7
奴隷制度を撤廃させること、リーリエ姫をアダブランカ王国に嫁入りさせて、正式な同盟国となることが記載された書面をレオポルド三世に記載させた。
グランドール王国の城を後にして、馬車に乗り込んだ瞬間、リーリエはクノリスにものすごい剣幕で叱られた。
「何を考えているんだ!もし、何かあったらどうするつもりだった!」
「あなた一人で行くのが心配だったの!」
「そういう問題じゃない!」
「そういう問題よ!あなたのことが知れたら、私あなたを助けに行かなかったことを一生後悔すると思ったの。あの国は、身分に厳しいし、あなたの過去のことがバレてしまったらって……」
リーリエは、思い切りクノリスを抱きしめた。
「リーリエ……」
「私、分かった。あなたのことを愛している。誰が何と言おうと、政略結婚ではなく一人の人間として結婚したい」
「そう言えば、俺が許すとでも思ったか?」
「ええ」
「正解だよ。くそ……正直、無血で解決できたのはありがたかった……助けるもりが、二回も助けられた。スパイを入れて金の流れを調べさせるつもりだったが、まさかモルガナ妃が本物ではなかったとは」
クノリスはリーリエを抱きしめ返した。
身体が少しだけ震えていたので、リーリエは優しくクノリスの頭を撫でた。
「なぜ、モルガナ妃の日記を隠していたんだ?」
「だって、あの時のあなたは、ものすごく怖かったから、渡しても話を聞いてもらえないと思っていたの」
「なるほど……」
「それに、あなただって、ミーナやマーロ、ガルベルがこの国にスパイしていたことを教えてくれなかったわ」
お互い様だとリーリエは主張した。
「奴らは、自らスパイに名乗り出てくれたんだ。成功したら、リーリエ様の元でもう一度働かせてほしい。チャンスをくれと」
「そんな……」
冗談抜きでリーリエは嬉しかった。
「アダブランカ王国の未来の王妃は、人気者で妬けることだ」
冗談めかして言うクノリスに、リーリエは深いキスをした。
グランドール王国の国境を抜けて、休憩のために馬車を停めた時に、リーリエはマーロやガルベルと再会した。
「本当にあの時は守ることができずに、申し訳ございませんでした」
深く頭を下げるマーロとガルベルにリーリエは「とんでもないわ。私の方こそ、あなた達が戻って来てくれて嬉しい」と声をかけた。
リーリエが話をしている後ろでは、アンドレアとメノーラがクノリスから長い説教を受けていた。
「祖国とはいえ敵国になるかもしれない国に、未来の王妃を独断で連れていくとは何事だ」
二人はもっともだとしおらしく落ち込んでいる。
「待って、私が行くと言ったのよ」
リーリエが二人の目の前に入ると「それで連れてきてしまうことが問題なんだ」とクノリスが答えた。
「メノーラ嬢。両親にはこの件を伝えてあるのか?」
メノーラの肩がびくっと跳ねあがった。
「え、ええ。も、も、もちろんですわ」
「ほう……。では、王宮に帰った時にイーデラフト公爵は私の部屋に駆け込んでくるということはないんだな?メノーラ嬢」
「嘘です……すみませんですわ。お許しください……」
メノーラは今にも地面に埋まりそうなほど、身を小さくかがめて「どうかお許しを」と懇願した。
クノリスは深いため息をついた後、「まず私の方からイーデラフト公爵に謝罪をしないといけないようだな……」と呟いた。
「アンドレア。王都に到着したら、そのままイーデラフト公爵家へ」
「承知しました」
クノリスの指示に、アンドレアは淡々答えた。
「いえ、大丈夫です。私自分で家に帰ることができますわ」
他国に侵入して捕らえられ、殺されてしまうかもしれない状況よりも、メノーラは母親であるエリザベードに叱られる方が恐ろしいようだった。
「王宮にお泊りパーティーで参加していたことにしておいてくださいぃぃ!」
メノーラの必死の叫びは、クノリスに届かなかった。
***
アダブランカ王国に到着し、淑女という言葉を忘れてしまったのかという程慌てて走って来たエリザベード夫人に、激しい雷を落とされたメノーラを見届けた後、リーリエ達は城へ戻って来た。
「こんのバカ娘ぇ!っていうのが、しばらく流行語になりそうな勢いでしたね」
ミーナがボソッと呟いたので、イーデラフト公爵と話をするために公爵家に残って来たクノリス以外の面々は思い切り噴き出した。
城の中は、リーリエが失踪したと大騒ぎになっていたので、リーリエが戻ったことを確認すると使用人達はクノリス様に顔向けが出来ると喜んでいた。
アンドレアは、いつも通りに使用人たちに指示を出し、「クノリス様が戻ってきましたら、晩餐にしましょう」と言った。
部屋に戻り、いつものようにミーナに湯あみを手伝ってもらった後、ドレスに着替えた。
「お似合いです」
「ありがとう。ミーナ。あなたが戻って来てくれて、私嬉しいわ」
「真正面から言われると、恥ずかしいですのでやめてください」
ミーナは俯いて顔がリーリエに見えないようにしていたが、耳まで真っ赤になっていた。
「ミーナ。もしかして照れているの?」
「照れてなんかございません。リーリエ様、ちょっと見ない間にクノリス様に性格が似てきたんじゃありませんか?」
「そうかもしれないわね。真っ赤なミーナ可愛い」
「おやめください」
「ところでミーナ」
「はい」
「あなたのプライベートに首を突っ込むつもりは、全くないのだけれど。アンドレアの気持ちに答えるつもりはないの?」
アンドレアの名前が出た瞬間、ミーナの顔から赤みが引いて真顔になった。
「ないですね」
「そんなキッパリと……」
「頼りない強がる男性は好みじゃないんです。もっと威厳があって、皮肉めいた男性の方が好きですね」
「それって、例えば……」
「ダットーリオ殿下なんかまさにそのタイプですね」
あまりにハッキリとミーナが宣言するので、リーリエは心の中でアンドレアに謝罪した。
どうか、この場にアンドレアが来ていませんようにと。
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