第7話「無口な岡崎くん」

 武田の前の席は20代の男性で岡崎おかざきくんと言う。

 自己紹介では酒造メーカーに務めていたが、酒の売り上げが悪くリストされたようだ。


「岡崎くん、エクセルわかるかい?」

「あ〜っ」

「検定試験は、どうするの?」

「あ〜っ」

 武田が岡崎くんに、いろいろ聞くが、彼はあ〜っ、としか言わない。そういう性格のようだ。しかし、岡崎くん、エクセルは2級を受ける。

 エクセルの2級は関数を山程覚えないといけなく、初心者には難しすぎる。

 武田はエクセル3級を受けることにした。


 1日の授業の最初は10分間の文字入力から始まる。文字を打ち込むための文章のコピーをもらい、その通り打つのだ。

 10分間で武田は100〜150文字である。

 武田の席からは前の岡崎くんのパソコンの画面が見える。ざっと見て500文字は打てている。

 あいつパソコンの仕事につけるかもしれないな、取り柄があっていいな。


 文字入力が終わると検定試験の練習である。 

 武田は試験問題を解いているが制限時間内で8割り程度しかできない。合格ラインだが試験当時までには全問解けるようにしたい。

 授業で練習問題をもらい、くり返し練習をしている。時間があればできるが、試験問題は手を止めずにできなければ時間内には終わらない。


 毎日、同じような問題だな、しかし、これがエクセルの基礎なんだろう、俺にもなんとなくわかってきたよ。

 初めてのエクセルだが、教師も熱心に教えて初心者の武田もできるようになってきた。


 しかし、岡崎くん、トイレで全然合わないな、昼休みに行くくらいか? 3時間はもつのか、うらやましい。

 俺なんか映画館に行ったら、3時間の映画なら途中に1回はトイレに行かないともたない。若いってのはうらやましい。


 岡崎くんは身長が180cmくらいある。しかし、昼食は鉛筆箱くらいの大きさの弁当箱だ。

 武田は、もっぱらコンビニの弁当である。

 妻は朝早くにパートに出かけるので、武田はコンビニで弁当を買うことになった。


 昼休みはバソコン教室にある2台の電子レンジで弁当を温めるのだが、職業訓練は4階、5階、6階の各クラスで行われている。

 1つのビルに1月生、2月生、3月生というふうに職業訓練が行なわれている、職業訓練は3ヶ月間なので3つのクラスがあれば一年中授業ができるのだ。


 武田は5階、そして電子レンジがあるのも5階だけだった。武田のパソコン教室は1番電子レンジに近かった。

 武田はパソコン教室に来る前にコンビニで弁当を買って来て、午前中の授業が終わるとすぐに電子レンジで弁当を温めた。

 少し遅れていくと電子レンジで行列ができ、温めるだけで10分以上またされるのである。

 

 武田は最初の頃は1番に電子レンジを使っていたが、だんだんと後にずらすようになった。

 毎回1番で電子レンジを使うのもカッコ悪い気がするんだよな、上の階や下の階から、急いで来る人を見ていると1番で使うのは3回に1回でいいかと思うんだよ。


 武田には、人に勝とうという気持ちがあまり無かった。かえって人に譲ってやることが多く、そのせいで損をすることも多かった。



「岡崎くん、その弁当でもつのかい?」

「あ〜っ」

 あいかわらず返事はあ〜っ、だが、別に喋れないわけではない。たまに喋る。

 あいつ仕事につけるのかと心配するが、人の心配をしてる場合ではない。まずは資格試験である。

 


 ある日、武田は用事があり、いつもとは違う帰り道を通った。

 あれは、岡崎くんじゃないか?

 ファーストフードの店でハンバーガーを食べている。

 あいつ、やっぱり、あの弁当箱じゃ足りないんだ。俺でも、あの弁当箱なら3つは必要だ。


 岡崎くんは、真面目に授業を受けている。パソコンについても、かなり分かるようだ、しかし、先生に質問をしたり、周りの人に何かを聞いたりということはない。


 武田の隣の席のお爺さん、早坂さんは気軽に女の子と話しをしている。よく笑うお爺さんで女の子も安心して話すようだ。

 早坂さんの性格を、少しでいいから岡崎くんにわけてやりたいと武田は思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る