第36話「改、プラス3分」

 武田が湯たんぽを持って家の茶の間で立っている。

「何してるの、お父さん」

 娘のマナミが不思議そうに見ている。


「何って、筋トレだよ。筋肉ってのは水を溜めるタンクなんだってさ、だから筋肉が減ると体に水分を溜められず“ひんにょう”になるんだって、特に歳を取ると下半身の筋肉が減りやすいから、こうやってゆっくりスクワットをするんだ」

 武田が湯たんぽを持って説明する。


「早坂さんに教わったのね」

「そう、だけど、俺も自分なりに改造しているんだ。導引は体操のように皆んなで同じ動きをするのではなく、コリや年齢により微妙に変えるんだ。だから、俺も湯たんぽを持ち上げる時もコリの有る所で止めたり、首を動かしながら上げたりと工夫している。アゴを引くだけでも首の筋肉が耳まで響くぞ。パソコンのやりすぎで左の首の筋肉がこっているんだな、これに気が付かないと耳に異常が出るんじゃないか?」


「湯たんぽを持ち上げるだけで、そんなに効くの?」

「やってみるか?」

 武田はマナミに水の入った湯たんぽを渡す。

「けっこう重いね」


「そうだろ、早坂さんは、湯たんぽを持ち上げた時に頭に落とすのを警戒して、湯たんぽを持ち上げる動作は健康法教室では教えていないんだ。本当は持ち上げる動作はとてもよく効くんだけどな……」

「早坂さんの店に来る人は高齢の人が多いからね。これを頭に落としたら危ないわね」


「脳出血なんか起こしたら大変だ。早坂さんも危ないので教えていない技がいっぱいあるらしいよ」

「そうなの?」

「そうなんだって、例えば、目の行法で本当は目を押さえるってのがあるんだけど、人によっては眼圧が高くなるから教えないことにしたんだって」


「もったいないわね、効く行法も危険だから消えていってしまうのね……これも背中や首に効くのにね」

 マナミは湯たんぽを持ち上げながら言う。


「首や背中の骨の関節をほぐすのにいいだろう、俺も首と頭の付け根をほぐすのにいいと思っているんだ」

「あたしも首がこってるわ、湯たんぽを持ち上げるとわかるわね。でも、普通は筋トレって鉄アレイとかでやるんじゃないの?」


「鉄アレイでもいいけど、普段から湯たんぽを使って体を温めるようにするといいんだって。それに、この3リットル入った重さが絶妙でな、使いやすいんだよ」

「3リットルでいいの?」

「マナミは3リットルが何kgかしってるか?」

「3リットルは3kgじゃない。それくらい知ってるわよ」


「なんだ、知ってたか……ならば、プラス3分はどうだ!?」

 武田がマナミに質問をする。


「プラス3分? カップ麺かな?」

「残念。これは、俺が考えた改良版の導引だ! 前に風呂の入り方を教えてもらったが、風呂に入ると時間がかかるだろ、俺はシャワーで済ますことが多いから、シャワー版の導引だ」


「シャワーの導引? そんなのがあるの?」


「俺が作った。バスタブに入って排水口に栓をして、少し熱めのお湯を出し、だいたい足の甲くらいで溜まったらお湯を止める。そうして、股関節をなでる。両手で両側もできるが、片側ずつ丁寧にした方がいい。これが、だいたい3分なんだ。だから、プラス3分」


「そんな、お父さんが作ったもの分かるはずないじゃない。それで3分で終わり?」


「3分の後は排水口の栓を抜いて普通にシャワーを浴びるだけ。最初に3分かかるけど、けっこう違うと思う。眠りが深くなるような気がするし、股関をなでるのも堂々とできる。誰も見てないからな……」


「免疫力も上がるんじゃない? 3分なら習慣的にできるかもね」


「足湯や薬草風呂をやればいいんだが、めんどくさくてな、なるべく簡単な方が俺はいいよ」

「仕事してると時間が無いからね、お風呂なら、あたしが沸かしてあげるよ」

「風呂もいいけど、俺は、あんまり風呂は好きじゃないからな……」


「ほんと、お父さん、めんどくさがりだよね」

「昭和生まれの男は、これが普通だよ。毎日風呂に入るなんて、つい最近の習慣だよ」

「今は、そういう時代だよ」


「そうか……それと、俺は、お菓子を食べるのをやめるぞ!」

「お菓子って、ポテトチップスも食べないの?」

「ポテトチップスも、あんこも食べない。仕事の有る日は……休みの日は、少し食べるかな」

 武田は甘い物やポテトチップスが大好きで毎日食べていた。


「そのほうが体にいいんじゃない?」


「このあいだ、早坂さんに尿に付けると血糖値がわかる試験紙をもらったんだ。使ってみたら血糖値が凄くて、たぶん、俺のオシッコは甘いぞ」

「糖尿病? 病院に行ったほうがいいんじゃない?」


「病院は、もう少しようすをみてからな……仕事をしていれば体を動かすから良くなるだろ。それに、俺のは甘い物の食べすぎだから、甘い物を食べないようにすればいいんだ。甘い物を食べるから血液は濃度を戻すために水を沢山のんで薄めるんだって」


「オシッコ甘いの?」

 孫のタケルが言う。


「おじいちゃんのオシッコは甘いかもな? タケルも測ってみるか?」

「うん、測る!」

 わけもわからず頷くタケル。

 武田はタケルと一緒にトイレに行き紙コップにオシッコを入れて茶の間に持ってきた。


「ちょっと、変な物を持ってこないでよ、あ〜っ、テーブルに置いちゃったよ……」

 武田が、オシッコの入った紙コップをテーブルに置いてマナミは嫌な顔をするが、武田とタケルは楽しそうだ。


「それじゃー、おじいちゃんのオシッコから測るぞ」

 武田が試験紙をオシッコに1秒付ける。

 30秒後、試験紙の色は変わり糖分が多いことを示した。

「凄い、色が変わった!」

 はしゃぐタケル。


「これは、色が変わらないほうが健康なんだぞ。次はタケルのオシッコに付けるぞ」

 武田が紙コップに入ったタケルのオシッコに試験紙を付ける。

 30秒後、試験紙の色に変化はなかった。


「タケルは健康だな」

「やった!」

 喜ぶタケル。

「お母さん、僕、健康だよ!」


「よかったわね……」

 オシッコで遊ぶ二人を見て苦笑いのマナミだった。

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