起承『転』結 ~コラボと大会と雑談と~
2ヶ月遅れのリスタート
リアルの活動で『難しいゲームをサクッとクリアする』という自分のスタイルに限界を感じて、2ヶ月ほど前、Vの世界に片足を突っ込んだ。
楽しそうにゲームをしている彼らに憧れて。
彼らと同じ世界に居たいと思ったから。
こっちにくれば、文字通り世界が変わると思ったから。
好きなVたちとコラボして。
一緒にゲームで対戦して、協力して、騙し合って、誉め合って。
いろんな種類のゲームを楽しみたい。
また昔のように心の底からゲームを楽しめるようになりたい。
ゲームに疲れてしまった俺でももう一度、みんなとゲームを楽しみたい。
そう、思ってこの世界に足を踏み入れた──。
──でも現実は、いや、この世界はそんなに甘くはなかった。
インターネットという空間はとても特殊で、神秘的な面と悪い面の両方を持っている。
昔からそんなことは知っていた気でいた。
でも、Vの体を手に入れてこの空間に同居するようになってから、よりその両面性を実感するようになった気がするんだ。
インターネットを利用する匿名の人たちの声が、感情が、ダイレクトにぶつけられる感覚。
匿名だからこそ本音で語る彼らの文章が──本心が、不特定多数から浴びせ続けられる。
『すり寄りキモいわ』
『転生か?』
『草も生えん』
『こういうのはやめてほしいなぁ』
『どうせすぐ辞めるんだろ』
『炎上商法ですかぁ』
『このひと不倫したんだっけ?』
『いやまじふざけんなよ』
『ドン引きですわ』
批判的な意見だから、感覚が鋭敏になっていたのかもしれない。
でもこの2ヶ月間は、そんなインターネットの負の面を味わい続けていた。
反論しても信じてくれる人は少なくて、大多数の人たちは誤った認識のまま俺を攻撃し続ける。
インターネットには特定の解が存在しない。
いや、正確に言えば『誰かにとっての正解』が無数に存在すると言った方が正しいのだろうか。
1+1=2と書いてあるサイトがある。
1+1=3と書いてあるサイトもある。
1+1=∞と書いてあるサイトだって存在する。
何が正しいのか、何が間違っているのか。
取捨選択し最終的な判断を下すのは、インターネットを利用する当人だ。
だから、間違った意見をそのまま正しいと誤認する人は多い。
『不倫して活動休止した元ワオチューバー』
俺はこの2ヶ月間、そんな誤解を解消することができなかった。
俺ひとりでは、できなかった。
事態が急変したのは、昨日の雑談配信で俺がうっかり寝落ちしてしまってからだった。
そこから俺の配信を止めようと配信に割り込んでしまった妻の梓が、軽く
そんなことで疑惑が簡単に解消するのか、という疑問はあった。
本当は
詳しい話はわからない。
梓に少し詳しく話を聞こうとしても、はぐらかされてしまったから。
朝の雰囲気だと、恐らく娘の茜も何か知っているような空気感があった。
でも、そこに深く突っ込むことはしなかった。というより、できなかった。
最初はなんて危ないことをって、怒ろうとした。個人情報はインターネット上に一度拡散したら、それをなかったことにするのは不可能に近いから。
でも、それは俺のことを慮ってのことだって、知ったから、気づいたから。だから、それ以上追及するのはやめにした。
今はただ、感謝して、誤解の解けた喜びを噛み締めようと思う。
Vとしての活動を始めて、2ヶ月。
ここからが、本当のスタートだ。
そう思った矢先のことだった。
俺のツヴィッターアカウントに一通のダイレクトメッセージが届いた。
差出人はなんと『バビ GAMES』チャンネルでお馴染みの『バビ・ルーサ』さんだった。
FPS系のゲームを得意とし、男性VTuberの中で今一番勢いのある男と言われているのが彼だ。
チャンネル登録者数も現在77万人と、Vになる前の俺の登録者数40万人にダブルスコアを付けようかというくらい人気のある実況者で、俺自身彼のFPS配信はよく見るしなんならスパチャだって送ったことがあるくらい。
そんな男性Vを牽引する超人気VTuberが、一体なんのメッセージを送ってきたのだろうか。
中身をさっそく見てみると、そこには衝撃的なことが書いてあった。
突然のDMすみませんという文言から始まり、自己紹介とVとして活動する前から俺のファンであるという嘘か真かわからないお世辞。続けて『コラボしませんか?』という文言と最後に連絡待ってますという絞め。
ざっくり書き出すならこんな内容だった。
普段の彼の実況スタイルとはかけ離れて、本文はもっと丁寧に書いてあり、一人称も実況の時の『
衝撃的なことが2つある。
ひとつ目は、彼がVになる前からの俺のファンであるということ。
あのトップVTuberが俺のことを知っている。それも、Vとして活動する前からのファンであるということに衝撃を受けざるを得ない。
これに関しては、本当だったら嬉しいことこの上ないが、例え嘘だったとしてもお世辞の範疇として許容できる。
メール本文の丁寧な感じといい、世渡り上手といった印象を受けた。
そして2つ目。
あのバビ・ルーサにコラボを誘ってもらえたということだ。
『コラボしませんか?』
送られてきたダイレクトメッセージの一番のポイントはここだろう。
相手がどれだけの気持ちを込めてこの言葉を綴ったのかはわからない。
ただひとつ確かなことは、この言葉は俺がこの2ヶ月間待ち望んでいたものだったということ。
そこにどんな感情が込められていようが関係ない。
俺は、この一言をずっと待っていた。
俺から誰かにコラボを誘うことはできなかった。
それは、俺自身が炎上している自覚があったから。
コラボした相手に火の粉がかかるような真似だけはしたくなかった。
今はどうだろうか。
俺に対する疑いは晴れた。完全にとはいかないが、ほぼほぼ解消できたと信じている。
初コラボをするタイミングとして、これ以上ない絶好の機会だ。
相手も、ちょっとやそっとの炎上をモノともしない大人気V。多少焦げ臭くなっても大丈夫だろうという安心感はある。
でも、本当にいいのだろうか。
俺も、彼のファンだから。
彼に迷惑がかかるかもしれないのに、
そんな不安が頭の中を駆け巡る。
でも──
「(こんなチャンス二度とないよな)」
これを逃したらきっと、後悔する。
それに、相手だって俺とコラボすることで燃える危険性があることは重々理解しているはずだ。
そんなリスクを考慮した上でメッセージを送っているに違いない。
内容も何も、いつやるのかすらまだ決まっていないけど、ここで返事を出さなければ、二度とバビ・ルーサと絡むこともなくなるだろう。
コラボがしたい。
そして、ゲームを素直に楽しみたい。
それが、Vになるときに夢見た景色。
それを自覚した時、答えはもう決まった。
送られてきたダイレクトメッセージに返信のメッセージを書き込む。
さぁ、コラボを、ゲームを、楽しもうか。
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