第22話 占領

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 スワンの町は高さ2mほどの石壁に囲まれている。そこまで大きくない町である上に、小国ルングーザとの国境ということで守りも厚くはされていないのだ。兵士たちは町の中には収まりきらないので、町の横に木の柵で囲まれた駐屯地が作られている。士官クラスだけが街中で寝泊まりし、一般兵はその駐屯地で寝泊まりしていた。攻城兵器などもその駐屯地に置かれている。ルングーザから破壊工作が来ることはないと油断していたが、見張りは多数おかれていた。


 日は傾き、駐屯地には美味しそうな匂いが漂っていた。多くの兵士たちは一日の仕事を終えくつろぎのひと時、一部夜警の兵士たちは仕事前の腹ごしらえのために、食事の配給のために臨時で作られた炊事場に並んでいた。


「おお、今日の飯は美味そうだな。いつもの薄いスープじゃないのか」


 並んでいる兵士が目を輝かせて言った。


「ああ。なんでも猟師がシカ肉を大量に安く売ってくれたらしい。炊事兵も張り切ってたぜ」


 そう話す兵士たちの列が進み、いよいよ食事を受け取った。いつもは塩スープに野菜の破片が浮かんでいるような代物だったが、今日は炊事兵が腕によりをかけて作った美味しそうなシチューだった。大きなシカ肉の塊がゴロンと入っている。パンはいつも通りの硬いパンだったが、それでも兵士たちは明るい表情でウキウキと焚火の周りに陣取り料理をかき込み始める。


「こりゃうめぇや!」


 美味しい食事に談笑にも花が咲き、駐屯地をいつにない賑やかさが覆っていた。




「司令! 大変です!」


 スワンの町の中、宿を貸し切って作られた臨時の司令部に兵士が駆け込んできた。


「どうした騒がしい。食事中だぞ」


 スワンにいる軍を仕切る司令官、ガドランはテーブルで優雅に食事を楽しんでいた。豪勢なステーキに色んな野菜が付け合わせで乗っており、焼きたてのパンと赤ワイン。一般兵とは雲泥の差だ。


「駐屯地で物資が焼かれています!」


「なに?」


 ガドランは兵士を睨みつける。


「見張りは何をしていたのだ。敵はどこから来た?」


 緊急事態だというのにステーキを切る手を止めずにガドランが聞く。


「そ、それが……敵の姿はなく、兵士たちが自ら装備や物資を燃やしております……」


「はぁ? どういうことだ!」


 ガドランはようやく食事の手を止め、重い腰を上げた。



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 俺とリッチ、そしてリビングデッドマスターが一匹、燃え上がる大きな焚火の前でその火を眺めていた。リビングデッドマスターは馬防柵で捕まえたやつで、体に三つほど穴が開いている……ごめんね。


 その焚火は薪を燃やしているわけではない。スノーデン兵の革の鎧や弓、矢、槍、盾、食料などがその燃料である。周りを囲むスノーデン兵は茫然とその様子を見つめていた。


「何をしている、どけどけ!」


 人を掻き分けて大声をあげながらやってくる、豪華な鎧に身を包んだ男がいた。数人の武装した兵士を従えている。町の中でくつろいでいた士官たちであろう。


「これはいったいどういうことだ! それにそこの三人は……」


 ガドランは怒声を上げて周囲の兵を叱りつける。しかしその表情が途中で凍り付いた。


「お前は……なぜここにいる、リッチ!」


 ガドランはリッチの姿を見て驚愕していた。魔王軍の幹部であるリッチの姿は一般兵には知られていないが、リッチが死者の軍団を作る際にスノーデンは優秀な兵をリビングデッドマスターの素材として提供してもらった際、スノーデン軍の上層部とは顔を合わせていたらしい。このガドランもその場にいたのであろう。


「今はこちらのコジマ様にお仕えしております」


 リッチが平然と答える。


「お前は死者の軍団を失い、魔力も失って魔王軍を追放されたと聞いているぞ! 裏切りだったのか!?」


 リッチが俺を紹介してくれたにもかかわらず、ガドランは俺に興味を示さずリッチと話し続ける。


「失ったと思っていたのは本当です。しかし実際はしまわれていただけでした」


「はぁ?」


 リッチの言葉が理解できなかったようで、ガドランは間の抜けた表情になった。


「……まあ良い。リビングデッドマスターはたった一匹か。こんな少数で乗り込んでくるとは愚か者め……」


 ガドランは剣を抜いた。その刀身は暗闇の中でもほのかに光を放っていた。なんだあれ?


「お前は普通の攻撃は効かぬのだったな。だが、魔王軍との戦いの功績で吾輩が陛下より賜ったこの宝剣エントロジーには魔法の加護が付いている。不死の王に、吾輩が死を与えてやろう」


 あれは魔法の剣なのか。あれではリッチも傷を負ってしまう。俺はリッチを背中でかばった。


「誰だお前は。邪魔をするなら容赦せんぞ。腕に覚えがあるのかもしれんが、所詮は多勢に無勢。それに吾輩はスノーデン軍でも指折りの騎士だ。大人しく降伏しろ」


 ガドランは俺を睨みつける。俺は一瞬怯んだが、にやりと笑って見せた。


「……あんた、さっきから勘違いしてるよ」


「なんだと?」


「少数なのは……そっちのほうだよ」


 俺の言葉に、リッチが手で合図をする。すると周囲にいたスノーデン兵が。俺たちではなく、ガドランたちに視線を向けた。


「な、なんだお前たち! 気でも触れたか!」


「す、すいません司令! でもこうするしかないんです!」


 泣きそうな表情で兵士たちがガドランたちを囲む。ガドランは状況が理解できず、おろおろと周囲を見回すばかりだった。


 今だ! 俺はよそ見をしているガドランに一気に詰め寄ると、左手で宝剣エントロジーを収納しつつ、右の拳をガドランの顔に叩き込んだ。鼻血を出しながらガドランが仰向けに倒れる。


「ガ、ガドラン様!」


 ガドランの護衛の兵たちは倒れた主と周囲を囲む兵を見ると、武器を捨てて両手を上げた。こうしてスワンの町は俺に占領されたのであった。


 どうしてこんなことができたのか。それは少し時をさかのぼる……

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