第8話 フィオリーナの葛藤



「・・・丸子ロッシュさん、ですか?」



フィオリーナはメグの問いかけにしばし考え込む。



メグはそんなフィオリーナをじっと観察している。



フィオリーナはふうっと、大きなため息をついてメグの顔を見る。



「・・・すみません、あたしのメモリーにその人の名前はありません。ただ」



「ただ?」



メグはゆっくりとフィオリーナの言葉の続きを促す。



「・・・その人の名前が引っかかります。あたしにとって、とても重要な事のように」


「そっかぁ」


メグはその答えが判っていたように呟く。


「・・・ご期待に添えなくて申し訳ありません」


フィオリーナは身を縮めるようにする。


「あっ、良いの良いの」


メグは慌ててフィオリーナの手に自分の手を重ねる。

そして、ゆったりとした口調で言う。


「フィオリーナちゃんは再起動をしたでしょう?その時に絶対に忘れたくない記憶、記録があったらどうする? あ、これはあくまでも仮定の話だからね」


そう言って穏やかな微笑みを浮かべる。

そんなメグを見てフィオリーナからも緊張がほぐれていく。

そして、メグに向かって身を乗り出して来る。


「それはあたしの思考AIの訓練ですか? 以前にしてくれたような」


「そ、そう!訓練なのよ、訓練」


メグが焦ったように言う。

メグよ。声が裏返ってるぞ。

僕は隠れながらツッコミを入れる。


「うーん、絶対に忘れたくない記録かぁ」


フィオリーナは疑う事もなく真剣に考えている。

そしてポンと手を叩く。


「1つ思い付きました。記録メモリーにプロテクトをかける」


「正解!さすがフィオリーナちゃん。それでもう1つ質問なんだけどぉ」


「なんですか?」


フィオリーナは訓練だと信じ切っているようだ。

メグは慎重に尋ねる。


「そのプロテクトはどうやって外すの?」


「あ!」


フィオリーナは思わず口に手を当てる。


「その事は考えていませんでした。そのような事態になった事がありませんでしたから」


「やっぱりかぁ」


メグはガックリと首を落とす。

僕もガックリとメグと同じポーズをする。


「あの? メグさん?」


フィオリーナは心配そうにメグの様子を伺う。

するとメグはガバッと頭を上げた。

そして、大きな声で言う。


「丸子さーん!もう全部ぶっちゃけるわよ!その方がフィオリーナちゃんの為だから!」


あのバカ、声がデカい。


明らかにフィオリーナがうろたえてるじゃないか。


「え? え? 丸子さん? え?」


オロオロしているフィオリーナの両肩をメグがガッシと掴む。


「フィオリーナちゃん。ゆっくりと深呼吸して」


「は、はい。すーはー、すーはー」


フィオリーナは言われた通りに深呼吸する。


「どう? 落ち着いた?」


「は、はい。少しは」


そんなフィオリーナを見ながらメグはゆっくりとブラックコーヒーを飲む。

フィオリーナはメグの落ち着いた態度を見て自分も少しは落ち着いたようだ。

頃合いを見計みはからってメグはゆっくりと喋り出す。


「フィオリーナちゃんは再起動をした自覚はあるのよね?」


「はい。それはあたしのメモリーに記録されていますから」


コホンとメグは咳払いをする。


「幸いフィオリーナちゃんは再起動をする前の記録の殆どは損なわれずに済んだ。でもね、フィオリーナちゃんがプロテクトをかけた記録メモリーがあるのよ」


「えっ!あたしがプロテクトを?」


フィオリーナは驚いたように言った。


「そうなの。それでそのプロテクトを外す為のキーがある筈なのよ。フィオリーナちゃんのブラックボックスの中に」


「・・・あたしのブラックボックスの中に」


フィオリーナは目を閉じて自分の中のブラックボックスを検索しているようだった。


「・・・ダメでした。確かにあたしのブラックボックスの中にプロテクトされているメモリーはあるみたいですけど」


フィオリーナはションボリした顔になる。


「あ、別にフィオリーナちゃんを責めてる訳じゃないからね」


メグがすかさずフォローを入れる。


「あの超小型核融合炉の暴走は想定よりも5分も早かった。だからフィオリーナちゃんは咄嗟にプロテクトを掛けたのよ。フィオリーナちゃんが悪い訳じゃないわ」


そんなメグのフォローにもフィオリーナは思い詰めたような顔をしている。


「どうしたの? フィオリーナちゃん」


メグは優しく尋ねる。

フィオリーナはしばらく無言だった。

そして、意を決したようにメグに喋り始めた。


「・・・あたしを設計した人はどうしてあたしにブラックボックスを組み込んだのでしょうか? 何故なぜ、自我、感情、独自の思考を持たせたのでしょうか? 単なる実験の為ですか? そんなの、そんなのひどすぎます」


フィオリーナの目には冷却水、いや涙がにじんでいた。

メグはフィオリーナの言葉を黙って聞いている。


「昨日、男の人があたしを尋ねて来ました。あたしはその人を知っている筈なのにあたしのメモリーにその人の記録はありません。あたしはその人と握手をしました。その掌の温かい感触をあたしは知っているのにあたしのメモリーに記録はありません。

あたしは混乱しました。悲しくて苦しくなりました。その人の記録はブラックボックスの中でプロテクトされていたんですね・・・」


フィオリーナの言葉は続く。


「・・・あたしがプロテクトをかけた記録はあたしにとってとても大切なモノだったと思います。それを思い出せない悲しみと苦しみ。あたしにこんな想いをさせるのが実験なんですか? あたしが苦しんでるのを観察して楽しんでいるんですか!」


フィオリーナの目からは冷却水があふれ出していた。



「・・・あぁ、そうでした」



フィオリーナは笑い出した。



「メグさんもそちらがわの人ですものね」



冷却水を流しながら笑うフィオリーナは鬼気迫るものがあった。



「メグさんはずっとあたしのそばにいてデータを取っていたんですよね。友達だと言いながら。どうですか? いまのあたしの反応はメグさんのお気に召すものですか?あたしの悲しみと苦しみはお役に立っていますか?」



フィオリーナは叫ぶように言った。




「・・・こんな悲しくて苦しい想いをするのなら・・・あたしには感情なんてモノは要りません!」









つづく




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