『バビ・ルーサ』

 猫又ねこまたイスナ。


 それが、オレ・・が一番最初に見たVTuberの名前だった。


 今でこそ、その人気を確立し企業勢トップに君臨する『Met a Live』。その第0期生・・・・にして『Met a Live』という存在を世に知らしめた影の功労者。


 VTuberの始祖『メタぞのサキ』が始めたこの世界の黎明期れいめいきを盛り上げた内のひとり。


 VTuberはカワイイだけじゃないと、そのプレイングで示した張本人。


 そんな彼女にオレは心を奪われた。


 『スナイパー縛りでカツ丼食べる』


 それが、彼女が一番最初に上げた動画のタイトルだった。


 ガブGの略称で親しまれているFPSゲームの動画で、100人のプレイヤー同士で争い最後の一人になるまで戦い続けるバトルロワイヤルゲームに、あえて縛りを加えて挑むというもの。


 それも、遠距離武器であるスナイパーライフルのみで戦うという内容だった。


 このゲーム、電磁パルスの収縮によって安全な活動エリアが狭まっていくため、最終的には近接戦闘が想定される。


 それにも関わらず、スナイパーライフルのみで戦うという縛りは、自分の力量に絶対的な自信がないとできないようなルールだった。


 その当時からすでにFPSが得意だったオレは、プレイの参考にワオチューブでガブGの動画を探す中で、その動画のサムネイルをたまたま目にした。


 興味が沸いて動画を再生してみれば、画面の右下にいる可愛らしいネコミミアバターの猫又イスナが左右に体を揺らしながら、ゲーム画面の中ではプレイキャラが物資をスムーズに回収していく、そんな場面から動画は始まった。


 自己紹介もなければ、ルール説明もない。言いたいことはタイトルに書いてあると言わんばかりの無言っぷり。


 時折ハンドガンやアサルトライフルを見つけると迷いを見せるようなうなり声がかすかに聞こえてくる、そんな程度しか喋らない、ちょっと不安になる開幕だった。


 お目当てのスナイパーライフルを見つけると、素早く装備しさらにはヘルメットや防弾チョッキ、回復アイテム、アタッチメントなどを次々と手に取っていく。


 物資の回収を終え、建物の屋上に上ると草原を走るひとりのプレイヤーが目に留まる。瞬間、即座にしゃがみスナイパーを構える。ジグザグに走るプレイヤーの頭に狙いを定め、たった一発、弾を撃つ。


 プスッ。


 サプレッサー付きの特徴的な発砲音。


 数瞬後、頭から血を吹き出すプレイヤーと『1キル』というログが画面に流れた。



『ワンダウン……』



 オレはこの一連の流れをみて衝撃を受けた。


 まず、遠距離からあんなにジグザグに走るプレイヤーの頭をたった一発で撃ち抜くという神業を何の気なしに成功させたという事実。


 こんなキルを決めてみたいと、素直に憧れた。


 そして、もうひとつの衝撃は、耳から離れないそのだった。これが、俗に言うアニメ声というやつなんだと、後になって知った。


 いま思えば、ここが彼女に心を奪われた瞬間だったのだろう。


 その後、彼女は電磁パルスの収縮から逃れながら、見かけたプレイヤーは遠距離から確実にキルしていく華麗なプレイングを見せていきキルスコアを重ねていく。


 そして最後には、ラスト1対1の場面でスナイパー腰撃ちヘッドショットという曲芸を見せ、見事1位でゲームを終えた。


 トータル20キル。全体の5分の1をたったひとりで殲滅し文句なしの勝利を納めたところで動画は終了した。


 縛りをものともしない圧倒的な実力に、一度聴いたら忘れられない天性の声。


 彼女の人気に火がつくのに、そう時間は掛からなかった。かくいうオレも、気づけば彼女のファンになっていた。


 ここが、オレの──バビ・ルーサの原点。


 VTuberになることを決めたきっかけであり、ガブGを中心にFPSゲームをやるようになったきっかけでもある。


 それが、いまからおよそ4年前。オレがまだ、大学に通っていた頃の話だった。


 その動画を見てからというもの、VTuberとしての体を手にいれるためにアルバイトを掛け持ちしてお金を溜め、ガブGをひたすら練習するようになった。


 銃の反動、弾の距離減衰、照準拡散、リコイル制御、マップの強ポジ、回復アイテムの使用タイミング。何度も何度も反芻し頭に、体に馴染ませていく。


 そのおかげか、みるみる実力が伸びていき1年後──つまりいまから3年前には、ガブGをソロで1位を取ることも難しくなくなってきた。


 その頃にはお金もある程度溜まり、VTuberとして活動を始める準備も着々と整っていた。


 そして、練習の成果を確認しようと、オレはとある地方のガブG大会に参加したのだ。


 今時珍しくオンラインではなく、現地集合のオフライン大会。


 結果は堂々の1位。文句なしの優勝だった。


 これで、自信も付いた。


 その大会の優勝賞金と、アルバイトで溜めた貯金全てを投資して、オレは念願のバーチャルの体を手に入れ、バビ・ルーサという名前でVTuberとしての活動をスタートした。


 名前の由来は別名『自分の死を見つめる動物』と呼ばれるイノシシ科の動物バビルサから取った。なんかカッコいいと当時は思っていた。


 活動を通して猫又イスナのように華麗なプレイングを魅せたい。あわよくば彼女とコラボしたい。


 そう思っていた矢先のこと。


 活動をスタートしたオレとちょうど入れ替わるように、彼女は引退を発表した。


 理由は、不当な炎上に対して疲れてしまったということ。


 彼女は『ゲームの上手さ』と『特徴的なアニメ声』が人気だが、実は『プレイしている人』の他に『声を当てている人』がいるのではないかという疑惑があった。


 疑惑といってもこれは『こんなカワイイ声のやつがゲーム上手いわけがない』という嫉妬からくる単なる言いがかりなのだが、信じる人が以外と多く彼女がFPS動画を上げる度にコメント欄が荒れるような事態が続いていた。


 『猫又イスナ プレイヤーと声優は別人なのか検証してみた』といったタイトルの動画が上げられたり、『編集済みじゃなくて生放送でガブGやってみろよ』などの中傷コメント。


 これらの不当な炎上に疲れたという理由で、彼女は引退することになった。


 この騒動によって、アンチたちに対する批判が相次ぎ、さらに『猫又イスナ プレイヤーと声優は同一人物なのか検証してみた』という動画が次々と上がるようになった。


 結果、プレイヤーと声優は同一人物であるという結論でインターネット上では一致したが、彼女が引退を撤回することはなかった。


 猫又イスナとコラボしたい。


 そんな希望は、活動をスタートした瞬間から砕け散ってしまったわけだ。


 だが、それで活動のモチベーションがなくなったかと言われればそうではない。


 FPSゲームをやっていれば、いつか彼女にまた巡り会えるかもしれない。


 それに、オレは彼女の華麗なプレイングに魅力されて、憧れてガブGをやるようになった。オレも、オレのプレイングで見ている人を楽しませたい。なんならオレの動画でプレイ人口を増やしてやる。


 そんな気概で活動を続け、気づけばチャンネル登録者数77万人。


 いま、男性Vの中で最もミリオンに近い男と呼ばれるようになっていた。



◇◇◇



【GUBG】コラボ配信!! 2人でカツ丼目指すぞ!!《バビ・ルーサ》

同接:8400人


こそがっ!! 地獄の門番『バビ・ルーサ』だ!! おうお前らっ! 今日は特別コラボだ!! さっそく登場してもらうぞ!!」


コメント:おはルサー!!

コメント:コラボと聞いて!

コメント:大丈夫か?

コメント:ワクワク

コメント:誰?新人?

コメント:まぁ大丈夫やろ、たぶん

コメント:手が早すぎて草

コメント:誤解は解けたからな!!


「み、皆さんどうもこんばんは。Vすきアキラこと、指宿アキラです」


 いつものゲーム。いつもの画面。


 いつもと違うのは、画面の右下にオレ以外の人物が映っているということ。つまり、コラボ配信だということだ。


 指宿アキラ。


 今回のコラボ相手の名前だ。


 少し緊張しているのか、声が若干上擦っている。


 歳はオレよりも10歳以上上で実況歴もオレより長いはずなんだが、何を緊張しているのか。


 彼は、つい2ヶ月ほど前にVになった新人……ではあるが、オレはその前から彼のことを知っていた。


 ゲーム実況者、指宿アキラ。


 難しいゲームの攻略をメインに活動していた人気ワオチューバー。現在はVとして活動を始めている。


 そして、オレがVになるための試金石として参加したFPSの大会、そのだ。


 言及するとオレまで身バレすることになるから表では言えないが、オレは彼のことを知っていた。


 具体的には彼の顔バレ記事──FPS大会時の写真がネットに上がったことで知り、そこから彼の動画を見るようになりファンになったというわけだ。


 なぜ彼をコラボに誘ったのか。


 それは、オレがいま企画しているイベントに参加を誘うための布石だ。


 誘ったタイミングも今がちょうど良い。


 実力も、3年前ではあるがある程度知っている。申し分なしだ。


 ただ、イベントについては配信の最後に言おう。


 その方がサプライズ感があって面白そうだ。


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