第10話「足を揉む」

 エクセルの検定試験が近づき、皆んな一生懸命に試験の練習をしている。その反面、肩が痛くなってきているようで肩を回したり揉んだりしている。


「早坂さん、肩こりを取る導引ってないんですか?」武田がたずねる。

「あるよ。いろいろあるけど、腕を上にあげるのが簡単で効果が高いね。小学生が『はい』って手を上げるようにやるんだ」


 武田は腕を上にあげてみる。


「5秒くらい上げたら下ろして左右交互にやるんだよ。右肩が痛くても左肩もやったほうがバランスがいいよ。それと足も揉んだほうがいいね」

「肩こりに足ですか?」

「そう、ずっと椅子に座っているだろ、ふとももの血管は圧迫され、ふくらはぎは足首を動かさないから血液が上手く流れない。すると体全体の血液の状態が悪くなってしまう」


「そうなんですか? 痛くないですよ」


「血管や内臓はあまり文句は言わなけど、もし、文句を言い出したらとんでもないことになるから、いたわってやらないといけないよ。奥さんといっしょかな? はっはっはっははは……」


 武田は医学の知識が乏しく早坂さんの言っている意味がわからなかった。

「あれですか、エコノミークラスってやつ?」

「うん、そうだねエコノミークラス症候群。これも最初はわからなかったらしいよ。座っていただけなのに具合が悪くなるんだ」

「血が回らなくて貧血になるんですか?」


「それもあるかもしれないけど、血って出血するとかさぶたができるじゃない」

「かさぶた……できますね」

「あれは血の中に出血を止めるために傷口を固めるものがあるんです」

「そんな物が入っているんですか……」


「それで長時間、膝を曲げて座っていると血液の流れが悪くなって血液自体が固まる事があるんです。その固まりが動くと大変! 肺で詰まって呼吸ができなくなるそうです」

「それは大変じゃないですか!?」

「大変ですよ、亡くなった人も多いようで、前に震災があった時に車の中で生活して、車の座席に座って寝ていた人がけっこう亡くなり、原因を調べたら固まった血液だったらしいんです」


「座りっぱなしも良くないんですか……1回座ると立ちたくないですものね」

「授業は50分ごとに10分の休憩があるし、武田さんは毎回トイレに行ってるから大丈夫だけどね、はっはっはっは」

「まぁ、僕はトイレが近いですから……」


「あんだけコーヒーを飲んでいれば近くもなりますよ、ここはトイレは行き放題だから大丈夫ですよ、はははははっ」

「そうですね、仕事中はトイレに行って怒られましたけど、さすがに50分ならもちますよ」


「今は椅子の時代ですから、それでも楽になったでしょう。私の子供の頃は正座かあぐらでしたから、足の血管にかかる負担も凄かったんでしょうね」

「早坂さんの時代は椅子は無かったんですか?」

「あるにはあったんですけど、畳の上に座るのが一般的でした。ほら、昔の文豪が正座やあぐらをかいて背の低いちゃぶ台のような机で原稿を書いている写真を見たことありませんか?」


「あーっ、あります、あります。漫画家もそんな写真が残ってますね」


「あんな姿勢で足の血管を締め付けて1日中原稿を書いていれば体に悪いと思いますよ。体調を壊した文豪も多かったと思うけど、本人達は気づかなかったのかな?」


「いまの机に椅子の生活をしてると一日中、正座やあぐらで机に向かうのはできませんね。椅子に座っていても疲れる」

「私は、あの姿勢で足がうっ血すると、頭にも影響して睡眠も気持ち良く取れなかったのではないかと思うんですよ」


「足のうっ血って、頭にも関係するんですか?」

「関係すると思いますよ。足を揉むとぐっすり寝れますからね。武田さんも足をもんだ方がいいと思いますよ」

「そうですか……」


 この時、武田は足を揉む重要性をまだわかっていなく、自分で足を揉むことはしなかった。

 肩こりは首まで痛くなって辛いので、腕を上げる導引はよくやった。すると、30分くらいで肩の痛みは消えた。

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