなく、

今や大局は揚陸作戦へと

移行しつつあるのだから。


「今日お前がツラを突き合わせる大本営。

叶芽一家、その実態にな。」

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