閑話 父が(私の作った切り抜きを見てニヤニヤしてるのが)気持ち悪い

「ふ、ふへっ」


 リビングのソファーで父が、だらしない顔で横持ちしたスマホを眺めている。


 時折漏れ出す笑い声に似た何かが、父の気持ち悪さに拍車をかけていた。


 そう。


 最近、父が気持ち悪い。


 先日バビ様とコラボをしてからずっとそうだ。


 そして、私と親友のあおいが作った切り抜き動画をワオチューブに上げてからはますます気持ち悪さが上がっているっぽい。


 チラっとキッチンで食器の片付けをしている母を見る。


 そんな私の目線に気づいたのか、母が首を傾げた。


『どうかしたの?』

『ちょっとお母さん、何とかしてよ』

『え? あ~。放っておいたらいいと思うよ?』


 母と目で会話する。


 母は傍観を決め込むみたい。


 しょうがない。私が直接言うしかないか……。


「……ねぇ、お父さん」

「んー? 何だい、あかね?」


 スマホに視線を向けたまま、父が返事をする。


 空返事。


「……キモいよ」

「っどぅぇ!? ど、どうしたの急に?」


 やっと、スマホから顔を上げて父がこちらを見た。


 寝耳に水。そんな顔だ。


「なんか最近いっつもニヤニヤしてて、顔がふにゃふにゃしてるよ?」

「ほ、本当?」

「自覚なかったの?」

「う、うん」


 両手でほっぺたをもにゅもにゅしながら父が頷いた。


 自覚なかったのか……。


 ふーん。


「ちなみにそんなにキモかった?」


 不安になったのか、父がそんなことを聞いてくる。


「うん。一緒にコンビニとか行ってその顔してたら思わず他人のフリするくらいにはキモいよ」

「そ、そんなにか……」

「Vになってバビ様とコラボできて嬉しいのは分かるけどさ、ちょっと気を付けないとなんかアホみたいだよ?」

「いやぁ、だってバビ様だよ?」


 まぁ分からなくはないけどさ……。


 父が先日、突然ワオチューブでゲーム実況コラボをした相手は、まさかまさかのバビ様だった。


 不倫したなんていうアホの極みみたいなネット上の誤解が最近になってやっと解けてから、すぐに決まった父の初コラボ相手。


 いきなりの男性トップVとのコラボ。


 ツヴィッターでその告知を見たときは、思わず父に直接聞きに行ったくらいにはびっくりした。


 ネット上でも『マジ!?』『何で?』『どういう繋がりだこれ』『すごっ』みたいなコメントがいっぱいだったくらい。


 皆がびっくりして、そして大成功したコラボだった。


 だから、父がにへにへするのも多少はしょうがないのかもしれない……けど、けども!!


 たまに思いだしてにゃにゃするのやめてよね。


 ご飯中とか!!


 買い出し行くときのドライブ中とか!!


「それにほら、見てコレ!!」

「うっ!!」

「この切り抜き動画!!」


 父がキラキラした顔でスマホの画面をこちらに向けてきた。


 ヤメテッ!!


『アキラ氏、我の背中は預けたぞ!!』

『OK、任せろバビ君!!』


『確キル入った。この建物はもう大丈夫だな』

『流石バビ君』

『フッ、伊達にガブGをやってないからな。アキラ氏も相変わらず上手いな』

『相変わらず?』

『うぉっと、何でもない』

『?』


『アキラ氏は味噌汁に七味入れる派?』

『俺は入れる派』

『だよなぁ!!』


『アキラ氏~、ダウンした~、起こして~』

『こっちの岩裏これる? モック焚くから』

『うぉー、ぃっけー我の四足歩行~』

『──ターンッ!!』

『あ』

『あ』


 そこには、父とバビ様のコラボ時の切り抜き動画が映っていた。


 見覚えがあるレベルの話じゃにゃい。


 そこに映るシーン、字幕の色、フォントに至るまですべて記憶に新しい……。


 と、とりあえず知らないフリしてとぼけてみよぅ。


「そ、それって?」

「これは『補色の切り抜きチャンネル』さんが作ってくれたバビ君とのコラボ動画の切り抜きなんだけど──」

「──くっ!!」


 羞恥心がっ!!


「? どうかした?」

「い、いやー、何でもないよっ? 続けて?」

「……うん。この人、初めて俺の切り抜きを作ってくれた人だからチャンネル登録してるんだけどね、編集も凝ってるし何より投稿速度が早いんだ。バビ君とコラボしてから時間そんなに経ってないのに、もう動画を上げてる……すごいよ」

「ふ、ふーん」


 ヤバい、口角が上がっちゃう。


 あとナチュラルにバビ様のことをバビ君って言ってて地味にポイント高い。


 こ、これがてぇてぇってやつ……か?


 切り抜きたい。


「それに、会話が少ない移動シーンとかは倍速にしてほとんどカットして、面白いシーンはちゃんと残してくれてる。見やすいし、盛り上がったシーンがまとまってて……やっぱり好きなんだよなぁ」

「へ、へぇ……」


 投稿速度が早いのは碧と2人で編集を分担してるから。


 そんなことは知らないだろうけど、素直に誉められるのは嬉しいな。


 んふふっ。


「どうしたの? なんか顔がもにょもにょしてるけど?」

「っふぇ!? な、何でもない何でもない!!」


 やばっ。


 話を変えないとっ!!


「そ、そういえば、年末に大会出るんでしょ? FPSの。チームリーダーになったんだっけ?」

「あーうん。そうだね。出るよ、大会」


 父のコラボ配信でバビ様が最後にとんでもない爆弾を投下した。


 年末にバビ様が主催するFPS大会。


 総勢100人のVTuberによる超大規模コラボで、4人チームが合計25個の、チーム戦がメインになる大会だ。


 その25人しかいないチームリーダーに、一番最初に選ばれたのが父だ。


 それぞれのチームリーダーは年末までにチームの仲間3人を集めなきゃいけないらしいけど、大丈夫かな?


「大丈夫なの? あと3人チームメンバー集めなきゃいけないんでしょ?」


 父は1人とコラボするのに2ヶ月かかった。まぁそれは大会まであと半年くらいだからだいたい6ヶ月くらい。


 同じペースならちょうど3人だけど、コラボしたからってその人がそのまま大会のチームメンバーになってくれるかもわからないし……。


 チームで練習する時間を考えるなら早く決めないといけないのに。


 意外と時間がない気がするんだけど、今の父の表情を見るとあまり焦ってない感じがする。


 気のせい?


「大丈夫じゃないけど、大丈夫だと思う」

「えぇ? どういうこと?」

「もう、次のコラボが決まったからね」

「へぇ!! すごい!! おめでとう!!」


 素直にすごいって思った。


 初コラボまで大変だったのに、もう次のコラボが決まってるなんて。


 やっぱりトップVとコラボして成功したっていう実績が大きいのか。それともが解けたのが大きいのか。


 とにかくネット上にあることないこと書き込んだ有象無象ども、許せん……。


「ありがとう、茜」

「へぇ、次のコラボ決まったの? やったねアキラくん」


 母が食器の片付けを終えたのか、会話に加わってきた。


 さっきは放っとけって言ってたのに……。


あずさもありがとう」

「相手は誰なの?」


 母が質問する。


「コラボ相手は『アイキュー部』なんだけど……知ってる?」

「あいきゅーぶ? グループ名かな? わかんないや。お母さんは知ってる?」

「うーん……前にアキラくんがスパチャ送ってた子たちが組んだユニットの名前が確かそんな名前だった気がするけど……合ってる?」

「そう、それで合ってる」


 詳しく話を聞けば『アイキュー部』とは『伊崎ミサキ』、『一円。』、『井川#111』の個人VTuber3人で組まれたユニットの名前らしい。


 ユニット名には聞き覚えがなかったけど、この3人の名前には見覚えがあった。


 母が言ったように、この3人は父がスパチャを送ってたVTuberたちだ。


 『こんなところにアキラくん【指宿アキラ】』というタイトルで作った切り抜き動画。『補色の切り抜きチャンネル』で一番最初にアップした動画だからよく覚えてる。


「その人たちと何する予定なの?」


 気になったので聞いてみる。


 いきなり目標人数の3人とのコラボ。


 大会のチームメンバー候補なんだろうか。でも、そこまで考えてはなさそうだけど……。


 単純に父がコラボしたいだけなのかもしれない。


 まぁ楽しめれば何でもいいと思うけどね。


 父と合わせればコラボ人数は4人。


 4人もいれば大抵のゲームは遊べるし何でもできると思う。


「マーダーミステリー」

「「マーダーミステリー?」」

「そう。体験型の推理ゲームってやつだね」


 ワクワクした様子で父が言う。


 それを聞いて、母と2人で顔を合わせる。


『あれ?』

『あ、茜も気付いた?』

『うん』

『お父さんって』

『アキラくんって』

『『推理ゲーム苦手じゃなかったっけ?』』


 っていうか、女の子たちとコラボしてまた炎上なんてしない……よね?

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