第37話 異世界一の収納上手

 王に嵌められ、縛られたまま牢屋に放置された俺は頭を巡らせる。


 兵が送られているらしいが、リッチなら心配ないだろう。助けに来てくれるのを待つか……いや、駄目だ。俺を人質にとられたらリッチは戦えなくなってしまう……いや、それとも俺の命なんか無視して戦うのか? いやいや、それだったらそもそも助けに来ないか。いずれにせよ自力で脱出しなければならない。


 もがいてみるが手が痛いばかりで俺を縛る縄はビクともしない。周囲を見回すが、役に立ちそうなものはない。この状態では収納スキルも使えない……


 ――いや、使えないことはないか。


 俺は少し悩んだが、ここで転がっていても仕方がない。俺が普通の状態であればもっと躊躇しただろうが、まだ酒が残っていたことが俺の決断を助けたのかもしれない。俺は慎重に収納範囲をイメージした。


「収納!」


 途端に激痛が走る。そして痛みで意識が遠のきそうになるのを歯を食いしばって耐えた。どうやら成功したらしい。


 俺は右手で、自分の左手を収納したのだ。


 隙間ができた上に周囲の縄も巻き込んで収納できたため、俺を縛っている縄が少し緩んだ。右手がある程度動かせるようになったので他の部分の縄も収納して行く。間もなく、俺は自由に動けるようになった。


「くそっ……俺の左手……」


 手首からドバドバと血が流れている。俺は縄で左手首を縛って止血すると、よろよろと立ち上がる。そして入り口の扉を収納して牢の外に出た。


「き、貴様! どうやって逃げ出した!」


 入り口の両脇に衛兵が立っていたらしい。俺は無造作に右腕と左足をふるう。


「うぎゃっ!」


 兵士は簡単に吹っ飛んで壁に叩きつけられた。痛みで頭がもうろうとする……


「コジマ様!」


 その時、アストミアの声が聞こえた。助けに来てくれたのか……


「コジマ様! ひどいお怪我……」


 アストミアは俺に駆け寄り、傷を見て驚いたようだ。


「すぐ教会にお連れします!」


「いや、教会は王寄りだろう……俺の助手のところへ……」


 俺はアストミアに肩を貸してもらい、城を脱出するために外へ向かう。城の構造を知り尽くしているアストミアと、そもそも兵が少なくなっていることが幸いし、俺たちは門のところまで来ることができた。


「コジマ様!」


 リッチの声が聞こえる。見ると、リッチが開け放たれた門のところに立っていた。周囲にはリッチが殴り飛ばしたのか、数名の兵士が倒れている。


「まあ! 助手の方もお強いのですね」


 アストミアがそれを見て驚いた。このまま黙っていると後々、面倒になりそうだな……


「実は彼女はリッチ……元魔王軍の四天王なんだ」


「リッチ……あの不死の王!?」


「そう……事情はあとで説明するよ。リッチ、無事かい?」


 俺は青ざめた顔でリッチに尋ねる。


「もちろんです! それよりもコジマ様が……!?」


 リッチは俺の様子を見て、俺よりも青ざめた。


「俺は大丈夫……じゃないな。これくっつけれる?」


 俺は収納していた自分の左手を取り出す。


「はい! 少々お待ちください!」


 リッチが俺の傷に手を添えると、少しづつだが痛みが和らいでいくのを感じた。良かった……あとは逃げるだけ……


 しかしほっとしたら俺の膝の力が抜け、床に倒れ込んでしまった。痛みが弱まったことと大量の出血によって意識が遠のいたのだろう。遠くに聞こえるリッチとアストミアの声を聴きながら、俺はそのまま意識を失ってしまった。




「う~ん……リッチ……ヨシヨシ……」


 俺はリッチの頭を撫でているつもりだったが、ずいぶんツルツルだなぁ……


「気が付いたか?」


「ほぇ?」


 目を開けると、目の前には見たことのないハゲ親父がいた。俺が撫でていたのはその親父の頭だった。


「うわっ!」


 俺は驚いて飛び起きる。俺はベットに寝かせられていた。周囲を見回すと、薄暗い小さな部屋だった。妙に甘ったるいお香の匂いがする。部屋の中にはアストミアとリッチの姿もあった。俺の左手はリッチのおかげか治っている。


「「コジマ様!」」


 二人が俺に抱き着いてくる。


「おほぅっ!」


 俺はやや鼻の下を伸ばしながら二人を抱きしめた。


「ふぉっふぉっふぉっ、幸せ者じゃな。安心せい、ここは冒険者ギルドの中。冒険者ギルドは中立組織じゃ。ここにいれば国の兵士は踏み込んでこれまい」


 ハゲ親父が語る。この親父はいったい……?


「コジマ様、この方はヨネダ様。影のギルド長にして、伝説の勇者様ご本人だそうです」


 アストミアが俺に教えてくれる。


「伝説の勇者……? それってずいぶん昔の話だろ?」


「わしはレベルアップ時にステータスの上昇量が上がる『肉体活性化』のスキルを持っておる。そのせいか全然寿命が来なくてな。それ以外にも『魔物調教』『無限収納』のスキルも持っておる。おぬしは標準スキルの『無限収納』しか持っておらぬそうじゃな。よくそれで魔王をやつけたものじゃ……」


 3つもスキル持ってたの? 俺ってほんと不遇……しかも無限収納って標準スキルなのか……そりゃ他に強そうなスキル持ってたら、俺みたいに無限収納スキルだけでどうにかしようとか思わないよな……


「どうして俺を助ける?」


 俺はヨネダに尋ねる。


「冒険者ギルドは独自の情報網を持っておる。そこでおぬしが魔王軍のものを仲間にしていると聞いてな。しかもテイム能力持ちかと思いきや、違うそうじゃないか。いやはや、驚いたわい」


 ヨネダはじぶんのハゲ頭をぺちっっと叩いた。


「わしは一度に一体だけ魔物の敵意を無くす『魔物調教』のスキルを持っておる。それを使って魔物と仲良くしているうちに段々と愛着がわいてきてな。いつしか魔物と人間が共存できる世にしたいと思い、このマッサージ店で地道に活動しておった」


「マッサージ店……?」


 俺は周囲を見渡して気が付いた。ここ、冒険者ギルドのセクシーマッサージ店の中か! いつか入ろうと夢見ていたが、こんな形になってしまうとは……


「しかしなかなかその努力も実のらず、己の無力を嘆いていたところ、テイム能力も持っておらぬおぬしが魔物と友好関係を作ったと聞いてな。おぬしのような新たな勇者が現れるのを待っておった。魔物と人間の懸け橋になるものを、こんなところで死なすわけには行かぬ」


 なるほど……ヨネダは人間と魔物を仲良くさせるために、このセクシーマッサージ店を運営していたのか。確かにどこから連れて来たのか不思議な女性型モンスターがいたもんな。


 ……って、他に方法あっただろ! なんで魔物と人間の友好関係築くのにセクシーマッサージなんだよ! 効率悪すぎだろ! 長年、何してたんだよ! 趣味だろ! 絶対あんたの趣味だろ!


 そんな怒涛のツッコミが口から出かかったが、俺はどうにかそれを呑み込んだ。


「でも、そんなすごい人がどうしてこの小さな国に?」


 俺は素朴な疑問を口にする。そういう活動ならもっと大きな国でやった方がいいんじゃないだろうか。


「わしらのような異世界からくる人間のスタート地点だからの。小さい国なのに大きな冒険者ギルドがあるのも、勇者となるような人間がよく現れるからなのじゃ」


 あぁ、そういうのがあるのね……


「ちなみに……元の世界に戻る方法ってあるの?」


「戻る方法って……おぬしは前の世界で死ななかったのか? 元の世界に戻る=死じゃぞ?」


「あ……そりゃそうか」


 俺はトラックに轢かれてこの世界へ飛ばされた。元の世界に戻ってもトラックに轢かれるところから再スタートだったら戻る意味がない。


「元の世界とは何ですか?」


 リッチが不思議そうに聞いてくる。


「いや、何というか……共通の地元みたいなものだよ」


 俺は笑ってごまかした。


「これからどうしたらいいのでしょうか……」


 アストミアは不安げに俯いた。


「アストミアさん、王を敵に回してしまっても大丈夫なんですか?」


 俺はアストミアに尋ねる。呼び捨てにするのは恥ずかしくて、やっぱり「さん」付けしてしまう。


「もちろんです。魔王を倒した暁にはコジマ様の伴侶のなる。そういうお約束ですから……」


「別に守らなくても大丈夫ですよ。言い出したのは王ですし、厳密にいえば魔王は倒したわけではなくて収納しているだけですから……」


「ご迷惑……ですか?」


「そ、そんなことありません!」


 俺はちぎれそうなくらい首を振った。


「冒険者ギルドは多少の支援はできるが、さすがに表立って戦うわけには行かぬぞ」


 ヨネダが俺とアストミアのやり取りを羨ましそうに見ながら言った。


「まず魔王領に戻ろう。そして戦力を整え、スノーデンを開放する。ルングーザ王への復讐はそのあとだ」


「「はい」」


 アストミアとリッチの心地よい返事が聞こえた。




 そして一月後。


 俺は軍勢を率いてテリブの町へと戻ってきていた。


「コジマ様、全軍攻撃準備が整っております」


 ガドラン将軍が俺の前に膝まづき、報告する。スノーデン兵と魔王軍の合同軍三万が周囲を埋め尽くしていた。


「敵の攻撃が届かない範囲で展開し、町を包囲してくれ」


「こちらから攻撃しなくてもよろしいのですか?」


「あぁ。それは新四天王でやるからいいよ」


「はっ!」


 ガドランは一礼すると、軍を指揮するために去っていった。


「さて、行こうか」


 俺は声をかけると、テリブの町を囲む城壁へと近付く。城壁の上に配置されたルングーザ兵から矢が雨のように降り注ぐ。


「フローゼン、頼む」


「おまかせあれ。氷霞!」


 フローゼンが進み出て、空中に氷霞の幕を張る。俺が収納範囲を変化させることを真似て、今では氷霞の範囲を自在に操り、さらに有用なものにしていた。


 矢は氷霞に当たると一瞬で凍って砕け散り、俺たちのところにはひんやりとした空気しか届かなかった。矢は歩みを遅くすることすらできず、俺たちは悠々と城門へとたどり着く。


「リッチ、お願い」


「はい」


 リッチが手をかざすと黒い巨大な柱が現れる。その柱は一瞬で消え、中から20mほどもある、鎧をまとった巨大な骸骨騎士が現れた。戦帝バトレギオン、リッチが呼び出した最強の召喚獣だ。肩にはその巨体よりもさらに大きなバトルアックスを担いでいる。


「ひ、ひぃ!」


「逃げろ!」


 城壁にいた兵士たちがその姿を見て慌てて逃げ出すのが見えた。戦帝バトレギオンのアックスが一閃する。衝撃波と粉塵が俺たちを襲った。目を覆いながら見ると、城壁の一面が消し飛んでいた。


「すいません、まだ力加減がわからなくて……」


「いやいや、上出来」


 申し訳なさそうにするリッチを俺が慰める。リッチは魔力が上がり、戦帝バトレギオンを動かせるようになっていた。


 俺たちは町へと侵入する。民家を踏みつぶしてしまう戦帝バトレギオンはここでお役御免となった。


「敵は少数だ! 食い止めろ!」


 しばらく進むと重装甲のルングーザ兵が大きな盾と槍を持って隊列を組み、道を塞いでいた。


「あたしに任せな」


 今度はエキドナが進み出た。下半身が竜になっている女騎士は、その尻尾を思いっきり振るう。ルングーザ兵は盾ごと吹き飛び、道が空いた。


 そして俺たちはとうとう王が立て籠もるテリブ城の前へとやってきた。そこには騎士たちが決死の表情で立ちはだかっていた。


「ここは通さんぞ、化け物どもめ。かかってこい!」


 騎士が威勢よく啖呵を切る。


「ではお言葉に甘えるとするか」


 コキコキと魔王が首の骨を鳴らす。騎士たちは少年のような姿の魔王が進み出たことに、呆れたような表情をした。


「ガキは引っ込んでいろ!」


「誰がガキだ。お前らの何倍生きてると思っている」


 魔王の体が膨れ上がる。さらにその指が木の枝のようにメキメキと伸びだした。魔王は俺が能力の使い方を工夫していることに感銘を受けたらしく、千変万化の色々な可能性を試している。いまは筋肉量を上げ、さらに肉体を武器のように改造することを試しているようだ。


「な、なんだこいつは!?」


 騎士が狼狽えるがもう遅い。細いながらも鉄よりも固い魔王の指がロープのように騎士たちの体に絡みつき、あっという間に無力化してしまった。


「見ろ、コジマ。これが縛りプレイというやつだろ?」


 魔王が得意げに言った。俺はより高みを目指す魔王にこう提案した。「だったら縛りプレイをするべきだ」と。己の力を抑えて戦うことで、技術を磨くことができると。そしていま魔王は「相手を傷つけない」という縛りプレイをしている。若干、「縛り」の意味を勘違いしている気がするが……


「ああ、流石だよ」


 俺の言葉に魔王は満足げな笑みを浮かべる。精神年齢は見た目通り子供っぽいところがあるようだ。


「さて……手っ取り早く片付けるか……」


 外に邪魔者はいなくなったものの、城の中にはまだまだ兵士がいることだろう。


 残念ながら俺のスキルは特に成長はしていない。新しい使い方とかを考えた、なんてこともない。


 ただし……俺は今まで常識にとらわれていた。無意識に自分の力を抑えてしまっていたのだ。


 俺は城の外壁に手を当てた。


「収納!」


 俺の能力で、城は跡形もなく消える。


 中にいる人間ごと、俺は城を収納したのだ。


「流石、コジマ王様ですわ!」


 フローゼンが俺を称える。しかし若干恥ずかしい。魔王と区別するため、俺のことはコジマ王と呼んでいるのだ。


「取り出し!」


 俺が手をかざすと、目の前にルングーザ王が現れ、ボテッと尻もちをついた。


「な、なんだ? これはいったい……!?」


 キョロキョロと辺りを見回すが、段々と状況を把握して急激にその顔が青ざめた。


「ま、まさか……城を消したのか……!?」


「ああ。あんたを守る兵士はもういないよ」


 俺は王を見つめながら言う。王は慌てふためいた。


「お父様、お久しぶりです」


「ア、アストミア!」


 俺の後ろからアストミアが声をかけると、王は四つん這いでアストミアに近づき、その背後に隠れようとした。しかしアストミアは剣を王の顔に突き付け、その動きを止める。


「ひぃっ、た、助けて……」


「見苦しいですよ、お父様。王族であればもっとどっしりとお構えください」


 俺はアストミアの傍らに立った。


「コ、コジマ様! も、申し訳ございませんでした! ど、どうかお命だけは……」


「そんな都合のいい話……と、言いたいところだけど、アストミアのお父さんだからね。アストミアに任せるよ」


「ありがとうございます」


 アストミアは俺に礼を言うと、ルングーザ王に向き直った。


「私は王族たるもの、国のことを第一に考えるようにと教育されてまいりました。お父様にも実践していただきましょう」


「と……言うと?」


 王は顔を引きつらせながら尋ねた。


「コジマ様に忠誠を誓ってください。コジマ様こそ、この世界を統べるに相応しいお方です」


「なっ!?」


 ルングーザ王は呆気にとられた。自分の国のことしか考えてこなかったこの男には、世界とか言われてもピンとこないのであろう。


「返事はどうですか? お父様」


 アストミアが剣を王の首にあてがう。


「ひっ……! は、はい! コジマ様に従います!」


 ルングーザ王は俺に土下座し、こうしてルングーザは俺の手に落ちた。




 新生魔王軍。俺の手で生まれたこの軍は、魔物と人間の共存、そして世界の統一と平和を掲げ、世界征服へと乗り出した。


 言われるがまま状況に流されていたら、いつの間にか戦争に巻き込まれ、そして最後には裏切られた。もう誰かに振り回されるのはたくさんだ。


 こうなったら俺が世界をこの手に収めてやる。俺は異世界一の収納上手なのだから……


       

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俺は異世界一の収納上手 ~スキル『アイテムボックス』だけで無双します~ てぬてぬ丸 @tenutenumaru

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