5‐9 バニッシュ・カルジェント③


満天の星空輝く夜闇の下。凍結した清廉な森の空間を軽快なエンジン音が木霊する。

木々の間をすり抜けるようにして失踪するのは、流線型のカウルが特徴的なホバーバイクだ。

そして、それはスピードを緩めて徐々に減速し停止する。反対側からエンジン音に遅れて来るのは多少形状が違うが同じホバーバイクのシルエット。


「キース、そっちの状況はどうだ?」


「いや、特に進展は無い。あの晩以降奴は現れていないようだ、他の村にも被害にあったという報告は聞かないな」


同じくレイノアの知り合いであるBクラスのハンター・キース。

まるで何かを待っているようだ、とディークは感じた。

あの規格外な巨大変異種は、まさに暴力が災害と貸したような存在に見える。

だが、知性が無いとは言い切れない。それに、ジャイアント・グリズリーのような巨大生物が

何故に、今の今になって現れたのかという疑問も残る。それに討伐隊指揮官アイエンの突然の帰還、

彼が話した『緊急の事例』。それが自分達に話せないほど機密を要するものなのか?

そして、少し前のジルベルによる『シール・ザ・ゲイト』による動き。最近は色々な異変が起こりすぎている。

それも、レオスの酒場で『彼女』に出会って以降だ。物事の中心があの甲田怜に関連しているとしたら……?


「奴は地中から現れるからな…ん、どうしたディーク?」


「いや、何でも無い。少し考え事をしていただけだ」


不思議そうな視線をキースが向けているのを見てディークはため息を吐いた。

今は余計な事を考えるべきではない。あのジャイアント・グリズリーは何時何処に出現するかも明らかになっていないのだ。

仮に、奴が今すぐそばで地中を割って現れたとしたら、自分は対応できないに違いない。

首を振ってディークは自分の雑念を打ち消した。今は目の前にある問題のことだけを考えていればいい。

自分は特別な力を持たない、一介のCクラスハンターに過ぎないのだ、超人的な身体能力を持つ『彼女』とは異なる凡人。


「やっぱり、シベリアは寒いよな。乾ききった砂漠と荒野でずっと過ごしてきたからこんな場所があるなんて想像が付かなかったけどな」


白い息を吐きながらディークが言う。東の極寒の大地、シベリア。更に東へ行けばアジアに入る。

個々はまだ位置的にはヨーロッパよりの地域だ。旧ポルトガルには出向いた事はあるが東に目を向ける事はあまり無かった。

太平洋沿岸付近の場所にはコロニーが4つ建設されている、3つは汚染激しい中国、もう1つは更に遠くの東洋の島らしい。

大西洋を越えた海の向こうにはコロニー政府の本部がありそこはセブンズのお膝元である。


「それでも温度は数百年前に比べると上昇しているらしいぜ。そのせいで生態系は随分と変わってきているらしい

今や何処も汚染物質や変異種が居ない場所なんてまったくないからな。人類が戦争で自然を壊してきたツケかもしれん…」


「俺達の祖先も厄介な遺産を残してくれたわけだな。地中海も一見は綺麗に見えるが

実際は汚染物質で泳ぐのも危ないという現状さ。ろ過装置がなければ飲める水なんて手に入りやしない。少しくらい綺麗な自然くらいは残しておいて欲しかったぜ」


「ここは割とそうだと思わないか?寒さでナノマシンの影響も抑えられているのかも」


「でも、あんな化け物が居るんじゃなぁ…それに、死んでしまった奴には悪いけど考えちまうんだ

あいつだってこんな場所に人が住んでなければ暴れなかったのかもしれない。

いや、悪いな…今のは無かった事にしてくれ」


「……」


キースの言葉にディークは答える事が出来なかった。人間が生み出した汚染があの怪物を生んでしまったのだとしたら、自分達が報いを受けて襲われる事も当然の理かもしれない。人間の業は何世代にもわたって子孫達に降りかかってくる。

変異種達が跋扈する地球…汚染は広がりコロニーの人間はアウターに殆ど何もしてくれない。

強大な武力を背景に調査という目的で乾いた青空に飛行艇を飛ばすのみだ。

そして彼等は地球の環境保全という建前を掲げ、『条約』という形でアウターに技術的な制限を強いている。

もしもコロニーがアウターに条約の解除を認めたら、技術的な制限が撤廃され人々の生活は改善されるのだろう。

シールドクラウドを除去し薬品による土壌の浄化が認可されれば食糧事情も改善され、救われる人間も多く出る。それがどれ程地球にダメージを与える事になろうとも…

人類が文明を持ち半万年もしない内に、地球環境は破壊され続けてきた。人間はいつかエゴを抱えて滅ぶ運命だとレオスが言った事を思い出す。


(納得できないけど、キースの言った事も一理ある…誰だって一生懸命に生きていたいはずなんだ)


あの変異種に罪は無いのかもしれない。しかし、自分達は仲間を殺されてしまっている。

絶対に許すわけにはいかないのだ。討伐しなければ、死んでいった村人やハンターたちに申し訳が立たない。

それに、あの巨大な熊を放置しておくと確実にまた犠牲者が出る。自分達は既に殺すか殺されるかの生存競争に身を置いているのだ。

ニックスの仇を取らなければならない、シベリアに住む人達の安全を確保しなければならない。これ以上犠牲が出る前に…


(バニッシュの奴、大丈夫かな?)


凡人が持ち得ない高貴さを備えたプラチナブロンドの髪と、他人を見下すような小生意気な顔が思い浮かぶ。

彼は天才と称されているが、まだ十八歳の少年なのだ。彼一人に任せておいて大丈夫なのだろうか?

あの白い『ガルガロン』のパワーは圧倒的だ。しかし、あの黒い怪物を倒しきれるのだろうか?

彼を信頼していないわけではない。確かにバニッシュにはポジティブな感情は持ち得なかったが、バニッシュだって最低限の協力を約束し、助力してくれると誓ったのだ。今は一丸となって危機に対処すべきであると彼も判っている。

それでもディークの胸の内にある悪い予感はぬぐえなかった。そしてこうした直感は大概的中するものだとこの数か月の出来事が証明している。


「!?…ディーク、今の聞こえたか?」


「ああ、微かだが。鳴き声が遠くで…」


「連絡を取って急ぐぞ。あそこはあの坊やが巡回しているはずだからな!」


二人は無線で仲間達に連絡を取ってからホバーバイクを走らせた。

自分達が向かっても戦力になるとは思えない。しかしホバーバイクの速度なら気を逸らしかく乱する事も可能だ。

それに、バニッシュだってこの雪地ではガルガロンの操縦に手間取っているだろう。少しでも助けが彼には必要なのだ。


(嫌な予感がする! 何だ?この胸騒ぎは……)


ディークはグリップを握り締め、キースと共に木々をすり抜けつつ咆哮が聞こえた現場に向かった。







時間は少し前まで遡る。ディーク達のパトロール圏内から五キロ以上離れた山中にそれは居た。

暗闇の中でも巨大な威容を見せつける白く塗られた巨体はバニッシュのエクステンダー・ガルガロンである。

巨大な脚部が雪が積もった白い絨毯に足跡を刻みながら、夜の闇の針葉樹の森を徘徊する。

木々との対比でその影が人より遥かに巨大な巨人のものだとわかるが、そうだとしても純白の塗装が施されたそれは遠目には鎧を来た人型にしか見えない。


その巨大な質量が大地を踏み締める度に足首側面の排熱ダクトから、熱風が吐き出されその高温が積もった雪を溶かしてゆく。

ごく一部の生命しか存在し得ない、極寒の大地に王者のように振舞うヒトが作った人工物。

かつて人類は万能の存在であった。高度に発達した科学を操り、月を開拓して宇宙に進出し、火星にも進出計画を目論むなどその生活圏を広げていった。

しかし、それもはるか昔の事。月に住んだ人類と一部の地球人達は地球を見限り宇宙船で別の惑星へと旅立っていった。

今こそ、この星の生態系は変動しつつある。太古の無脊椎動物が姿を消し、恐竜が滅び、そして人類さえもその表舞台からの退場を余儀なくされている。

広がり続ける砂漠化、そして人類の体を蝕む『毒素』の存在は生態系の王者の交代を暗に示していた。

この時代、あらゆる場所で変異種が跋扈し人を襲っている。それが環境変化の賜物なのか、進化の答えなのかはわからない。


(ふん、まさかこんな場所で政府特別指定の巨大生物が現れるとはね…)


その事がバニッシュにとって特別不幸だと思った事は無い。むしろ願ったり叶ったりだ。

最初からガルガロンの開発スタッフを連れてシベリアの地に乗り込むつもりで居たが、政府からの要請が来たことで煩雑な手続きが不要になった。

その事に不満は無い。むしろ、あの事故の失態を取り戻すチャンスとさえ思っている。

死んだ人間達の事は気の毒だと思ってはいる。命は失ってしまえばもう二度と取り戻せない。全ては自分の汚名挽回の為。それさえ果たしガルガロンの力を世間に証明出来ればそれでよかった。

ガルガロンが量産されれば将来的には変異種に襲われる犠牲者を減らすことに繋がる。そうすれば『彼女』の死は無駄にはならない。


(ふん、どうやら来たようだね…)


そして、そのときが訪れた。まるで大地が揺れるかのような地響き。感度センサー、熱源探査装置の数値が尋常ではない数値を叩き出している。

たとえ機体に乗らず暗闇の中でも『それ』が近づいていることはわかるだろう。

『それ』は偶然の産物にして、全ての人類の天敵として生まれたような存在なのだから…

背後の土が盛り上がり、天を突くように巨大な腕が突き出てガルガロンをなぎ払おうとする。

奇襲をいち早く察知したバニッシュは機体を操作し、制動操作用のレバーを思い切り前に倒す。

巨体が軽く屈伸し、雪原を蹴って飛んだ。一撃を交わし即座に機体を回頭、現れた黒い影に向き直る。



グオオオオオオオオオオッ!



王者が天に向かって吼えた。これから自らが引き起こす祭典の生贄を見て血が滾るかのように…


「来たね…」


狂える巨獣を前にしてそれでもバニッシュは口元に笑みさえ浮かべていた。何も恐れる事も、心配する事も無い。

自分にはこの最強のエクステンダー・ガルガロンが付いているのだから…

森の中、退治する一対の巨体。一つは純白の鎧を纏いし騎士のようなスマートなシルエット。

そしてもう一つは太古の神話から言い伝えられるような、黒い巨大な体躯と人間ほどありそうな大きさの爪、そして鋭い牙を併せ持ち白目を敵に向け、唸る様に威嚇している姿はまさに魔物の類といってもいいだろう。


二体の均衡はしばらくの間続いた。放たれる無言のプレッシャー、後手に回ったほうが不利になる。

ジャイアント・グリズリーは抑制の効かない獣ではなく、狡猾に敵の隙を窺って一撃を繰り出そうとしていた。

それはバニッシュにも判っていた。救援を求めるエマージェンシーを出す気は無い。

元よりこのパトロールに参加したのも。単独で目の前の巨獣との遭遇を高める為である。

しかし、相手が自分からやってきた。という事はこれ以上ない好機だった。


(さて、ケダモノ君にはさっさと退場して頂かないとね)


バニッシュはS・マグネイサーを起動させた。スリーダイヤの様に円形に並べられた三枚の鋼の刃が唸りを上げてドリルの様に回転する。

その音だけで張り詰めた大気を裂くようだった。退治する巨獣も以前に右目にダメージを与えた武器を警戒しているようだ。

先手必勝。そう言わんばかりにバニッシュ駆るガルガロンは右手に備え付けられた回転刃をグリズリーに突き出した。

このマグネイサーは毛皮と分厚い脂肪の鎧に覆われたジャイアント・グリズリーにダメージを与える事が可能だろう。

高速回転する三枚の刃は微妙に『ねじれ』が加えられており、固い岩盤を削ったり穴を開ける用途を持つ切削用のドリルがそのまま大きくなったよう形状を持っていた。


キィィィィィィィィン!


至近で人間が聞いたら鼓膜が破砕するような甲高い金属音が、森中に蠕動し響き渡る。

破壊生む螺旋を描く銀色の残光がグリズリーに向かって突き出された。しかし…


「…何ッ!」


グリズリーは巨大な両腕でそれを受け止めていた。爪を刃の間に挟み込むようにして回転を止めている。それでも無事ではないのか指の間から血が滲み出ていた。

それを無理やり押し込もうとするバニッシュだったが、レバーを押し込んでもびくともしない。

俊敏性ではともかく、パワーでは向こうの方が上のようだ。不利を悟った彼はS・マグネイサーを分離、廃棄して距離を取らせた。

残されたマグネイサーの刃がガラス細工のように叩き居られるのを、バニッシュはモニター越しに見ている事しか出来ない。

マグネイサーは確かに特殊合金の片刃で構成されている。しかし長刀の形に成形されるとどうしても、構造的に脆くなり易い箇所が存在する。側面から強力な打撃を加えられるとすぐに折れるのだ。


(バカな! 図体だけのケダモノ風情が学習しているとでも言うのか…?)


背筋に同様と戦慄が走った。一瞬だが敗北の可能性が脳裏に過ぎるのを彼は抑えた。

負けるわけにはいかないのだ。これ以上カルジェンス家の一員として泥を被ってしまえば

今度こそ彼のキャリア崩壊してしまうだろう。積み重ねられてきた功績は、いくつかの失敗でたやすく崩壊する。


「僕は、オマエなんかに負ける訳にはいかないんだ!」


叩き折られたマグネイサーがガルガロンに向かって放られる、三対の刃がまるで墓標のように雪原に突き立った。

黒い悪魔は余裕を持って構え、「残念だったな」と言わんばかりに嘲笑を浮かべているかのように見えた。


「クソッ!」


余裕の色が消え、バニッシュの声に必死さがようやく混じる。命をかけた死闘はこれからだった。



重量がかさみ、脚部間接のサーボモーターに負担をかけるのを装置して、肩部増設装甲に内蔵されたスプレッド・クレイモアが火を噴いた。

元々はコロニーのギガント・フレームが自機を奪われないための特殊兵装の残骸を参考に地上を歩き回る歩兵用に対人兵器として開発されたそれだが、弾は特注品の大口径に変えておりJグリズリーにもダメージが通る。

その玉の群れが銀色の弾幕となりガルガロンの前方空間を薙ぎ払った。直撃を受けた木々が破砕され、

そうでなかった木も表皮を大きく抉られ、破壊の爪痕を残す。大地も例外ではなく雪が取り払われた地面には黒い土が見えた。

一発限りの秘密兵器。残弾がゼロになった武装コンテナをパージし身軽になったガルガロン。

一発一発が特注のベアリング弾であった。マグネイザーと同じ合金を球状に成型したものだ、無論、コスト度外視の試作兵装であるが実績を上げたならば量産化のめどを立てられるかもしれない。


「やったか…」


安堵したような溜息がバニッシュの口から漏れる。そうだ、至近距離でこれだけのスプレッド弾を食らっては一堪りも…

だが、煙が晴れたときグリズリーは健在だった。傷だらけになりながらも両腕と爪で頭部を守ったのだ。

その顔は怒りの形相に歪んでいる。それを目にしたバニッシュの脳裏に恐怖のイメージが沸き立った。


「くそっ…!」


左腕の機関砲をでたらめに乱射したあと、右腕に大型の特殊ブレードを装備してがむしゃらに切りかかる。

彼の頭の中で巨大変異種を倒すためのプランはすっかり崩れ去っていた。あるのは目の前の悪魔を倒し、死の影を振り払う事だけだった。

体中傷だらけになりながらも襲い来る巨獣の姿が、不死身の悪夢そのものにしか見えないのだ。

バニッシュはもうグリズリーと戦ってはいなかった。目の前に遅い来る死の恐怖から逃れるために必死で操縦桿を握っているしかない。

黒く、巨大な腕が振るわれガルガロンの装甲に傷を刻む。焦ったバニッシュは至近で閃光弾を放った。

元々は救援用の装備だが、これが意外な効果をもたらした。グリズリーの目を強烈な光が焼いたのだ。

一人と一匹、二つとも生きる事に必死だった。



バニッシュ・カルジェンスの敗因はいくつか挙げる事が出来る。


一つは、元々、乾燥地帯でテストされたガルガロンの調整や武装の火力が十分でなかった事。

一つは、この寒冷地におけるエクステンダーの運用が困難を極め、バニッシュがそれに完熟する前だった事。

一つは、彼がジャイアント・グリズリーをただの鈍重な獣と蔑んでいた事。

一つは、彼が犠牲を恐れ他の者達への協力を申し出ずに突出した事。

ディークやレイノアならば彼を主軸にした作戦を立てながらも他の多数のハンターと連携し的確なサポートで苦も無くこの巨獣を倒せていた可能性は大きかった。

そして、最後の一つは……


「くっ、どうした? エラーだとッ!?」


思わずバニッシュが声を荒げたのは右腕のスパイラル・マグネイサーで巨獣の頭部を砕こうとしたときだった。

自分の操る鋼鉄の手足、地上で人類が扱える最強にして最大のモジュール、エクステンダー・ガルガロンの動きが止まったのは。

モニターの端にを赤く点滅する『ERROR』の文字。それが何を示しているか今の彼には理解できなかった。


(馬鹿な…エンジンの加熱による機体のオーバーヒートにはまだ時間が有るはずだ!)


それでもバニッシュは諦める事はしなかった。一瞬で情報を整理しテンキーを狭いコクピットの中で叩き、プログラムの不備を洗い出しアルゴリズムを正常に戻していく。

その動作はまさに驚嘆すべき速度だ、並みのエンジニアなら半日はかかることを彼は十数秒足らずでやってのけようとしている。


しかし、今この場においては一瞬の隙は死を意味していた。ゆっくりと小山のような巨体が白いガルガロンに迫る。


(くっ、すまないガルガロン…僕が情けないばかりに…姉さん…後は…)


バニッシュ・カルジェンスに出来る事はもはや鉄の棺桶と化したガルガロンの中で、逃れ得ない死を待つ事だけであった。




ディーク達が現場に足を踏み込んだ時には全てが終わっていた。


「おい、あれは…まさか…?」


「ガルガロン!? 遅かったか…」


現場は凄惨な状況が遺されていた。

地面に突き立ったマグネイサーのブレード部、抉られ土が露出している地面、まるで噛み砕かれたように抉られた数々の木々…

そして目の前には暗闇のような大穴がぽっかりと開いている。痕跡を見るにそこで激しい戦闘があったことは想像に難くない。

ジャイアント・グリズリーとガルガロンの二体がこの場所で戦ったのだ。果たして、勝敗はどうなったのか?

更に二人は地面に横たわったあるものを見つけると、あまりの壮絶ぶりに顔から血の気が引くのを覚えた。


「おい、あれは…」


自分を救った鋼鉄の巨人・ガルガロンは腰から真っ二つに叩き潰され、もはや只の残骸にしか見えない。

白い装甲に飛び散った赤黒い液体がガルガロンを巡っていた潤滑系のオイルなのか、それともバニッシュ・カルジェンスの血液なのかは判らない。

どちらにせよパイロットの生存は絶望的だ。コクピットは完膚なきまでに叩き潰され、荒々しい傷跡がいくつも残っている。

Jグリズリー相手にパイロットが脱出していたという痕跡を見出すのはかなり難しいだろう。

討伐隊の最大戦力・ガルガロンを失ったという事は、巨大グリズリーに勝てる決定的な勝算を無くしてしまったとも同義である。

今の彼等に出来る事はベルリンに増援を要請するか、付近の村を見捨てて撤退を決めるか否かのどちらかだろう。


「バニッシュ…」


ディークはその機体の持ち主であった故人の名前を力無く呟いていた。

彼とはお世辞にも良好な関係とは言いがたい。恫喝めいた事も言われたし、あからさまに下に見られ馬鹿にされたような態度も取られた。

しかし、どんな事情があり彼がそう思っていなかったとしても、バニッシュが討伐隊に所属する仲間であることに変わりは無かったのだ。


「行こう、今の俺達にあいつの死体を回収する余裕は無い

それに奴が戻ってくる可能性もある、一刻も早く此処から離れないと…」


キースが立ち尽くすディークの背中に声をかけるが、彼はしばらくの間、その場所を動こうとはしなかった。

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