5‐4 シベリアの鉄道
数日後、ディークが呼び出されたのはアウターの政府首都があるベルリンの建物だ。
『シベリア・エクスプレス』と呼ばれる大型鉄道の施設であり。ユーラシアを横切るようにして路線が引かれている。
数百年前のユーラシアを横切る鉄道を整備し、物資の補給の為に騙し騙し運用しているのだ。
ツンドラの湿地帯は比較的冷帯で、そこまで活動的な変異種の個体も少なく三重の有刺鉄線で線路は守られており、破損の危険性は少ない。
大陸の北部であるユーラシア地帯は、若干の温度上昇により人が住みやすい地域が増加傾向で、欧州から引っ越す人間も多かったが、十数年前にフォレスト・ノルヴァークと呼ばれる当時のセブンズ代表格が異例とも呼べる物資や食糧支援を行ったのが原資になっている。この土地の人間は原種に近いシカや小動物等を狩ってヨーロッパ付近に食肉や毛皮として輸出しているのだ。いまだにユーラシアの北部は寒冷区だが、気温の上昇が人々に住みやすさと食肉になる動物達の行動範囲を広げていた。
皮肉にも人類の大幅な減少に伴う居住区の大幅な縮小が自然を再生させ、動物達の生活圏を拡大しているのだった。
そしてユーラシア中部付近で、幻とされていた大型の変異種『ジャイアント・グリズリー』が村をいくつか壊滅させたのだと言う。
今回の評議会におけるハンターの招集は異例の『超』大型変異種の討伐に躍起になって報奨金も只の駆除以上に支給されると聞いている。
ディークの口座にも、既にそれなりの額が振り込まれている。その前金だけでも引越しの費用は何とか賄えそうだ。
基本的に対応が少し遅いと呼ばれる評議会本部としても、かなり気合の入った対策の入れようが不思議で気になるところもあるのだが、
金を貰う身とすれば贅沢は言えない。報酬はきっちり貰うが命も賭けるのがハンターの仕事だ。
それにジャイアント・グリズリーの脅威に脅えている地域の人達を、一刻も早く安心させて元の生活に戻してやらなければならない。
ハンターとは人々を変異種の脅威から守るための『狩人』として組織されたエキスパートであるのだから。
数十人ものハンター達を乗せて走る列車の中で、ディークはレイノアと一緒に懐かしい顔ぶれに挨拶していた。
談笑が沸くシベリア・エクスプレスの車内は、仕事に向かう前のそれとは思えずまるで同窓会のようだった。
「すげぇや…旧知の連中だけじゃなく、有名どころで名前は知っているが会った事も無い奴がたくさん居る」
「まぁ、それだけ政府が事態を重く見たって事なんじゃないの。ま、あたしは金が貰えればそれで良いんだけどさ…」
「村を複数潰した『超』大型の変異種か…それは腰を据えるかもしれないけど。おっ、あいつは…」
目に入ったのは黒色のコートと鞘に収まった長剣を一振り抱く細身の男だ。意外な事にディークも噂に聞いたことがある。
流れるような黒髪を伸ばした姿は、遠目から見れば女にも見える細身の美丈夫であった。
しかし、瞼は閉じており、細く形の整った眉毛が車窓から吹き出る風で揺れて眠っているようにも見える。
彼の名前は【百人斬り】や【氷の斬鉄鬼】そして…【龍の懐刀】の異名で恐れられ、嘗てターロン首領の用心棒を勤めたと言われる男、ナヴァルト・ヨシュアー。
ハンターの間ではかなり有名な剣使いで、Aランク指定の中でも指折りの猛者でもあったが興味がない依頼は殆ど受けず、引き受けたとしても協会が出す報酬額もかなり高額だというがその任務も通常のハンターならほぼ間違いなく命を落とすような過酷な内容だという。
(まさか…ナヴァルト! あいつまでここに来るなんてな)
しかし、その剣士の姿を見て眉を顰めるハンター達も少なくなかった
「あんなのまで呼ぶなんてよ…」
「今回の件って、かなりマズいんじゃないのか?」
「俺も始めてみたが、本当に仲間を斬りそうなヤツだぜ」
「あいつが依頼を受けるなんて、シベリアの変異種は相当ヤバいはずだぜ」
周辺がその男を中心にざわめく。混雑していた車内においてもナヴァルトの周囲には人が寄り付いていない。
嘗てターロンに雇われて敵味方問わず、何人もの人間を斬ってきたとの噂を持つ曰くつきだ。
噂には尾鰭背鰭…胸鰭や諸々が付く事は当然だがそれほど目の前の男の実力は底知れなかった
「よう、前に一度遭ったよな?」
会ったというよりは、たまたま僻地の酒場で見かけただけだ。今と換わらず冷たい目をして白酒を呷っていたが。
声をかけられたナヴァルトはゆっくりと瞳を開けてディークを見た。
睡眠を邪魔されて少し不機嫌なのか、形の良い眉がやや吊り上っている。
それだけでざわめいていた車内の喧騒が消失した。ガタゴトと、列車が線路の隙間を通過する音だけがその場に残る。
「……なんだ、ただの雑魚か。それとも俺に用でもあるのか?」
瞳にはぞっとするような氷の眼差しを宿している。どこか戦闘中の怜を髣髴とさせる出で立ちではあるが、彼は彼女以上に危険だった。
ディークはそしてある事に気付いた。いつの間にかナヴァルトが剣の柄に手を掛け、いつでも抜き放てるようにしている事を…
そして自分はその殺傷圏内に入っている。人が多い車内では逃げ場は無く、つまりは何時でも斬れるという事なのだろう。
何しろ、自分の機嫌を損ねるようなことがあれば直に刀を抜くような男なのだ。通行人相手に辻斬りを行っていたという噂まで立つほどには。
殺気が自分に向けられるのを感じてディークは数歩身を引き、剣の射程外から逃れた。
流石に列車内で刃傷沙汰を起こす馬鹿はいないだろうが、この男となると話は別だ。声を掛けた事をディークは悔やんだ。
「いや、ただの挨拶なんだが……すまん、悪かったな」
謝罪を告げ、頭を垂れるディークに殺気が無い事を読み取り、ナヴァルトは柄から手を離した。世辞の一言でも言っておこうかと思ったが下手に見え透いた機嫌を取ろうとすると逆に怒りを買うかもしれないと思い控える。
しかし、氷の刃の如く刺す視線は鈍ってはおらず、最後に不機嫌そうに告げた。
「話しかけるな…失せろ」
決して大きくは無いが、はっきりと聞こえるような低い声で告げた後ナヴァルトは目を閉じた。
ふぅ、とディークは息を吐いた。そもそも大型の変異種と戦う前に、列車の中で切り殺されでもしたら笑いものだ。
だからこそ迂闊に声を掛けた自分の選択を呪う。そうしたのは怜の影響もあるかもしれない。
彼女とこいつは雰囲気こそ似ているかもしれないが、内面は全然違う。怜は自分に危害が及ばなければ暴力を振るう事は無い。
ナヴァルトは強者を斬る事に執着している故に、この召集に志願した事は想像に難くない。
(相変わらずアブない奴だな…こいつは。ま、らしいといえばらしいが)
しかし、こんな人間でも頼りになる事は間違いない。
「ディーク、お前さんも物好きだよな。ナヴァルトなんかに声かけようなんてよ」
「でも、此処に来た以上仲間じゃないか? それにあいつは強い、だから使える…ってことは互いを信頼しないとな」
「相変わらずお前さんは甘いな。まぁ、嫌いじゃねぇが」
「其処が俺の良い所さ」
ディークはずれた鉢巻を直しながらいつものように陽気な笑みを浮かべた。
しかし…と妙な事を考えた。エクステンダーの優秀な使い手であるウォルフ・リドル、ベノム・ハーヴェストら数人の姿がなかったのが気になった。
ベノムとは面識がありパイロットとしては一流だった。しかし、ダイキン以上に気が荒く女や金に執着して素行も悪かったが与えられた任務の達成率は高い。そんな人間達が巨大変異種の駆除に欠かせないエクステンダー乗りとしてこの場に見当たらないのは不自然な気がする。
彼だけではない。エクステンダー乗りに限らず実力派のハンターの姿が無かったのも引っかかる。全てのハンターが招集に応じたわけではないし、他の変異種討伐に向かっているだろうことは想像がつくかもしれない。
もしかしたら既に現地で控えているかもしれないので断言はできなかったが…妙な感じがするのは否めなかった。
「へぇ、この撃滅作戦の陣頭指揮を取っているのはアイエン・ワイザードか…ウェルナー爺さんの後継者の一人らしいがあんまり評判は良くないよな?
【氷の斬鉄鬼】ナヴァルトや【爆線の魔女】の姐さんみたいなAクラス勢ぞろいの中で
俺みたいな自称【銀狐】みたいなBクラス下位が呼ばれていいのかなって言う気持ちはあるぜ。どう見たって場違いじゃないか?」
「はははっ! あんたにもそんな謙遜するようなところがあったとはね!」
ディークの言葉を聞いてレイノアはおかしそうに笑った。大口を空けてあっはっはと豪快に笑う。
こうした所を見るとレイノアがとてもノエルより一つ下のの友人とは思えない。
彼がハンターを-目指したのに彼女の存在がある事は、間違いなく大きな比重を占めているのだけれども。
そして、リベアが変に男勝りの言葉で喋るのも、ゲイルと彼女の影響が大きかったのが珠に瑕ではあるが…
「ははは、あんたらしくないじゃないか! あたしが推薦したんだよ。腕利きのハンターは一人でも数が欲しいって言われてね
いい経験になるだろ? 実力は後から付いて来るって言うしさ。幻のジャイアントグリズリーを見られるかもしれないんだ
ま、アイエンの奴からすればウェルナー爺さんに認めてもらう為に、金を使って必死にかき集めたって感じがするけどね
あたしらからすれば、良い稼ぎ時って奴で利用させてもらっているから少し悪い気持ちになるんだけどさ」
(なーる。そういうことなのね…)
レイノアの話を聞いた後に直接口に出さず、ディークは頭の中で理解した。
このAクラス級ハンターを集めたメンバーは普通の方法ではまず召集することすら難しい。
体長6、7メートルに迫るといわれる幻の『ジャイアント・グリズリー』が出現し、ユーラシア東部のある村を襲い全滅させたのは、
確かに早急に対応すべき事案で、アウター政府にとっても由々しき出来事と言う訳だ。
それに普通の三倍近くもの賞金をかけて対応に当たるというのも間違ってはいない。
ディークやレイノア抜きにしても、義理や人情で動くハンターだけではない。むしろ、金でようやく動く人間が大多数だろう。
(姐さんはともかくバニッシュ坊ちゃんやナヴァルトの野郎まで引っ張ってくるんだから、力の入れようが違うぜ)
そこまではいい。しかし、陣頭指揮を取る人間が政府トップであるウェルナーと政治的に対立しているアイエンだというのが気にかかる
彼に関する噂でいいことはあまり聞かない。元々ハンターをやっていたらしく腕はそこそこだったが父親のコネで高官に成り上がり、彼の機嫌を損なったハンターを僻地に飛ばしたり、無謀な作戦を強行させ大勢死者を出したなどの噂も聞く
更にこの男はウェルナーの息子ウォルケンが事故死した前日に会っていたという噂があって事件に関わっていたのではないかという疑いがあり、仮にそれが本当ならば、ジルベルの言っていたこともあながち間違いではないのかもしれない
だが、当時を知る人間からするとアイエンとウォルケンはチームを組むほど関係は良好だったらしいが既に十年近く前の話であり真相は不明である
政府上層部の人間が『ジャイアントグリズリーの討伐』と言う手柄と功績を彼に与えて、帳消しにさせようとしているのではないのか?
それならばバニッシュやナヴァルト、その他大勢の人員を集め目論見を確実なものにしようという思惑が透けて見えるが、実績がある面々を集めたにせよ寄せ集めすぎないかという感じはしなくもなかった
アイエンのミスで犠牲が出たとしたら、下にいる人間としては溜まったものではない。文字通りに手柄の為の『踏み台』として扱われるのだから
だが、あまり悪い方に考えたとしても、マイナスはおろかプラスにはならないことを知っていてもだ
しかし、本当にそれだけなのだろうか? この豪華すぎる布陣はいくらなんでも念の入れすぎではないだろうか?
(ま、さすがにそれは俺の考えすぎと信じたいが…)
最近は妙な事件に巻き込まれて困っている。まだ酒場にやってくるチンピラを相手にしていた方が楽であるくらいだ。
尤も、アウターそのものがこのご時勢としては、政府の影響が薄い辺境ではターロンが幅を利かせていたり強盗や殺人が多発し、全体的に見ても治安があまり良いとは決して言えない為、借金を抱えながらも割と暮らしている自分からすればマシなのかもしれないが
『あー、よく集まってくれた。諸君には礼を言っても足りないだろう
今からの任務は恐らく危険な仕事になるだろう。それに見合った報酬は用意したつもりだ
市民の安全を守る為、大型変異種の討伐に向けて頑張って欲しい』
少しの間黙っていると、車内放送で聞き覚えのある男の声が響く。
そしてその後に、通路の上の掲示板に厳つい男の顔が映し出された。思っていたよりも若い顎髭を生やしたアイエン・ワイザードの顔。
尊大な口調で彼は車内のハンター達に告げた。ディークは彼の顔を見てあまり良い気分に離れなかった。
『ではそろそろ数十分ほどで現場に入る。ユーラシア中部の山岳地帯に地中に潜ったグリズリーは潜んでいると推測されている
諸君に求めるのはこれを包囲して叩いて欲しいと言う事だけだ。選りすぐりの精鋭だからこそ邪魔にならないように私は後方から指揮を取りたいと思う
何故なら補給路や退路の確保も我々の仕事だからだ
諸君らの検討を祈っている、せいぜい体を休めたまえ』
「話をしたら何とかって奴かな、姐さん。ありがたい司令官様の激励が戴けたぜ」
「…ま、死なない程度に頑張るとしますかね」
目的地に向けて揺れる列車の中でアイエンの野太い号令が響くのを、ディークを始めとして数人は冷めた視線を送った
「ディーク。後で後方の貨物列車の所に行ってみな。面白いものが見れるよ」
「面白いもの…?」
ディークはレイノアの言っていた気になってしまった。だから後で彼女の言っていた『面白いもの』がどんな物か見に行くと決めた。
「すげぇ…」
特別仕様の貨物車両に『鎮座』する大型の巨大な人型を見てディークは思わず感嘆せずにはいられない。
それは人型兵器のエクステンダーであり、砂漠仕様のデザートカラーから寒冷地仕様の白い塗装に塗り替えられている最中だった。
エクステンダー自体はディークも幾度と無く目にした事がある。それどころか襲われた事すらあるのだ。
にもかかわらずこの鋼鉄の巨人を恐れたり忌み嫌うことが無いのは、目の前の人型が内包する可能性とパワーに魅入られているからだろう。
(ゲイルのおっちゃんは確か自分のエクステンダーを造るのが夢だったんだっけ…こうして目の当たりにすると判るような気がするな)
頭部には通信機器のレーダーなのだろうか、一本角が立てられ古代の兵士が愛用した戦兜のようだ。
防塵用のカバーが取り払われ、銀色に光る油圧式のシリンダが剥き出しになった足首の関節機構。
右腕のブロックは上腕ごと取り払われ、状況に応じて装備を変更するためのハードポイントらしき接続部が確認できる。
装甲は軽量化と頑強さを両立させる為だろうか、曲面部を多く取り込んだプレートメイルに近いデザインとなっている。
ダイキンが使っていた機体以上に人間らしい丸みを帯びたシルエットは、それだけで高度な加工能力を見せ付けるようだ。
おそらく早々量産できるものではないだろう。完全なるワン・オフ・メイドの技術は機能美さえも付加させるものだろうか?
そうしてディークがしばしの間、目の前のエクステンダーを見上げているときだった。不機嫌そうな声がかけられたのは。
「やぁ、君なのか。あのゲイルに世話になっているっていうへっぽこなんでも屋は」
薄い色質の銀髪にも見えるブロンド髪の少年。ディークに向ける灰色の瞳があからさまな侮蔑の色が混じっており、決して歓迎を示す感情ではない。
彼の名前をディークは知っていた。少年の名前はそれなりに有名でありハンターの間では知れ渡っている。
「よう、バニッシュ・カルジェントだな。これ…もしかしてお前が乗るのか?
まっ、作戦を共にする仲間としてよろしく頼むぜ!」
ディークは右手を伸ばし、握手を求めたが少年はそれに応じず鼻で笑ったように見えた。
バニッシュ・カルジェント。アウターを統治する政府とも関係の深い、若きカルジェント家の次期当主。
カルジェント家のアウターにおける工作機械の多くの開発、製造、販売に携わっている名門なのだ。
良質なエクステンダーの普及にも大いに尽力しているという。かの名門の跡取りもまた優秀なエンジニアでありテストパイロットだった。
「仲間・・・? 君みたいなCクラスと? おいおい、安く見積もってもらっては困るよ
そもそも、僕みたいなエクステンダー従属のエンジニア居なければ、巨大変異種ジャイアント・グリズリーに敵うはずないだろ?
君たちは一つの駒に過ぎないけど、森の中じゃエクステンダーの動きも制限されてしまうから重宝してやってるんだ。足手まといだと感じたなら早く帰った方がいい
ま、僕の手がけた機体には護衛なんて不要な存在なのかもしれないけど・・・少しくらいは活躍してくれよ?」
吐き捨てるようにバニッシュが言う。あからさまな敵意と侮蔑のこと間にディークの機嫌も悪くなる。
若き名門の天才エンジニア…幾分かディークの抱いていたイメージとは異なっていたからだ。
「・・・何を言っているんだ?」
あまりに高圧的なバニッシュの物言いに、流石のディークも反発を覚えざるを得なかった。
いくら自分よりハンターのクラスが上であるとはいえ、同業者であり年上の人間に対して敬意どころか敵意を抱く恐れは無いだろうに。
「なんだ、螺子の締め方すら解らない田舎者は目上の人間に対する口の聞き方もなっていないようだね・・・
まぁ、今の無礼は許してやっても良いよ・・・その代わりちゃんと露払いの役割頼むよ
ボクが直々に設計してチューンナップした最高傑作『ガルガロン』の邪魔にならないようにね。
それすら出来ないのなら、アイエンに言いつけてハンターなんて辞めさせてやるよ。
物乞いとして暮らしたくなければちゃんと役目を果たすことだ。ボクは君のような肉体労働者とは違うのだからね」
「お前…」
「さ、出て行きなよ。君のせいでガルガロンにマシントラブルが出ると困るのでね…」
「…ああ、わかったよ」
冷笑を交えつつ、バニッシュは虫でも払うようにディークを追い出した。
流石に温厚なディークも、ここまであからさまに馬鹿にされて笑っていられるほど人間が出来てはいない。
すぐに踵を返し、貨物車両から去っていく。『ガルガロン』は素晴らしい出来栄えだが、たった今ここにいる理由は無くなってしまった。
出て行くと呼ばれるなら出て行く、個人的な恨みつらみは抱きたくは無かった。
簡単な事でも人は悪意を抱いてしまう。その結果が招くのはいつも悲劇なのだ、あの時だって…
(あいつは…今どうしてるんだろうか?)
悲しさを秘めた氷のような瞳を持ち、縛った黒髪を靡かせ、赤い光刃を振るう少女の影が脳裏にちらつく。
彼女に自分は何度も助けられた。しかし、ジルベルの話によるとあの少女は復習に捕らわれていると聞く…
背後から思い切り方を叩かれ、思わずディークはびくりと身を振るわせた。見るとレイノアだった。
「気にするんじゃないよディーク。あいつは昔からああなんだ
ま、政府の一族と関係の深い良家のお坊ちゃんじゃ、プライドばかり大きくなるのも仕方ないさね」
「へぇ、聞いてたけどあいつってそんなに凄い家柄だったのか?」
「あんた…仮にも情報屋の癖に情けないよ。あたしだって知ってる事だったんだから
ま、無能が繰るよりは大分マシだし…あたしたちはゆっくり見せてもらおうじゃないの?
あの坊ちゃん大自慢の『ガルガロン』ってオモチャの性能をね…」
レイノアは何かを楽しむように笑った。彼女の表情が読めないままディークは流れ行く車窓の景色を眺めていた。
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