5‐11 惨劇の中で

悪い予感は残念な事に的中してしまっていた。


襲われた村の救助活動を終えたディーク達は定期連絡を寄越さなかったチェルノ達に、何かあったのだろうと判断し救援を向かわせたのだ。

数人の有志と共にディーク達はホバーバイクを駆って村に駆けつけたが、状況は既に出遅れだった。

人口百人もない小さな村は破壊と殺戮により蹂躙されほとんどただの廃墟となっていた。

生存者は絶望的と思われたが、ふと視界に写った半壊した家屋の影に見覚えのある男が横たわっている。


「へっ、ざまぁねぇな…」


チェルノは髭に覆われた口元を歪めて笑った。彼の体は血塗れで誰が見ても重症であり助からないのは明白だった。

それでも、ディークはニックスやロットの相棒であった彼の手当てをしようとしたが、チェルノはまるで拒否するかのように手で遮った。


「止めろ…こんな死に損なんかに貴重な医療品を使うんじゃねぇ…」


「しかし…」


「へっ…やっぱりニックスの奴の目に狂いは無かった訳か…」


脇腹に抉られたような傷を受け、未だに出血が止まらないにも関わらず、チェルノはどこか満足そうな表情を浮かべていて、それが不思議だった。


「チェルノさん…」


「へっ…俺達もヤキが回ったようだな…ニックスの野郎……旨い酒くらい用意して待っているよな…向こうで一緒に………」


チェルノは満足気な笑みを浮かべた後に何も言わなくなった。

しかし、ディークはそんな彼とはは対称的に重い雰囲気を顔に纏わせる。

また、犠牲者を出してしまった。救えなかったと自分を責めずにはいられない悲しみが彼を押し潰そうとしていた。


「……」


無言で白雪が積もった平原を見渡すディークの目には、どこか後ろ向きな感情の篭った澱んだ光が秘められていた。





時は、少しばかり進み東欧にあるとある地域の街から外れた建物があった。

実はその場所は一個人が保有していた秘密の倉庫であり、ターロンから横流しした武器や麻薬を保管している場所でもあった。

そして肌寒い夜の中で、男の号令が響き渡る。彼こそターロンの若き野心家シャオ・キンペである。


「てめぇら、今日こそ決起の時だ。今の俺達には武器も金も運気もある

それにある奴から情報と、切り札を手に入れた。もう龍とかいう奴の命令なんか聞く必要はねぇ、俺様が今からトップだからな

まずは暗黒街を占拠し、続いてベルリンのハンター本部を襲撃する。忌々しいハンター共はシベリアのケダモノ退治で忙しいってワケだ

つまり、やるなら今しかねぇって事だ。ようやく俺たちの時代がやってくるということだ!東で口出ししてくる連中なんかの顔色をうかがう必要はねぇ!

遠慮はいらねぇ! 好きなだけ殺して、奪って、壊して、攫って、犯せ! 法や組織の決まりごとなんか関係ねぇ!俺達を従わせる法があるならば…それは力だけだ!」


「しかし…本当に良いんですかいボス?」


「あぁン?」


一世一代の演説を中断されたことに苛立ちを隠そうともしないまま、シャオは部下に向き直った。

まるで銃口を突きつけるように攻撃的な上司の視線に恐縮しつつ、その部下は弱々しい口調で告げる。


「一つの村を潰すならともかく…本部や、ましてや政府に喧嘩吹っかけたら、

いくら金や女で抱き込んだお偉方が裏で俺達と繋がっているとはいえ…まずいんじゃないんでしょうかね?それに『龍』を怒らせてしまったら『東』の本部にも敵視されるんじゃ…」


東の本部から命令を下す『龍』。それを恐れている人間は多かった。

ひとたび裏切り者と認定されれば最後、本人だけではなく家族や一族郎党が凄惨な拷問を受けて無残な躯が街に晒される。鉄の掟と恐怖で支配するターロンの首領。

だがシャオは部下の質問には何も言わず、懐から取り出した拳銃でそれに答えた。

倉庫の中で短く響いた一発の銃声の後に短い舌打ち。そして崩れ落ちる男。

たった今、部下を粛清したシャオが他の者に命令する。


「チッ、うるせぇよ臆病者が…おい、そのチキン野郎を片付けて放り出せ!早くしろよ…そいつと同じようになりたくなければな!」


苛立たしげに死体と化した部下の頭部を蹴り飛ばすシャオを前にして、彼に口答えする人間はさすがに出てこなかった。

この、犯罪組織ターロンが誇る若き暴君の言葉に誰も逆らえる者はいない。

そもそも、シャオが気に食わない件が浮上すれば部下の一人や二人の粛清はいつものことであり、日常茶飯事であるともいえるのだが、

彼は暴力的な気質を持つターロンという組織の中でも、一際その暴力性と残虐性が抜きん出た人間でもあるのだ。


「いいか? よく聞けよ野郎共! 敵が飛ばしてくる弾より恐ろしいのがこいつのような敗北主義者だ!

奴のような臆病者は負けた時の事を考え、保身に走る。俺やお前達を売ってまで『龍』に頭を下げ命が惜しいとのたまう臆病者だ!

そんなクズに生きる資格はねぇ、敵に対して背を向ける奴も同罪だ。

これからは俺が法律だ!俺が一番偉いんだ!俺に逆らったり意見したりなんて考えるなよ!」


まるで部下が造反する前に脅しをかけておこうとする彼の姿勢は、シャオ自身が下克上で今の地位をもぎ取ったからなのであろうか?


「ボ、ボス…」


「なんだ! テメェもあいつと同じようにくたばりてぇのか?」


舌打ちし、再び懐から銃を取り出そうとするシャオに、顔を青ざめさせながら必死に背後を指差す部下。


「ち、違います…あそこに女が…」


こめかみに青筋を立てながら、部下が刺した方向に首を向けるシャオの目が驚きで微かに見開かれたのはすぐ後であった。


「てめぇ…何モンだ? 見張りの奴はどうした!」


目の前の女は好色なシャオが今までに抱いたどの娼婦より美しかったが、彼は劣情を催す気が起きなかった。

今は性欲にかまけているときではない。一番大事な時なのだ、もしこの機会を失ってしまったら龍に弓を引いた以上、自分に後はない。

そもそも上層部に、麻薬の横流しで利益を得ていたことが発覚しつつある。

先程も記したがターロンは組織に損失を与えた裏切り者に容赦はない。『百人斬り』の異名を持つあの男以外は…


「さぁ? そんな事はどうでもいいのではなくて?」


「おい、テメェら! 早くこの侵入者を片付けろ!!」


シャオの目の前に現れた女は自分に向かってくる男達を誘うように腕を差し出した時、一瞬暗闇の中で数本の糸が光った後には輪切りにされた躯が転がった。


「な、なんなんだこいつは!?」


女がまるで得体の知れない不気味な魔術を使ったような錯覚を感じ、シャオが驚愕の表情を浮かべる。


(ふふ、あの子が少し遅れてしまった分の露払いをしないとね。さて、例の兵器…どれ程かしら…?)


主の見込んだ彼女は必ず、集めた情報をたどりもうじきここを訪れることであろう。

自分はただ時間稼ぎをするだけでいい。この場にいる全員を皆殺しにするには一人では多少手に余るし無駄足を踏む。

だからこそ彼女の力を利用するのだ。アークブレードの保有者たるかの女は自分の撒いた手がかりを手繰ってここにやってくる。

それに主の意向もある。ここの『切り札』とやらが期待通りのスペックを持っていれば計画はあの方と彼女を早期に接触させられるかもしれない。

黒い衣装と様々な思惑を纏った死神のような女は赤い唇に笑みを浮かべ、まるで見定めるように倉庫に集った五十人近くの男達を一瞥した。









場面は再びシベリアの地へと戻る。


「くそッ…!」


ディークは拳を地面に叩き付けた。何回も何回も…血が滲むほどに。

何も事情の知らないものが見ると感情に駆られた無意味な行為でしかない。

しかし、そうでもしなければやっていられなかった。そうでもしなければ感情が爆発して溢れてしまうからだ。


「俺は…また、死なせてしまった……」


ニックス、バニッシュ、そしてチェルノ…みんな手のひらからこぼした命だ。

そして憎むべきはあの巨大な悪魔ジャイアント・グリズリーであり、今は奴を仕留める為に全力を尽くすしかない。

だが、その一方でこう思えずにもいられないのだ。もしも自分にもっと力があればと…

例えるならば、光の剣を振るうあの女…甲田怜のような力さえあればもっと救えた人間も多いんじゃないかと思わずにはいられない。


「ディーク」


肩にそっと手が置かれた。女性らしくないそのごつごつした力強い感触はレイノアのものだとすぐにわかった。


「あんたが何を考えているのか、あたしにゃわからない

でも、あまり一人で背負い込んで自分を追い詰めるんじゃないよ。それは悪い結果を招くことにしかならないからね。

今のあたしたちに何か出来る事があるとすれば、あの熊公をみんなでさっさと退治することだけだなんだ

それが死んでいった連中への供養にもなるし、近くに住んでいる人たちを安心させることが出来るのさ

一人で悩んで袋小路に入るよりも今は自分に出来ることを考えたほうが建設的だろ?」


レイノアの目をディークは見た。先ほどの狼狽していた彼女はそこに居らず、凛とした眼差しで未来を…

やるべきことをしっかりっと見据えているようにも見える。強いな、とディークは思った。

そして同時にこの姉同然の女性の事を誇らしく思った。ノエルも彼女も尊敬できる資質を持つ人間であってよかったと思う。


「そうか、そうだったな…」


レイノアの言葉でディークは少し落ち着くことが出来た。

彼女の諭した事は間違っていない。自分ひとりで考えていても何もならない。

そう、だからこそ皆と力を合わせてジャイアントグリズリーを討つ算段を考えねばならないのだ。

ディークは彼女に感謝していた。もし、レイノアがいなければすぐには立ち直れなかったかもしれない。

思えば自分がハンターの道を目指したのは、彼女の存在があったからだ。

指標となる人物がそばにいて見守ってくれたからこそ、自分は人の力になれるこの職を目指してレオスの酒場で築いたコネクションで、情報屋や探偵業を始めとしたさまざまな依頼をこなしつつ彼女から簡単なハンターの依頼を受けつつ今日まで力をつけてきたのだから。


「そうだよ、あんたはそうやっていればいいんだ。肩肘張らず、自然体のままでやれば何事だって上手くいく

ノエルも言っていたけど、あんたは自分で思っているよりすごい人間だ。自信を持ちな…」


「あの、姐さん」


「ん?」


「ありがとう」


「礼なんかいいさ、それよりあのデカブツを退治したらレオスさんの所で酒でも飲もうじゃないか

ノエルやリベア、ゲイルさんも呼んで大騒ぎしてやろう。久しぶりにみんなと飲みたいからね」


「ああ、俺からも伝えとくよ!」


その約束が切に叶えられる事をディークは密かに願ったのであった






アウター政府の高官アイエン・ワイザード…

シベリア北部に出現したジャイアント・グリズリー討伐における、ハンター大部隊の指揮官を任されていた男。

しかしながら彼は半ば独断で、後任をレイノア・ミアスに任せてベルリン本部に帰還していた。

政府としては百人以上の被害を出したジャイアント・グリズリー事件を重く見ていてそちらの解決も軽視できなかったのだが、それは彼にとってどうでもいい事だった。

むしろハンターが変異種を倒すまでに消耗してくれる事こそ望ましい結果とすら考えていた。もっとも、彼にはそれ以上に優先すべき要件があったのであるが。


『アイエン・ワイザード。解っているだろうな?』


正体の秘匿の為に合成加工された音声だが静かに、確かな威厳を持って部屋の中に響き渡る。


「はっ、存じ上げております…閣下。貴方様のご意向どうりに邪魔者共は現在全力で排除にかかっております

どうやら高い報酬で予想以上に釣れました、手元に残ったのは私の息が掛かった者達ばかり…心配には及びませぬ」


『この計画は序章に過ぎない。そして私が他のセブンズを抑え万全の権力を得るためには可能な限り抵抗を抑え、平和的に事を進める必要がある

軍事力を持ち出すと他の目が煩くてな、それに…シール・ザ・ゲイトの失敗にも奴等が関与していたのだろう

新法の成立前にアウターに持ち出せた兵器は、表向きは動力源に問題があるとされ廃棄処分が決定した試作機くらいだ

こちら主導の計画には限界がある、だからこそ貴様のような協力者が不可欠なのだ。頼りにしている』


「なるほど…了解いたしました。では、貴方様が完全のコロニーを治めた暁にはくれぐれも約束の件の事、願い致します

私もこのような辺境の地で、石化病などに体を蝕まれて死にたくは無いのです。今までコロニーに尽くしてきた功績を評価していただきたいのです」


まるで、ディーク達に相対したときの傲慢な態度とは一転代わって今のアイエンは声の主に媚びへつらっていた。


『ふむ、試薬の送付は完成次第だが検討しておこう。それで目障りなエクステンダーの殊遇はどうなった?』


「既に喪失したとの報告があります。あれを作ったスタッフとは言え、所詮は人間ですな。カルジェント家も一枚岩ではありませんゆえ幾らでも手の打ちようはありました

そして、フフッ…子供を思う親の気持ちというものは中々どうして美しいものでありますからなぁ。誘拐が得意な部下がおりまして、脅しをかければあっさりとソフトウェアに仕込んでくれましたよ」


アイエンはさも自分の手柄を自慢するかのように意気揚々と話していた。


『…よかろう。ご苦労であった』


声は平坦なトーンを崩さぬままアイエンに返答を返す。

その真意は全く判らなかったが、彼のやった事にあまり感心してはいないようだった。


「全ては、次の支配者となられる貴方様の意のままに…」


モニターに映る影に向かって、アイエンは深々と頭を垂れた。まるで敬愛する人物が本当にその場に居るように…





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