ROLLPRAY その2

「ねぇ。あの人、?」

「ーーー、え?」


開口一番。

二次性徴も未だ見られない幼子の優華ちゃんは

そんなことを言って見せた。


「だれって、優華ちゃん。

アパートの皆んなとは

あいさつ、したことあるでしょ?」

「まぁ………そう。

おじさんより先にあそこに住んでるし。」


例の公園の砂場にて。

連れ添って、というより追いかけて。

敷地に入るなり

おもむろに走り出した悠樹くん。

遊びたい盛りの彼の興味の対象は

もう誰のものかもわからないスコップ。

少年少女の空想力を受け止める任意領域に

一緒になってかがみ込む遊姫さんの愛娘と

春先の日差しで外気と裏腹にほんの少し温い

備え付けのベンチに座っているボク。

そんな距離感。


「………まぁ、そうだよね。

 ゆうかちゃんとゆうきくんには

ショックかもしれないけれど

実は百合音お姉さんは、

っていって、ーーー」

「違う。

おねぇちゃんには、ついてない。」


そういって。

子供ながらに肩にかからないぐらいの

長髪をかきあげて。



小さなアタマの、こめかみを指差した。



「………気になるかい?」

「逆にどうしてママやオオヤさんは

あんなもの、気にならないの?」


すらすらと。

でもしゃんとして述べられた一言。



でもそれが。

仕舞い込んでいた小さなしこりを

突然、たちまち大きく膨らませた。


「ーーー、どうして、って。」


どうして?


幾度となく繰り返された

複数人による綿密な診療。

田舎とはいえ医学を修めたプロたちが

体表に痛ましく残った電紋や

今後想定しうる後遺症、

記憶喪失や身的障害に対する

カウンセルばかり刮目し、

遂ぞ、有機的構造をもつ人体に対し

あまりに異様な存在感を放つ金属片を

疑問視どころか指摘することは

一度たりともなかった。


どうして?


気づいているのはボクだけだった。

一番隣で一番彼女を気にかけているから。

でも、不自然だ。

長髪に隠れているとはいえ

あれだけ目を引く幾何学模様の傷跡があって

その行きつく先にある金属片に

日頃、同じアパートで生活を共にする

隣人の誰もが気づかないなんて。


どうして。


思えば一度だけ、町病院のナースが

接触しようとしたことがあったっけ。

でも、その認識はピアスだった。

冷静に考えれば。

あんな目をひかない、

皮膚一枚しかないような箇所に

装飾品と呼ぶには無骨すぎるアクセサリーを

つけたりなんてしないことは

誰にだってわかる。

終始、全体を通してどこかズレているのだ。



だというのに。でもこうして。

どうしようもなく。

道理の分からないことを解かっていながら

わかったと見逃され、

見留められていた現状が解らない。


循環思考に火照った額と

外気に熱をうばわれるうなじ。

顎の下で手のひらを組み敷いて

男は虚を見据えている。


どうして?

どうして?

どうして?



「ねぇ、みてぇ。とんねる、とんねる!」

「上手に出来たねぇ、悠樹。

電車だって通れるよ。きっと。」

「うん!がたんごとーん!」

「ーーー、あぁ。とんねる、トンネルね。

確かに立派な施工だな。こりゃ。」


こんもりおやまの胴回りに

向こう側まで覗いて見える空洞が一つ。

………覚えがある。

子供が孔を水平に通すって遊びだけど

これ、地表面より上に

出入り口を作るのは難しいんだ。

だいたいは地面に掘った窪みに

天井を被せただけのものになりがち。

こうも上手く作るには

適度に湿った砂のコンディションが、ーーー



電車のプラモデルもないが

そこは流石の創造力。

作った小さな握りこぶしで

車両の直方で堅牢な造形を

その右手に宿し、トンネル内を走行している。

新幹線じゃなくて在来線派なんだね。

悠樹くん。



「なぁ優華ちゃん。」

「なぁに。おじさん。」

「いい気分じゃないよな。

見知ってた人が別の人に

すげ替わるってのは。」


一度だけ。

ろくに自分の息子なんか

見向きしなかった母親が笑顔で一人の男を

オレに紹介したことがあった。

なんでもアレはオレの

新しい父親だったらしい。

拙い記憶で思い返しても

マトモな人間ではなかったと言える。

家事も育児も碌にせず

浮気を繰り返していた母の恋人だ。

成人して幾分経っているだろうに

未だやんちゃ気質が

外見や仕草から滲んでいたし

年も母より下回っていて何より当人には

子連れの母と結婚する気など毛頭ない。

あちらはあちらで子供らしい情緒を

終始見せない無表情なオレに対して

躊躇うことなく拒絶感を顔に滲ませていた。

まあ結局は。

顔を突き合わせたのはその一回きりで、

余人であれば経験することの少ない

奇妙なエピソードでしかないのだが。



「認めるの?あの人が別人だって。」


幼げながらサバサバしている優華ちゃんも

流石に少し驚きを滲ませながら

恐る恐る聞いてきた。


「ーーー、確かに

キミの言う通りかもしれない。

でも、やっぱり、

今までの百合音なら確かに今のユリネとは別人だ。

そりゃあ当たり前さ。

百合音が積み上げてきた、

百合音としての過去が

今の彼女には、ないのだから。

でも、ある日突然

変わってしまうこともあるように。

時間を重ねれば。

失った空白を埋めていくことだって、

出来るんじゃないかな。」


黙して、俯いている。

優華ちゃんはまだ、幼すぎる。

サバサバも。弟思いも。

空気を読み、場にあった行動を取ることも。

彼女には似合って欲しくないと、

願ってしまう。

それが今の彼女に必要な自衛本能だとしても

あくまで今のボクの自分本意でだ。

もしかすると。

ボクが働いていた平日、

頻繁に彼女らを気にかけていた百合音も

同じことを、思っていたのかもしれない。


ふと、長女が小さな長男坊に視線をむける。

そのまま数刻の沈黙が再び流れ、ーーー


「とりあえず。そういうことに、しとく。」


そう、小さく呟いた。


「でも。やっぱり今すぐには

悠樹に合わせられない。

会話中にボロが出ないぐらい………

そうね。あの園芸がまた上手くなるぐらい

生活に慣れてきたら、

考えてあげてもいいわ。」

「うん、それがいいかもだ。優華ちゃん。」

「ねぇ、どうしたのーふたりともー。」


悠樹くんが砂場に膝をついたまま

覗き込んでくる。


「お昼のコトよ。悠樹。

さぁて、蒼ヶ峰さんチは

どんなランチを頂くんでしょうかねぇ?」


見れば午前11時を指していた公園の時計が

今や長短足並み揃えて

テッペンを指そうとしている。


「じゃあ、遊姫さんが良ければ

差し入れしようか?焼きそば。」


幸いにも、焼きそば麺は4人前ある。


「やったあ、やきそばだぁ!」

途端、駆け出してアパートに

帰ろうとする悠樹君。

ちょっ、コラ悠樹!といいながら

弟の胴を抱き上げる優華ちゃん。

じたばた抵抗して二人笑顔で戯れる様は

元気いっぱいな年相応の子供たちだ。


「じゃあ、帰ろうか!

道路は危ないから手を繋いで歩こう!」

「………手、手ぇ!?

い、いいって。悠樹はわたしがちゃんと。」

「ホラ、いいから………」

「おててつないでかえりましょー!」


歩道もない小道だが飛び出しで事故ったら

遊姫さんに合わせる顔がない。

両手をそれぞれ子供たちにつないで、ーーー



それは、何気なく。

ふと、足を振り返る。

公園を出て帰路に着く最中。


対向の休日の住宅街には

不釣り合いな歩行者を眺める。

ビジネススーツの男。

まぁ、何処にでもいるが。

その背格好は妙に………



右手がビーンとなって悠樹君が振り返る。


「どうしたのーふたりともー。」

「ふたり、とも?」


左に目をやれば。

優華ちゃんはまだじっと

背後の男を呆然と見つめていた。


「ねぇ、いまのもっかい!

びーんて、びーんって!」


悠樹くんが面白がってボクの右手を

めちゃくちゃにぶんぶん振り回す。

その余波、振動の波で。


「………あ。ゆ、悠樹。やめなって。」


優華ちゃんが我に帰る。


「どうしたの、優華ちゃん。」

「そっちこそ。

りの途中にぼうっとしないでよ。

しっかり、わたしたちを引率しなさい。」


いやまったく。仰る通りで。

歩みを再開して、頭の中を整理する。

アパートに二人を帰し、焼きそばを4人分と。


「ボロが出る、か………」


気づかず、ユリネにとってあんまりなマネを

してしまったのかもしれないな。

謝らないといけない反省点と

同時にちょっとした疑問点。


「ヤキモチなんて焼くのか………?彼女。」

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