第25話「家族会議」

「マナミ、これからのことを考えよう」

 武田が娘のマナミと居酒屋『竜馬』で話しをしている。

 マナミの息子、タケルも一緒にいる。


「まずは乾杯しようか……」

 ジョッキーの生ビールが運ばれて来て、二人は乾杯をする。

 タケルはジュースである。


「マナミには、これからの人生の計画はあるのか?」

「何もないよ……」

 ぶっきらぼうにビールを飲みながら話すマナミ。

「旦那さんとは正式に別れたのか?」

「うん、たぶんね。離婚届を書いて旦那に渡したから……」

「これからずっと、俺と暮らすつもりか?」

「だめ?」

 親子なんだからいいじゃないという顔でツマミのイカの姿焼きを食べながら話すマナミ。タケルにもイカを食べさせている。


「俺は……マナミが居てくれたほうが助かるよ。自分では飯もろくにつくれないからな……」

「じゃあ、それでいこう。新しい武田一家だ! はっはっはは……」

 笑いながらビールを一気に飲み干すマナミ。


「タケルはどうする? マナミが育てるのか?」

「タケルは、あたしが育てる。タケルが小学校に入ったら、あたしも働くから……いいでしょ?」


「いいけど、俺は65歳までは、どこかで働いて、あとは年金暮らしをするつもりでいる。お前も働いたとしてもパートでは子供を育てるのは大変だぞ。お前、何か資格は持っているのか?」


「……なんにもないよ」


「そうか……何か食っていけるような資格を取らせてやればよかったな……」

 最近になって、食べていけるような資格が欲しかったとしみじみ思う武田。

 娘たちにも何か資格を取らせてやればよかったと後悔している。


「資格は無くても仕事には付けるでしょう」

 マナミは楽観的に考えている。


「俺も仕事を探しているけど、長く働くなら正社員じゃないと給料が全然違うぞ」

「そんなに違うの?」

「ボーナスが6ヶ月出る会社なら、単純に一年で1.5倍違う。バイトで年収200万円なら正社員だと300万円だ。資格を持っていれば、さらに基本給も違う」

「ふ〜ん、だいぶ違うね……資格か……」

 マナミは焼きそばを食べながら話しを聞いている。


「何か欲しい資格とかないのか?」

「資格って、どんなのがあるの?」

「そいだな、食べていけそうな国家資格なら、美容師とか看護師。他は理学療法士や作業療法士なんかも高齢化の今は引っ張りだこだろうな」

「その資格はすぐに取れるの?」


「俺も詳しくは知らないけど、理学療法士は3年間くらい学校に通うって早坂さんが言ってたな……」

「今から3年間か……学費もタダじゃないんでしょ」

「年間100万円くらいだとか言っていた」

「100万円……3年で300万円か……」


「別れる時に慰謝料とかもらってないのか?」

「……あたしが別れたいって言ったの、旦那は別れたくないって言ったから慰謝料はないよ」


「俺も別れたくないって言ったが、母さんは、俺の自衛隊の退職金を半分持って行ったぞ……」

「はははははははっ、退職金を半分もあげたの、気前がいいね!」

 マナミは笑いながら、グイグイと生ビールを飲む。


「お前が学校に行って資格を取りたいなら、お父さん金出してやるから、真剣に考えてくれないかな?」


「ありがと、でも、いいよ。お父さんの老後の資金が無くなっちゃうよ。資格が無くても何とかなると思う」


「なんとかって、なればいいけど……だいたいなんで別れたんだ?」

「別れた理由? 知りたいの?」

「知りたいよ……」


「あれをするのが嫌になったの!」


「あれ?」


「夫婦の営みよ、夜の……」

「なんだ、それ」


「タケルを産む時、あたし難産で時間がかかったでしょう、あれから下半身の調子が悪くて頻尿になるし、漏れたりもするの。旦那との営みも苦痛になって別れたの」


「なんだ……そんな理由か」


「尿が漏れるのよ。 笑ったりクシャミしたりしたら、もう、恥ずかしくて旦那にも言わなかったのよ」

 マナミが生ビールを飲みながら泣いている。

「また、下半身の話か……俺は、このあいだ下半身の健康法に詳しい人と知り合って、いろいろ教わったんだけど。マナミもやってみるか?」

「下半身の健康法? そんなのがあるの? 病院では骨盤底筋体操を教わったけど、それじゃないの?」


「いや、ここをこんなふうになでたりするやつ」

 武田はズボンの上からそ股関のけい部を手でなでた。


「なにそれ!? 変態みたいだよ」

「……人前でやる技じゃないな、けど効くんだよな、これ」

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