我《が》

 ゲームを楽しいからやるのではなく、作業のようにやるようになったのは、いったいいつからだろうか。


 自分のワオチューブのスタイルとして、難しいゲームばかりをやってきたから、楽しいと思うよりもイライラすることの方が多かった。


 クリアした時だって、楽しいというよりも『クリアできた』という安堵の感情の方が大きかった。


 動画を撮るためにゲームをする。


 難しいと話題になっていたからやってみる。


 息抜きとしてやるゲームはほとんどなくて、やったゲームは大体動画になっていた。


 それが、ワオチューバーであった俺の、ゲームとのつきあい方だった。


 だからこそ、本当に楽しそうにゲームをしている彼らに憧れを抱いたのだろう。


 VTuberになれたら、彼らのようにゲームを楽しめるようになるだろうか。


 この一年間、何度そう思ったことだろうか。


「なればいいんだよ!! VTuberに!!」


 茜の一言で、目の前が少し明るくなった気がした。


「……」


 ただ、この一年間、思っただけで実行に移さなかったのはVTuberになるのが簡単ではないと調べて知っているからだ。


 VTuberになるにはお金も時間もある程度必要で、生半可な覚悟では言い出せなかった。


 自分の意思を無理に通そうとすれば、それはただのワガママに他ならない。せっかく家族との仲が戻ってきたのに、を押し通せば今度こそ元には戻れなくなってしまう。


 そう思って、口に出したことはなかった。お酒のせいで、さっき溢したのが初めてだった。


「アキラくんは、どうしたいの?」


 返答に困っていると、梓がこちらを覗き込みながら問いかけてきた。


 それは、俺の心の内に気づいていて、それを後押しするかのような優しい声音だった。


「時間がどーだとか、お金がどーだとか。そんなことは今は考えないで。アキラくんがどうしたいのか、言ってみて」


 やりたいか、やりたくないか。


 答えはすでに自分の中にあって、後はそれを口から出すだけだ。


 酔いはいつの間にか覚めていて。


「俺は──」


 ワガママを言って良いのなら──


「──俺はVTuberをやってみたい」



◇◇◇



 そうして俺は、VTuberとして活動することに決めた。


 あの後、家族で少し話し合った。


 その結果、ひとまずの目標としてちょうど1ヶ月後の2022年4月1日のエイプリルフールにVTuberとしての動画を投稿することに決まった。


 これは、周囲の反応を見るという目的もある。


 反応が悪ければエイプリルフールのネタでしたということで流せるし、良ければ『実はこれから本当にVTuberとして活動します』という宣伝になる。


 まぁたとえ反応が悪くともちゃんと活動はするつもりだが、最悪の場合はネタにできるという保険になる。


 そのための準備として、まずはモデルの作成を依頼することになった。


 VTuberのモデルには大きく分けて2Dと3Dの2種類があり、それぞれで活用の仕方も異なる。


 エイプリルフールに出すネタということもありインパクトが大事だという判断から、3Dモデルを作成してもらうことにした。


 調べてみると、3Dモデルの納期はおおよそ1ヶ月程度ということが書いてあったので、エイプリルフールに間に合わせようとするなら本当にギリギリのタイミングだった。


 思い立ったが吉日とばかりモデルの作成をサイト経由で依頼。金額は高かったが、娘の後押しと妻からのゴーサインが出たため躊躇ためらう理由はなかった。


 無駄な出費はなるべく抑えるように生活していたのだが、最近なぜか昔の動画がバズったらしく、まとまった収入が入ってきたのもOKが出た原因のひとつなのかもしれない。


 モデルが納品されるまでの間は久しぶりに家族で出掛けたり、茜の勉強部屋を配信部屋に戻したり、VTuberとして活動する用のウェブカメラやトラッキングツールなどを準備したり、梓の誕生日プレゼントを準備したり、茜の高校入学準備などをしたりと、あれこれしているうちにあっという間に過ぎ去っていった。


 そうして迎えたエイプリルフール前日。


 モデルの納品もつい先日してもらい、動作確認等を済ませて即エイプリルフールのネタ用に動画を撮った。


 せっかくの3Dモデルということもあり、動きがよく見えるように軽い運動要素をいくつか取り入れ、それらを30秒程度に圧縮。


 編集した動画を明日の朝に投稿されるよう予約を行った。


 これでひとまず準備は整った。


「受け入れてもらえるだろうか……」


 考え出せば、不安は尽きなかった。


 でも、それ以上に楽しみでもある。憧れた世界に飛び込めるのだから。


 この先どうなるのかはわからない。


 批判はきっとあるはずだ。自分が思っている以上に、道は険しいかもしれない。辞めたくなる日も来るだろう。


 でも、それを覚悟の上で一歩踏み込んだのだから。


 きっと何か、新しく得られるものがあるはずだ。


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