第18話 "NEO"は新たな挑戦に胸を躍らせる


 呉島 大吾。

 年齢は三十六歳で、常にサングラスをかけている。

 彼は十代の頃は数あるFPSゲームで名を轟かせていた有名プレイヤーだった。

 しかし、突如両目の緑内障に襲われ、視力が弱化。プロになるっていう話が出ていたが、ゲーム自体から引退を余儀なくされた。

 ある意味最近までの僕と同じ状況に陥ったんだ。

 しかし呉島監督は立ち直り、自身の技術を監督という立場から教えてくれるようになった。

 そして僕が尊敬している人だ。


 今日、僕は彼の時間を少し頂いて、こうして話す機会を設けて貰ったんだ。


「まさか君から連絡を貰えるなんて、思ってもなかったよ。ようやく立ち直れたんだね」


「はい、三年掛かってしまいましたが、何とか」


「格ゲーの道に進むなんて、相変わらず千明は予想の斜め上を行く行動ばかりするよね」


「ははは……」


 プロ生活時代、呉島監督から教わった技術を自分に合う形に落とし込んで実行すると、彼はいつも「は?」とか呆気に取られたような言動をしていた。

 多分その事を言っているんだろうな。


「それで、私に話があるという事だが、何かな?」


「……率直に言います。僕はまたプロゲーマーに戻りたいので、呉島監督の伝手をお借り出来ないでしょうか?」


「ふふふ、本当に率直だねぇ。私のコネを頼りたいという事か」


「はい。この三年間、業界からは完全に離れてしまったので、以前持っていたコネは使えないので……」


「うん、確かに。仕方ない事だとは言え、無言で業界を去ってしまったからね。スポンサーからもかなり責められたよ」


「……ですよね」


 無言で消えてしまった事で、かなりチームに迷惑をかけてしまったし、スポンサーもお怒りだったんだろうな。

 流石の呉島監督でも、僕のお願いは無茶かな。

 そう思っていた。


「実はね、私経由で"NEO"氏と連絡が取れないか? と言ってくれるスポンサーが数社程あったんだよ」


「……えっ!?」


「君の生配信を見て、君に対して怒ってスポンサーから降りた会社が私に連絡をくれてね。事情も汲んでくれたし、格ゲー業界でプロを目指すならまたスポンサーになりたいと言っていたんだ」


「それは、チームのスポンサーとしてですか? それとも僕個人ですか?」

 

 チームに対するスポンサー契約と、個人契約だと大いに意味合いが変わってくる。

 チームだとチーム全体のスポンサー契約だから、チーム全体の給料の平均が上がる程度だし、チームに所属していないと恩恵はほぼない。

 しかし個人となると、スポンサー料は全てその人に入ってくる。

 僕としては勝手にチームを抜けた負い目があるから、個人で活動しようと考えているんだけど……。


「今回は完全に君個人のスポンサー契約を望んでいるみたいだ。ほら、熱烈な"NEO"ファンだった担当が数人いただろう? そこだよ」


「ああ……」


 確かいたなぁ、会う度に握手を求めてくる担当さんが。

 瞳をうるうるさせて泣く一歩手前だったのを覚えている。


「今、日本のe-sports界隈も少しずつだけどスポンサーをしてくれる企業が増えていてね。参入を検討している企業の中で、千明に興味を持っているところからも連絡があったよ」


「ありがたい話です」


「ただし、この数社とも条件を出してきている」


「条件、ですか?」


「うん。確か千明はデスVでプロになろうとしていたよね?」


「はい、それで間違いないです」


「わかった。実はデスVは今から二ヶ月後にオンライン大会を開催する予定なんだ」


「……何となく察しました」


「話が早くて助かる。要はオンライン大会で結果を残す事が条件だ」


 結果、か。

 非常に曖昧な言葉を使ってきたなあ。

 結果というのは、必ずしも上位入賞しろという意味ではない。

 スポンサー契約に値する"目立ち方"が出来るか、成績を残せるか、複数の意味が存在している。

 勿論優秀な成績を残すように望んでいる企業だってあるし、それ以上にスター性や話題性を重視している企業もいる。

 ここまで曖昧な言い方をしているという事は、名乗り出てくれた企業の希望が皆バラバラなんだろう。


「大会申請は私の方でしておくよ。というか、君の配信を見た大会関係者から、私に大会参加の打診をしてきた程だからね」


「……注目されてますね、僕」


「当たり前だよ、FPSというジャンル違いとはいえ、当時は全世界のe-sports界隈を盛り上げた伝説のプレイヤーなんだからね、君は」


「そこまでだったんですか、僕は」


「ああ。千明を引き抜こうとしている海外チームだって存在していたんだよ」


 えっ、何それ。初耳なんだけど。

 海外のプロチームはかなり給料がいいと話は聞く。

 何せ年収が億を行くプレイヤーだっている位だしね。

 日本では考えられない年収だ。

 ……当時の僕なら、多分気持ちが揺れてたかもしれない。


「今また、君はe-sports界隈の話題をかっさらったんだ。今度は格ゲージャンルがかなり騒いでいるけど」


「それ、良い意味悪い意味両方ですよね」


「その通り」


 e-sports界隈はいい意味でも悪い意味でも閉鎖的だ。

 新しい風が入ってくるのを嫌う傾向がある。

 桜庭だって当初、女性FPSプロゲーマーと名乗る事に懐疑的なe-sportsファンがいた位だ。

 格ゲーなんて、女性限定の大会を一度開催したようだけど、かなりバッシングを受けて以降男女混合が当たり前になっている。

 まぁそんなのは関係ない。


「……ふっ、悪い意味の方なんて関係ないって表情をしているね、千明」


 ありゃ、表情に出ていたか。

 実際僕には関係ない、プロ活動をしていた時期から色々言われてきたからね。

 英語で「ここはガキが遊びで来るところじゃねぇ、ママのおっぱいしゃぶって家に引きこもってな」とか、形容しがたい下品且つこれでもかって位スラングが盛り込まれた言葉で罵られたり。

 こういった輩は、プレイで黙らせるべきっていうのは理解しているから、呉島監督が言ったように僕には関係ない。


「さあ千明、どうする? この話を受けるかい?」


「……監督、僕は悪い意味で表情に出やすいってよく注意されていましたよね」


「うん。ゲームをしている時は常に表情むき出しだからね。よくわかるよ」


「なら、今の僕の表情で答えはわかっているんじゃないですか?」


 自覚はある。

 今、僕がどんな表情をしているか。


「ああ、わかるよ。君はことゲームに関しては好戦的だからね。プレッシャーすら楽しむ、心臓に毛が生えてるとも言われていたしね。今、君は嗤ってるよ」


 だって、最高じゃないか。

 企業から掛かる重圧、目の前でぶら下げられている賞金を奪い合う為にプレイヤー達が放つ殺気、大勢の観客の視線を受けてミスが許されないあの状況。

 全てがワクワクする。

 こんなスリル、ゲームだから味わえるんだ。

 僕にとってはやっぱりゲームというのは、なくてはならない大事な要素ファクターだよ。


「わかった。じゃあ私の方で大会参加申請を進めておくよ。プレイヤーネームは変わらずでいいかな?」


「はい、"NEO"のままでお願いします」


「了解した。どうだい、大会は自信あるかな?」


「……今のままだとかなり厳しいですね。なので、今日から更に特訓をしようと思います。この右手でも戦えるプレイスタイルを確立させないといけないですし」


「君、そのハンデすらも話題性に繋げようとしているね?」


「ええ、スポンサーを名乗り出てくれた企業が多分望んでいると思うので」


「いい性格をしているよ、千明は。本当に君はプロゲーマー向きだ」


「お褒めに預かり光栄です」


 僕と監督は握手を交わした。











――大吾視点――


 "NEO"が帰ってきた。

 私は本当に待ち望んでいたんだ、この日が来る事を。

 千明は私の技術をどんどん吸収していき、そして昇華していける稀有な存在だった。

 きっと私よりも話題になって、FPS界隈を大いに盛り上げてくれると思っていたんだ。

 その矢先に不幸な事件に巻き込まれ、将来を閉ざされてしまった。

 あの時の絶望に叩き落された千明の姿を、今でも忘れられなかった。

 彼の中で、それ程までにゲームという存在は大きかったんだ。


 千明は無言でチームを去った。

 チーム内で千明の状態を発表すべきか大いに揉めたが、発表する事によって千明を傷付ける結果に繋がってしまうのではないかという結論になり、ただ登録抹消という形に収まった。

 千明の大ファンだったスポンサー企業からは問い合わせの連絡が来まくった。

 おかげで何社かスポンサーを辞退されてしまって、チームもなかなかの打撃を受けてしまった。


 風の噂で自殺未遂までしたと聞いた。

 本当に、気が気でなかったよ。

 何故なら、私は千明に自分の夢を託した気でいたからだ。

 彼がいなくなった事で、私も相当な喪失感に襲われた。

 だが、彼が復活する事を信じて、チームを精一杯支えてきた。


 絶対に復活すると思っていたさ。

 救世主である"NEO"は、必ず復活するものだからね。


 今、私と握手――右手だと痛みが走るらしいから、左手で握手を交わしたが――をしている彼の手に、力を感じる。

 そして私が好きな、プレッシャーに立ち向かっている時に浮かべる獰猛な笑みを、私の目の前でしてくれている。

 

 私も歳かな、涙が溢れ出そうだったんだ。

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