第17話「ゴロゴロ」

 武田は家に帰り、早坂さんに教えてもらった特殊な風呂の入り方を試してみた。

 これは、膝を曲げないと入れない小さめのバスタブでないと上手くできない。


 武田の家のバスタブはひとりで入っても膝を曲げないと入れないのでちょうどよかった。

 もっとも、奥さんと一緒に風呂に入るなんてことは、もう何年もなかった……


「まず、足首がつかるくらいまで湯船にお湯をはる。温度は39~40度のぬるめと……」

 バスタブにお湯が入り、裸でバスタブに入る武田。

 お湯は足首くらいしかない。


「よし、この状態でそけい部をなでるんだな……」

 ゆっくり、自分のそけい部をなでる武田。


「足が温まってきたら、お湯を入れて41~42度の熱めにして靴下の上くらいまでお湯をはる」

 武田は、お湯の蛇口を開きバスタブにお湯を入れだした。


「この間に、そけい部をなでるんだな……しかし、あの爺さん、よく、こんなこと知ってるな。パソコンもできるしボケたりしないのかな? 左側のそけい部にゴロゴロとしたものがある。たぶん血管だろうけど、右側にはない。まさか!? 左側にだけ有る血管なんてことはないだろう。ここは左右対称だろうな、ということは、このゴロゴロは、なんか良くない気がするな……」


 靴下くらいまでバスタブにお湯をはり蛇口を閉めた。

 そのまま、武田はそけい部をなでている。


 これは、そけい部をなでる行に足湯をくっつけたもので、通常は別々に行う。


「よし、足首は温まった!」

 いったんバスタブから出る武田。


「次は39度にして半身浴の位置までお湯をはるんだな、その間に髪を洗うか……」

 再び、お湯の蛇口を開けてバスタブにお湯をはっている。

 髪を洗い体も洗っている。


「よし、風呂に入るか」

 バスタブにつかる武田。お湯は心臓の下くらいまでしかない。

「やっぱり39度はぬるいな……ここで一息ついてから、今度は41度くらいのお湯を肩まで入れてつかると……」


 なにやら、複雑な風呂の入り方をする武田だった。いつもはシャワーだけで5~10分で終わりである。


「お風呂上がりは、汗がひいたら、敷布団の上にバスタオルをひいて、掛け布団をかけてと……このまま30分か……」

 メモを見ながら布団に入った武田、スマホで動画を見ている。


 ❃


 翌朝、パソコン教室。

「早坂さん、昨日、教えてもらったお風呂の入り方、やってみましたよ」


「そうですか、お風呂は時間のある時じゃないと難しいでしょう?」

「風呂上がりに30分、布団に入るのは気持ちはいいですが、それからご飯だと、けっこう時間がいりますね。風呂あがりで、そのまま寝るのはダメなんですか?」


「ダメではないですけど、風呂上がりは2時間後に眠るのが良いと言われています。足湯なら、すぐに眠ってもいいですよ」

「休みの日の昼間にやるのには、いいやり方かもしれませんね。ところで、そけい部をなでてると、左側だけゴロゴロしたんですよ。あれは、なんでしょう?」


「ゴロゴロですか……それは……武田さん、これを見てもらえますか?」

 早坂さんは靴下を脱いで自分の足を見せた。

 じっと見る武田。


「何かあるんですか?」

 早坂さんの足には傷もただれもなかった。


「このくるぶしの下なんですけど……」

 早坂さんは右手で自分の右足のくるぶしを指差した。


「細い血管が糸のように浮き出ているのかな?」

「そうです。毛細血管が詰まっているんです。太い血管も浮き出ているでしょう?」

 くるぶしの下に赤黒い細い血管が何本も見える。さらに太い血管が浮き出ていたが、言わなければわからない程度である。


「これは、どうかしたんですか? 痛いとか?」

「この血管を触ってみてください」

 武田は言われるままに、くるぶしの血管に触ってみた。


「少しゴロゴロした感じです。僕のそけい部に似た感じがします。僕のそけい部の方がひどいですね……」


「武田さんのそけい部も流れが悪くなったんだと思います。私は、これが何故こうなったのかを考えたんです」


「昔のケガとかですか?」

「いえ、足首をケガしたことはないんです。これは、のせいですよ」

「あぐらって、あの座るときのあぐらですか?」


「そうです。座るときのあぐらです。わたし、右足を内側に入れて座るくせがあるんです。すると右足首がくるぶしの所で曲がるんです。それを何十年もすると、その部分の血管が変形するんですね。自分でもビックリしました」


「まさか、あぐらで座るくらいのことで血管が変形するんですか!?」


「そうなんです、左足は何ともないんですよ」

 早坂さんは左足の靴下も脱いで足首を見せた。

「なるほど、左側は何ともないですね……」

「あぐらをかく時に右足首は曲がるけど、左の足首は曲がらないんです。その結果がこれです」

「これは、何か不都合でも……」


「これ自体は痛くもないし、何ともないです。体の使い方で血管は変形するっていう証拠ですね」

「それは、体の全部で同じように血管の変形は起こると言うことですか?」

「わたしは医師じゃないのでわかりませんが、たぶん起こると思います。事故や手術などでも血管に負担がかかると変形するのではないかと思っています。心臓や頭の中で変形したら大変です」


「僕のそけい部も負担がかかって血管が変形しているんですね……」


「たぶん、座り方のクセで左のそけい部を圧迫するのではないでしょうか?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る