6
リーリエが言葉を発すると、モルガナが目を大きく開いた。
「な、なにを言っているの」
リーリエは生れて初めて、モルガナが動揺している姿を見た。
「私、あなたの日記を持っているの。いえ、あなたの日記じゃないわ。あなたの元主人の日記」
「……」
「あなたはモルガナじゃないわ。ねえ、ノルフ。そうでしょう?」
リーリエが大きな声を出すと、ノルフが「ええ」と静かに答えた。
「ノルフ!お前!裏切るのか!」
モルガナ、いやエドナが大きな声で叫んだ。
「申し訳ありません。些かこの状態はやりすぎかと思いまして。それに、本物のモルガナ様は先日息を引き取りました。私の住んでいる屋敷でね」
ノルフが静かにエドナに向かって言葉を発した。
「どういうことだ……」
しわがれた声が聞こえた。
ずっと扉を開けていたおかげか、香りが薄まったらしい。
ベッドの周りで騒がしくしていたので、レオポルド三世が目を開けていた。
「お父様!」
「リーリエ……お前、生きていたのか?」
久しぶりに会った父は、リーリエの顔を見るとひどく驚いたような表情を浮かべた。
「いいえ!レオポルド。この者は、リーリエを語った偽物ですわ!騙されてはいけません」
エドナが大きな声で叫ぶが、レオポルドは無視をしてノルフに「今話していた内容をもう一度説明しろ」と言った。
エドナの掴む力が弱くなったところで、リーリエは思い切り彼女の手を振り払った。
リーリエがモルガナことエドナを振り払った隙を狙って、ミーナがサッと彼女を拘束した。
ノルフはその様子を見ているだけで、自分の主人だった女を助けようとはしなかった。
「お父様。この日記を」
リーリエは胸元に隠していた日記を取り出して、レオポルドに手渡した。
「これは」
「本物のモルガナ妃の手記です」
リーリエが手渡した日記の中には、モルガナ妃がドルマン王国からチェルターメンの谷の屋敷へ追放されたことが書かれている。
ドルマン王国の姫君、モルガナは精神的な病に侵されており、療養という名目で追放されたのだった。
その時に、ノルフという使用人とエドナという名前の奴隷が一緒に移り住んだことが記載されていたのだった。
そして、日記の中には、ノルフと永遠の愛を交わし、グランドール王国には奴隷のエドナがモルガナの代わりとして送られたことも。
「なんということだ……」
レオポルドの手がわなわなと震えた。
信じられないといった様子だった。
グランドール王国において、階級は絶対である。
階級において、奴隷が王族の振りをしていることは、重罪中の重罪だ。
「捕まえろ……。あの女を捕まえろ!」
レオポルドが怒鳴った時だった。
一人の兵士が、レオポルドの部屋へ慌てたようにやって来た。
「モルガナ妃!陛下!大変です!アダブランカ王国軍が我が城に!」
***
城の外にいるアダブランカ王国の兵士たちの数を見て、グランドール王国の城の人間達はすっかり怯え切っていた。
謁見の間では、クノリスが部屋の中心に設置されている椅子に座って待っていた。
リーリエは、レオポルドに連れられてクノリスのいる部屋へと向かった。
元モルガナことエドナとノルフは、地下牢に連れて行かれてしまった。
部屋の中に入ると、クノリスは驚いたようにリーリエを見た。
「どういうことだ……」
アダブランカ王国の城にいるはずのリーリエが、グランドール王国の城にいる上に使用人の洋服を着ているのだから驚いて当然だった。
「クノリス王。話をさせてくれないだろうか……」
レオポルドがよろめきながら、椅子に座り、隣にリーリエを座らせた。
「……分かりました」
クノリスは黙って座り、レオポルドの話を聞いた。
起こった通りの出来事を、レオポルドは淡々とクノリスに伝えた。
そして、クノリスもグランドール王国から送られて来た手紙を見せた。
「申し訳ないが、私はこのような手紙を出せと命じたことはない。金の流れと共に、この手紙を送った者、遅れと命じた者を処罰するということで手を打ってはくれないか」
レオポルドに戦争をする意欲はないと分かると「分かりました。信じましょう」とクノリスは答えた。
そうなれば、アダブランカ王国はグランドール王国と戦争をする必要はない。
両者は握手を交わし、アダブランカ王国は引き続きグランドール王国を支援することと、リーリエ姫がクノリスのもとへと嫁入りすることが約束された。
「あともう一点、進言したいことがあります」
席から立ち上がったクノリスが、もう一度座り直してレオポルドの顔をじっと見つめた。
「……なんだ」
「奴隷制度を撤廃しませんか?レオポルド三世」
謁見の間の中に、ながい沈黙が流れた。
その間も、クノリスはグランドールの王のことをじっと見つめていた。
レオポルドは首を横に振った。
「申し訳ないが、主は我らに天と地を与えたのだ。地の下にある者たちをどうすることもできないのだ」
それは昔からレオポルドが言ってきたことだった。
「ですが、お父様。そのせいで、今回このような事件が起こったではないですか」
リーリエは思い切って父親に言った。
娘から発せられる重みのある言葉はグランドール王国の王に深く響いたようだった。
リーリエは、レオポルドが怒鳴りつけるのではないかと思っていたが、考え込んでいるようだった。
「今すぐに結論を出すことはできない。私たちはドルマン王国に奴隷を出すことによって、最低限の安全は保障されているのだ。奴隷を出すことをやめてしまえば、この弱小国はあっという間に侵略されてしまうだろう」
生まれて初めて聞いた弱々しい言葉に、リーリエはこの人とあの女にずっと怯えてきたのだと驚いた。
リーリエが言葉につまっていると、クノリスがリーリエの肩を抱いた。
「ですが、このままではこの国は滅びてしまうのではないですか?」
「……」
「王はこの国の全体をご覧になったことはおいでですか?民は暗い顔をして、いつ自分がターゲットにされるか分からない恐怖。兵士たちの死んだ顔。侵略されてしまうのではない。もう既に侵略されているんです。ドルマン王国が侵略しないのであれば、我々が侵略することになるでしょう。用意しているのはアダブランカ王国軍だけではありません。後ろにはイタカリーナ王国も控えております」
「それは、脅しか?」
「脅しだと思えば脅しととらえていただいても。私たちは、この国を良い方向に変えたいだけです。それに、今決断すれば、あなたも英雄王ですよ」
レオポルドは深いため息をついた。
長いため息だった。
「私は、奴隷のために王族である妻を亡くした。この子の母親、サーシャを……」
「存じております。よく」
リーリエはクノリスが、自分がその助けられた奴隷だと言い出すのではないかと冷や冷やしたが、彼はそれ以上話をしなかった。
「そして、王族だと信じていた第一王妃は元奴隷だった……」
「……」
「奴隷と王族。私はもうどっちが何だかよく分からない。ドルマン王国は巨大な王政国家だ。建国して数年の軍事国家が戦えるほど弱い国ではないはずだが、アダブランカ王国軍が全力でグランドール王国を守ると約束が出来るのであれば奴隷を解放することを約束しよう……」
力ない言葉だったが、レオポルドは確かに奴隷制度を撤廃することを約束した。
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