5‐2 謀略の臭い


「ケッ! ジョウグンの野郎、ざまあ見ろってんだ」


此処は暗黒街でも有数の高級売春窟であり、その一室であった。

媚薬の煙漂う魔窟の中、若い男が裸身の女性を並べて唇を強引に奪ったときだった。

彼の名前はシャオ・キンペ。「ターロン」の若手幹部であり実力者の一角である。

反政府組織相手に武器取引の大仕事を無事に終わらせたばかりなので、今夜は景気付けに遊びに来たのだ。


「ボス…」


「おいなんだよ! 人がせっかく楽しんでいるっていうのに…」


「そ、それが…」


愉しみの時間を中断され、あからさまに不機嫌になり三白眼で黒服の部下を睨みつける。

憐れなまでに恐縮した部下は、それでも恐る恐る自分の使命を全うしようと勤めた。

シャオ・キンペは残虐かつ短気で知られる男で、気分次第で処刑した部下の数は両の指を優に超える。


「ある男がキンペ様に面会を申し入れたいと…」


「ハァ? こんな時に何言ってんだテメェ! この俺が今何やっているのかわかっているよなぁ…?

テメェの一家共々ブチ殺して、屠殺した豚の様に街の広場にバラして蛆がたかるまで晒してやろうか? あぁン!!」


「ひ…ひぃぃぃッ。どうかお許しを…」


怯えるその表情を見てキンペの溜飲が下がる。だがその直後に割り込んできた声に気を取られた


「おいおい…楽しんでいるじゃなぇか。俺様も混ぜてくれちゃあいけないか?

その前に部下を労わってやんな。あまりやりすぎるといつ寝首をかかれるか分からないぜ」


猛るシャオと処罰に怯える部下の間に、割り込んできた野太い声は何処か楽しげなものだった。


「誰だ。テメェ?」


「獅子の片割れ…とでも言っておこうか。前にお友達に世話になったろう?

もう半年近く前になるが、確か…クム・ジョウグンとか言ったかな? 

人の名前を覚えるのは苦手なんだが…おい、間違っちゃあいないよな?」


「あの豚野郎とオレを一緒にするんじゃねぇ!」


怒声の後に、部屋に響く鈍い発砲音が響いた。

媚びた表情で裸身を晒していた女も、黒服の男も一様に顔を呆然とさせてシャオの顔を見た。


「へっへっへ…誰が養豚場の豚とオトモダチだってぇ…?人様に向ける冗談にしては笑えねぇなァ!!」


銃を握って金髪の大男を撃ったのは、得意げな顔で唇を歪めたシャオ・キンペだった。

機嫌が悪いときの彼は気に食わない事があれば、自分より目下の人間に銃を発砲するのだ。部下や女たちでさえも…

紫色に髪を染め化粧が濃い売女の顔があからさまに崩れ、何をしていいのか解らない子供のように顔を歪ませる。

部下はただ呆然とした面持ちで硝煙と媚薬の混じった香の空間の中に居た。

緊張が解けたのは金髪の男が何事もなかったかのように口を開いたときだった。


「ほう、いきなりぶっ放すか。ちょっとは礼儀がなってねぇんじゃないのかね?

だが、気質だけならジョウグンの奴みたいにひたすら媚びるよりは好感が持てる。だが、短気は損気だ。直したほうがいいぜ」


銃を撃たれた男以外の全員が信じられないといった様に驚く。皆が皆驚嘆の表情になったので、

この一連の騒動がまるで三流脚本の喜劇のようだった。しかしシャオは混乱の空気の中で男に指差し怒声をぶつける。

マフィアの一員であるという己の虚勢が揺らがないように、脆いプライドを崩さないように…

しかし、既にそのときの彼は得体の知れない男への恐怖に心を支配されつつあったが。


「お前…何故死なない!」


「なんだよ…ターロンってのはアウター裏社会の武器や麻薬の市場を仕切っているだけじゃなく、

最近はガキに売る玩具の拳銃まで作っているのか? その商魂は褒めてやりたいがな」


驚愕に顔が歪むシャオの質問に答えないまま、苦笑しつつ見せ付けるようにして金髪の大男―――――

リオン・ヴィクトレイは口元に余裕の笑みさえ浮かべながら黒手袋に包まれた右手の指で摘んだ銃弾をシャオに掲げ見せた。

シャオは畏怖と悔しさでどうしようか迷った。この男は今上機嫌だが、今度下手な手を打つと殺されるかもしれない。

なぜか分からないが、こいつには銃弾を受け止める事が可能だ。それに比べて自分は丸腰に等しい。

恐らくジョウグンの奴もこいつに殺されたのだ。いや、下手をするとあの豚の手勢を蹴散らしたのもこの男の仕業か?


「悪いがジョウグンの手駒をやったのは俺じゃねぇよ。暴れたのは別の奴で、むしろ俺は手を貸してやったほうだ

出来ればあんたにそいつを殺って欲しかったが…今はそこまで俺様も暇じゃなくてな、色々と忙しいんだ」


含み笑いを漏らしながらリオンは言う。ジョウグンの部隊を何故か、殆ど殺さず無力化し蹴散らしたのは甲田怜だが、

後始末に彼を殺害して変異種の餌にしたのが自分という真実は伏せたままであった。

そんなリオンの胸のうちを知らないまま、屈辱で地団太を踏みそうな顔のシャオは苛立ち混じりに吐き捨てた。


「クソッ、話は何だ? 聞いておいてやる」


「そうだな、俺様がお前に飛びっきりの力を与えてやろうと思ってな…」


彫りの深い顔で凄惨に微笑むリオンの顔が、シャオには契約を迫る悪魔の形相に見えなくなかった。






「こいつが、お前さんに与える『力』だ」


「こ…こいつを俺に……?」


所変わって暗黒街から離れた街のとある倉庫の中、薄暗い光に照らされて浮かぶシルエット。

それは重戦車6台、そして横たわる巨大な影一体であった。戦車には外付けの赤外線誘導ミサイルランチャー、二連装砲や対人機銃…

他にも色々な装備も施されているらしいが、シャオからすればその手の知識は門外漢である為わからなかった。

「ターロン」にも戦車はあることはある。だが、『東』はともかく此処までの数は集めようと思っても集めきれるものではない。

しかも、これだけの数がこの倉庫にあるという事自体がまるで夢か何かを見ているようだ


「は…ははは……こいつらをか?戦争でもやれってのかよ!」


「そうだ、ある日時でベルリンにあるハンター本部に襲撃を仕掛けてくれ

弾薬は十分に用意してある。足りなくなればお前たちが扱っているものと規格は合うはずだ

それに俺の頼みさえこなしてくれた後は……自由に扱ってくれて構わねぇぜ」


「く…くく、くくくくくくッ!」


シャオはあまりの事に狂喜に顔が歪んでいた。それなりに端正な顔の口元はいびつな弧を描き、目の焦点は定まっていない。

明らかに正気を失っているように見えるが「獅子の片割れ」を名乗る男は気にも留めなかった。

この事すらも彼にとっては些事なのか、それとも別の目的があるのかはわからない。

そしてリオンはその通り、ここに持ってきた兵器に執着は無かった。むしろ目的を果たすためならばいくらでも惜しまないつもりだ。


「素晴らしい! ははッ、見たことのないエクステンダーまで有るじゃないか!!

本当にこれを俺が自由に使ってもいいんだな? 返せって言われても聞かないぞ!」


「ああ、俺様としてはある意味慈善事業みたいものだな。ケチ臭ェ事は言わねぇよ」


「ククク…こいつさえ、この力さえあれば俺は時代のニューリーダーとして君臨できる!」


「ま…期待しとくぜ」


シャオがうっとりと自分の勝利を予言する巫女に向けるような視線を、巨大なネイビーブルーのエクステンダー…否、ギガント・フレームに向ける。

ブレードアンテナを装備した頭部はまるで古代兵士の鎧の様な形状を象っていており。背部に突き出たモジュールは小振りの翼に見立てられる。

もう少し分かり易い説明を付け加えるならば、「隼」と呼ばれた猛禽類の頭部に酷似しているかも知れない。

尤も、その固体も環境の大異変によっていまだに生息しているのか明らかではないのだが。

そして、その機体は頭部以外にも鎧に酷似した装甲の特徴が散見された。製作者の趣味か、あるいは合理的な機能性ゆえに採用したのかは金髪の男にもわからない。

ただ一つ彼にとって重要なのは、この男がこの「ファルコン」で暴れてくれることだけだ。『シール・ザ・ゲイト』を占拠したアウターがそこから持ち出した『ギガント・フレーム』で騒動を引き起こす。これでセブンズの危機意識を煽るのは十分だろう

胸部に大口径の砲塔を備え付けた、青き翼を背負う巨人は無言のままに、じっと自らの主が現れるまで眠りについているように見えた。


(他にパーティ盛り上がる出し物も用意しているんだがな・・・ま、こんな奴に知らせる義理もねぇが)


策に策を練った二段構え。アウターを混乱させコロニーの介入を招く状態に追い込む

『あのお方』の目的達成の為に今度こそ失敗するわけにもいかないのだ

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