4‐10 疾風の怜


戦場を駆け抜ける一陣の黒い風は、銀色に輝く無慈悲な殺戮の兵士達を蹂躙していく。

端正な顔に無表情を貼り付けたまま、少女は行く手を塞ごうとするミレース・ギアを切り払っていった。

すれ違いざまに禍々しい光の軌跡が空間に描かれる時に、鋼の自動騎兵達は唯の残骸へと姿を変える。

もはや魂を持たない操り人形達では、彼女の勢いを止める事は出来ない。その勢いはまさに電光石火の如く―――――


彼女の前に立ち塞がる者は全て無意味だった。人間なら銃身を切り落とし、命持たぬ機械ならそのまま一刀両断に切り伏せる。

あそこまで素性が割れているのならば武器を隠す必要も無いだろう。その手に持ったアーク・ブレードを振って活路を切り開いていく。

目指すは地下の格納庫。データは倒した兵士の端末から割り出して、すでに頭の中に叩き込んでいる。

ある意味では当初の目的と変わらない。足さえ手に入れてしまえばコロニーに行くことが出来る。

元々話し合いなどするつもりは無かった。今思えばもう少し早く行動に移すべきだと彼女は思っていた。

そしてシール・ザ・ゲイトの下層に足を踏み入れたときにその男は、陽気な笑顔を彼女に向けた。

目を合わせないように顔を背ける怜。今の自分にとって『彼』は最も会いたくない人間の一人である。


「よう、まさかこんなところですなんて偶然だな!」


「ディーク・シルヴァ…」


あからさまに顔を顰めて、怜は目の前の男の名前を呻く様に告げる。それはまさに神の悪戯とも言うべき出来事であの女の言うとおりになってしまった。

今まさに再開を望んだ男と、胸の内にある負い目から会合を忌避した女が出会ってしまったのである。

ディークはこれ幸いとばかりに怜に話しかけてくる。一方の彼女は目を合わそうともしなかったが。


「お前さんは俺よりも強い。この場所にこれたのも散々暴れてくれたから俺への追跡が甘くなってしまったんだろ、

一言で言えば運が良かったんだろなだから回り道でもここにくることはできたんだ。

ま…協力してくれた人のお陰もあるんだけど。無茶なことを言うかもしれないけど話を聞いてくれないか?」


「…それで?」


聞くだけなら聞いてやるが用が無いなら退け、と。短い言葉の外に意味を込めて怜は言った

何の為に自分の邪魔をする彼の存在が今は不快だった。彼から借りは返してもらったから今はイーブン

もう助けたり助けられたりの関係ではなく、今のディークは障害物に過ぎない。そう、怜は思い込もうとした

そんな彼女の無意識下の葛藤を知ってか知らずか言葉を続けるディーク


「情けなくって頭に来るけどさ。イディオを救出したい、コーヴさんって人もだ

二人はジルベルに利用されているだけで、あんたの力が必要なんだ、協力してくれ」


「…下らない。人助けがしたいなら自分の力でやればいい」


吐き捨てるように彼女は告げた。ディークはそれを聞いて、残念半分、仕方ないかと言った表情が半分混じった顔で笑った


「ま…普通はそうだよな。そちらの都合もある。だから俺はあんたの動きを利用させてもらうよ」


「……」


「じゃあな。生きてたら、また会おうぜ!」


この逆境の中でもまったく余裕を崩さないようにディークは言った。そんな彼を怜は理解できないと言った感じで見ている

恨み言も全く告げず、悔しがる事も彼女を責める事もディークはしなかった。

だからこそ怜には分かる。彼は本当にイディオをどうにかするつもりなのだろう。彼女の思いつかない別の方法で…

仮に怜ならばイディオを殺すことを焦点に入れるだろう。敵である相手に手加減する事は難しい

あの女ならば間違いなく嘲笑するような男。ノエル共々弱肉強食が是であるアウターに生まれながら信じがたいほどのお人よし…


彼等は知らないのだ。何の予告も予兆もなく、幸せの中で突然降りかかってくる理不尽な世界の暴力を――――――

そして地球が、ここまで荒廃し砂漠化が進行しているにもかかわらず争いを止めない人間の愚かしさを―――――

人の闇の暗さと深さを知らず、善意や希望を胸に抱いて他人を信じながら生きていくことは簡単なようで実は難しい

怜からすればそれを無邪気に信じていた頃の自分はなんと愚かでか弱い存在だったのだろうと思える

そもそも、今の世界では他人を蹴落とし生きのこる為には、ある程度の規律こそあるものの何をやっても許されると言う普遍のルールが横たわっている

そう…だからこそ、こんな下らない世界、混沌の時代に産まれ落ちた故に家族を失い力を得た時、自分はこんな生き方しか選べなかったのだ


彼女は立ち去っていったディークの後姿に一瞬だけ視線を投げてから、先を急ぐ。時間の無駄は許されなかった






「そんな…コーヴ。貴方まで私を裏切るのか?」


コーヴはディークを逃がした後すぐに拘束され、イディオの前に引きずり出された。

イディオの顔が同様と驚愕に揺れている。彼にとって世話係だったコーヴの叛意は青天の霹靂だったのだろう


「やはり貴方は役立たずのようでしたな。あの男に何か吹き込まれたのですかな?

嘆かわしいことです。イディオ様が幼少期からの世話係だったコーヴ・ティルチが野心を持って我等に反逆しようとしたなどと」


「その男の言葉に耳を貸してはいけません! イディオ様」


「ぼ、僕は……」


「思い出してください! 貴方のお父上、アリー様はシール・ザ・ゲイトの研究は決して自分の為に用いようとはしませんでした

その男は中枢コンピュータでエレオス・ソイルをハッキングし、コロニーどころかアウターまでをも脅しにかけようとしています」


「ふん、名推理…と言いたい所ですが残念ながら的外れですよ。私の目的は更に別の所にある」


「何…」


「貴方は気付いていないのですか? 此処の人間は既に私の手の内なのだとね

少しづつ、長い年月をかけて私の息の掛かった者に重要なポストを占めさせる…長期的に組織を掌握する工作の常套手段です

薄々と気付いていたのでしょうが、手を打つのが遅すぎましたね。やはり息子を事故で始末させて変な行動を起こさないよう釘を刺しておいたのは正解でしたよ」


「く…ジルベル! 覚悟ッ!!」


「…遅いな」


最後の力で拘束を振り切って、隠し持っていた短刀でジルベルに切りかかったコーヴだったが、ジルベルはその巨体から信じられないほどの俊敏さでコーヴの短剣を弾き飛ばし、彼の腹に勢いの乗った鉄拳を打ち込んだ

拳が深くめり込み肋骨ごと内臓を潰した確かな手ごたえを感じジルベルは口の端を歪め、コーヴは吐血しながら崩れ落ちた


「愚かな…私が図体だけの人間だと思いましたか?この体も改造手術を受けているのですよ。あのお方から与えれた使命を忠実に果たすためにね…」


冷笑と共にコーヴを見下ろすジルベル。勝者と敗者の絶対的な図式がそこにあった。

ジルベルの実力は知っていた。彼を過小評価していたわけでは全く無い。恐れていたからこそ此処に至るまで何もできなかったのだ

だからこそ…せめて一矢だけ報いたかった。敵わないと知っていても…どの道自分は奴にとって用済みなのだから

ただ、一つだけ心残りがあった。イディオの事である、最早息子に生き写しの彼に後を託すしかない

自分のような世代はもう引き際だろう。できればもう少しイディオの為に何かしてやりたかった

今後の未来を作るのはディークやイディオのような若く、未来ある世代である。自分やジルベルのような人間ではない


(ディーク様…どうか…私に代わって…イディオ様を……)


コーヴはそれっきり動かなくなった。イディオが震える傍らで汚物でも見るように冷たい視線を向けるジルベル

馬鹿な男だった。死んだ主人に義理立てして、余計な義憤に駆られて命を無駄に散らした愚か者

冷徹なジルベルの脳裏には彼の信念もそうとしか映らない。もう少し従順なら利用価値があると見て生かしておくつもりだった。


「付いてきてもらいましょうかイディオ様。貴方にはまだ役に立ってもらわなければいけないのですよ」


主従がすっかり入れ替わったイディオは、幼少時からの世話係を失って呆然とした顔つきで心此処にあらずと言った感じであった。







怜と分かれて、イディオが居ると思われる場所に向かう途中ディークは信じられないものを見てしまった。


「なんだ…これ……?」


暗い格納庫に横たわるシルエット。それは胴体にちゃんと手足が生えており、極めて人型に近い形状をしていた。

ただ、人間と比べると大きさが違う。そこにあったのは地面に横たわった鋼鉄の巨人だ。

パーツの形状や等身は人型を模した作業機械エクステンダーに似ている気がする。

最初はその類かと思った。しかしながら、ディークが知っているそれとは二周りどころか純粋に二倍近くもの大きさがあるのだ。

ここまで巨大な機体は見たことが無かった。ゲイルがこれを見たら狂喜して解体したがるかもしれない。

それは無数のコードに接続され、まるで動き出さないよう拘束されているようだが、重々しく不気味な威圧感を秘めていた。

誰が、何の為に作ったのかはわからない。ただ、この機体は恐らくコロニーが使役するギガント・フレームという機体のフレームなのだということは分かった

これも【シール・ザ・ゲイト】に秘められていた【旧時代】の遺物なのだろうか? これらの兵器が地球を荒廃寸前にまで追い込んだのか?


「こいつが、ギガント・フレームってやつか…」


「どうやらここまで見られてしまうとは」


「あんたは…ジルベル」


背後にはいつの間にかジルベルが佇んでいた。その陰に隠れるようにしてイディオがこちらに視線を向けている。

呆気無くイデぃオは見つかったが、探す手間が省けたと素直に喜んでも居られない。

何しろ向こうにはジルベルが居る。それにここに居ないコーヴの事も気がかりだ。

混乱から未だに立ち直れないディークを他所に、得意げな口調でジルベルは語り始めたのだった。


「尤もその名前も分かったのはつい最近ではある、何重にもプロテクトが掛かっていて、我々も完全に解析できたわけではないがね。

だが、これのデータが多少なりともミレース・ギアの誕生に繋がったのは確かだろう」


「ミーレス・ギア…? あの人型のロボット達か」


思わず聞き返したディークを無知とせせら笑ってからジルベルは言葉を続ける。


「そうだ。あれは命令一つで死ぬまで標的を追い続ける最強の部隊と言っても過言ではないだろう

それにこいつは現在、君達が使っているであろうエクステンダーのご先祖様と言って良いかもしれない

この機体は主電源も入っていないし、武装すらしていない。シール・ザ・ゲイトを我々も完全に理解できたわけではない

まさしく、旧時代の遺跡と言って差し支えない程度には、この場所は謎に包まれている。成程…あの方達もここを極端に恐れるわけだ」


「あの方達…だと?」


ジルベルは見せ付けるように笑った。道具は余計なことを知らなくてもいい、そういいたげな表情で。

ディークには彼のそんな傲慢さが許せなかった。やはり、イディオを操っていたのはこの男だったのだ。


「君は知らなくてもいいことだ。もう一度言おう、我々の仲間になる気は無いか?」


「お前が欲しいのは怜の力なんだろ?」


「そうだ。だが、彼女を仲間に引き入れた場合君にもある程度の便座は計ってやってもいい

よーく考えておくことだな。老いぼれのコーヴのようになりたくなければの話だがね」


「何ッ・・・!」


イディオの呆けた表情でまさかとは思って覚悟していたが、その一言で何が起きたのかディークは完全に把握した。

人の命を奪いながら口元に笑みを浮かべ、話す傲慢な言い草が気に食わなかった。

まるで自分以外のすべての人間を道具だと思っているような男・ジルベルにディークは苛立ちを隠せない。


「あんたのご主人はイディオじゃなかったのか? その側近のコーヴさんを殺していいのかよ!」


「ふ…彼は私に全権を委任している。もはや私の言葉は彼の号令に等しい

それにあの老いぼれは反逆者に過ぎない。欲に目が眩んでイディオ様を貶めようとした不忠者だ」


「やっぱりあんたは信用できねぇな。どうせコーヴさんや俺、イディオ・・・他の連中と一緒に使い捨てるつもりなんだろう?」


ジルベルは余裕の笑みを浮かべた。ディークに対して絶対的勝者の余裕を見せつけるかのようだった。


「わざわざ聞いてどうする? 今の君に選択肢は無いのだよ。

私の言うがままに甲田怜を説得しろ。彼女のポテンシャルは非常に興味深い、超人的な身体能力、瞬時に体の傷を癒す再生能力

彼女の肉体には何らかのナノマシンが投入されている。それがどういう目的化かは知らないが」


「俺だけじゃなくてあいつも道具だって思っているわけか? 

…ってコトは自分以外の全てが道具でしかないんだよな? 寂しくないのか、ジルベルさんよ…」


「道具か…望まれる生き方ならばそれも良し。と私は考えていますがね」


ディークの言葉に今まで惚けていたイディオが動揺したように震えた。

何かに縋る様にジルベルを見つめるイディオは実の年齢以上に幼く見える。


「ジルベル…僕は……どうすればいいんだ?」


「ふ…何を言うと思えば下らないヒューマニズムですか? そんなものはこの世界で生きていくには必要無いのです

私も体に改造を施しています。確かに並み以上の力を手に入れましたが何しろ確率前のテクノロジーを使いましたので定期的に薬を服用しなければ拒絶反応が起きるのがネックではあるのですがね

・・・イディオ様。下賤の言う事等聞く価値もありません、血筋と家柄、そして教養を備えた選ばれたものこそこの世を支配するのです」


目の前の男が滑稽な茶番劇を演じているように見えているようだ。


「その選ばれた者ってのが、イディオじゃなくあんただとしたら滑稽もいいところだよな?」


ジルベルは厳つい顔にあからさまな嘲笑に歪ませる。まるでディークの反論が見当違いであるといわんばかりに。


「フン、無知な愚か者が・・・何とでも言うがいい。力を持つ事は絶対的な正義であり、それこそがこの世を支配する究極の定理なのだ

あの素材の完全解析を果たし、もっと強力な自動騎兵を量産…そしてあの機体が完成した暁にはコロニーですらも破壊できる力を我々は手にすることになる

そしてあのお方はシール・ザ・ゲイトの全てを手に入れ、地球の統一を果たしてみせるのだ!あの方が目指す新世界の為に…」


(我々…だと? こいつが何の目的でこんなことをやっているか、誰が背後にいるかなんてそんなことはわからねぇ

だけど他人を利用して操って、殺して・・・その後ろで頬杖かいてニヤニヤ笑っているような奴を絶対に許容してたまるかよ!)


力を持つものが持つ傲慢。それがもたらす悪意と理不尽・・・その犠牲になったものをディークは知っている。

そいつをかつて殺そうと考えたこともある。レオスやゲイルに知り会う前の義理の父と姉を失った原因を作った男。

しかし義父の戦友でもあり、醜い裏切り者に堕した彼もまた、世界の悪意によって人生を歪められた男の一人である。

彼とその子息は贖罪の炎の中に消えた。それは彼ら自身が選択した結末であり、ディークはそれを止める事が出来なかった。


「イディオ! もう一度だけ聞く。お前はそいつのことを信じているのか?」


もう、失いたくなかった。利用されて死ぬ人間を見るのは真っ平だ。

それにコーヴから託されたのだ。彼は敵方でありながらディークを助けた。その恩返しがしたかった。だからこそイディオに問うた


「ぼ、僕は・・・」


「無駄だ、ディーク・シルヴァ」


ジルベルの言葉に気になるところがあるが、今はもうどうでも良い。細かい所を気にしても仕方が無い。

ディークはもう、ジルベルと話す気にはなれなかった。悲しいことに、言葉で通じ合えない奴はアウターにもごろごろ居る。

自分の利益だけしか見ていないで他人を道具としか見ていない人間。そんな奴に利用されたイディオを開放してやりたかった。


「…伏せろ! イディオッ!!」


ディークはコーヴから託された銃を取り出して、トリガーを引き絞った。

人を殺す。そういった考えは一瞬だけ封じる、自分はコーヴからイディオの運命を預かったのだ。

ジルベルは間違いなくシール・ザ・ゲイトを利用するだろう。それによって沢山人が死ぬかもしれない。

イディオに罪を押し付けたくは無かった。出来る事なら彼をその業から解き放ってやりたい。

だからこそ感情のままに従い、ディークはトリガーを引いた。罪は自分が被る、その決意を胸にして。



――――――きいぃぃぃぃぃん



低い発砲音に続いて響いた金属音。それは無論、ジルベルの体を銃弾が貫く音ではなかった

彼の右手を覆っている篭手が淡い照明に鈍い銀色の光を反射しているのが見えた。あれで弾をはじいたのだ

何故、反応できた? ディークの頭の中に疑問が明滅するが、彼の体は腰のナイフを引き抜く動作を取っていた

それは攻撃のための行動ではない、反射的に此方に迫ってくるジルベルの巨体から身を守るための防衛行動だ

ナイフを突き出すのではなく、刀身を縦にして迫りくる攻撃に備える。拳圧で数倍の大きさにも見えるジルベルの拳

反応できたのはレオスの訓練と、ディークの中で蓄積された経験だが相手の反応はそれを超えている

それはまるで弾丸のような勢いで、いとも簡単に肉厚のナイフをへし折り、それを持つディークの体を吹き飛ばした


「手加減してこれとは・・・その程度の力で私の相手をしようと思ったのですか?」


「うううっ・・・」


ディークは左腕を抑えて呻く事しか出来なかった。辛うじて立ち上がってはいるが彼に出来るのはそこまでだ

完全に折れていた。ジルベルがどのような手品を使ったのかは知らない。悔しいがこの男は強い

セルペンテ以上に・・・いや、怜にすら迫るかもしれないその実力。銃弾を素手ではじき返し一撃でディークの腕を容易くへし折ったのだから。


「ディーク、貴様は甲田怜の力の足元にすら及ばない。どうやら私の見込み違いだったようだ」


「う・・・るせぇ・・・・耳障りなんだよ」


「フン、威勢だけはいいようだが。もう一度だけチャンスをやる。我々に協力しろ」



(誰が死んでも従うものかよ!)


「その目・・・従う気は無いようだな。まぁ、いいだろう。この場で殺してやる」


(へっ・・・こんな事言うのも格好悪いが・・怜、後は頼んだからな。信じてるぜ・・・・・)


ディークは目を瞑った。これまで長く生きていたほうだが死ぬというのなら仕方が無い

コーヴに託された願いは彼女に任せるしかないだろう。実行に移すか否を考えればかなり分の悪い賭けになりそうだが

自分はもうここまでだ。持てる力は尽くしたとしてもジルベルには絶対に敵わないだろう。それほどの力の差があるのだ

気にかかるのはレオスやゲイル、リベア達の事だ。彼らは自分なんていなくてもうまくやっていけるだろう。

特にサウロの奴は笑ってしまいそうだ。殆ど遊びもしない自分を勿体無い奴だと嘆きながら・・・


「この役立たずめ。今から一思いに楽にしてやる」


ジルベルが走ってくる。ディークと彼の間に割り込んだ影があった。

その姿を彼は知っている。今の彼が知る中でジルベルに比肩する実力の持ち主。

そして、眩い光の剣を振るう氷のような瞳を持つ女――――


「・・・」


「くっ、まさか・・・」


今、ディークの知る限り最強の人間である少女・甲田怜は無言のままで赤く光る刃をジルベルに突き付けていた


「おいおい・・・まさか本当に来てくれるなんてな」


小さい怜の背中がとても大きくて頼りがいのあるものに見える。とてもおかしく思えたので、

絶体絶命の状況にも拘らずディークは思わず笑っていた。その笑みは激痛によってやや歪なものになってはいたが






「何故だ、甲田怜。何故貴様が私に牙を向ける」


「貴方の事、気に食わないから・・・それに――――」


キッと怜の眼光が鋭くなり、ジルベルは怯んでしまう。


「―――――コロニーの臭いがする人間を私は信用しない」


(コロニーの臭いだと!?)


怜の言葉に驚いたのはディークとイディオだ。ジルベルはこの【シール・ザ・ゲイト】のコンピュータを使って、

【エレオス・ソイル】をハッキングし、高出力化したマイクロウェーブレーザーで砲撃させてコロニーに戦争を仕掛けると言っていた

その彼から『コロニーの臭い』がする、とは一体どういうことなのだろうか?


(こいつは、かなり込み入ったヘビィな背景が隠れていそうだな)


もしかすると、コーヴが話していた事も関係しているのかもしれないが、今現在判断できる情報が少なすぎた。

それにディークは巻き込まれて入る当事者ではあるが、そこまで踏み込んだ内情を知る人間ではない。

そしてこのシール・ザ・ゲイトは秘密主義のコロニー以上に謎に包まれているところが多く、予想しか出来ないのだ。


「く・・・・だが、私の邪魔をするというのなら君にも大人しくしてもらうしか無くなるようだな!」


巨体に似合わぬ軽快なステップで後方に飛びのいたジルベルは、間合いを調整した後で怜に向かって飛び掛ってくる。

豪腕と呼ぶにふさわしい拳を突き出した突撃は、先程ディークに食らわせたものよりも遥かに重く素早かった。

風圧が掠っただけでも裂傷を負ってしまいそうなほどの拳圧。いくら素早い怜でも回避は難しいと思われた。

しかし、彼女は避けるのではなく逆に迫り来る拳に向かって、光放つ剣を携えたまま真正面に走った。

ジルベルが口元を歪めて笑う、勝利を確信した笑みだった。


(いや、違う。あいつはちゃんと勝算があって走ったんだ)


怜は助走したまま姿勢を屈めてジルベルの拳を『潜った』。突き出された拳は少女の柔肌を裂くが直撃はしていない。

一瞬にしてジルベルの顔が凍った。拳を引き戻し、体勢を立て直そうとする・・・しかし、切り抜ける少女の光刃の方が速い。



―――――――――斬!



ジルベルは切られた右わき腹を押さえ後退した。傷は浅いようだが、戦闘の主導権は怜が握り始めている。


「やるな! だがッ・・・・!」


再び襲い繰る拳。負傷しているにも拘らずジルベルの一撃は先程と変わりなく重く、そして速く見える

あれを食らったとしたら怜も無事では済まないだろう。しかし、彼女の眼光は既に豪腕の一撃を見切っていた

再度、一気に走り抜けジルベルに向かって剣を振るう。その切っ先には全くの迷いが無かった


「破ッ!」


再び奔る光刃が空間に一閃を刻む、彼女は一撃を見舞った後に剣の刃を消し去り、腰に仕舞った

最初の一撃は手加減していたのだろうと確信していた。一度見せた技は彼女には通用しないのだ


「ぐっ。お、おのれ・・・」


ジルベルの右手首は完全に両断されてしまっていた。多量の赤黒い血液がぽたぽたと銀色の床に垂れる

苦痛に顔を歪めるが、ジルベルはまだ諦めてはいないようだ。何か勝機があるのだろうか?


(かくなる上は・・・)


捨て台詞を吐き捨てた後に彼は背後の通路へと走り去って行き。それを怜が追っていく

ディークは彼女を呼び止めようとしたが、一瞬躊躇ってしまう。純粋に怖かったのだ、怜が本当に同じ人間なのかどうか


「イディオ、頼む。飛行艇のある場所に案内してくれ! 脱出するんだ!!」


「でも・・僕はあなた達に・・・・・」


謝罪の言葉を口走るイディオはまだ自分を見失っているようだった。それは仕方ないだろう

彼は自分の世話役で父親の友人だったコーヴを側近だと思っていたジルベルに殺されたのだ

だからこそディークは手を差し伸べたかった。利用されたままだった彼を不憫に思ったからだ

そんな彼をディークは哀れに思ったのかもしれない


「悔やむのは後でいい。ここから逃げるんだ、ジルベルなんかにまた利用されたいのか?」


イディオは顔を上げてディークの眼を見た


「ああ、分かった。僕に出来る事なら・・・・・」


差し伸べられたディークの手を取り、イディオは立ち上がった

その足取りはまだ頼りなくふらついていたが、目には先程には無かった意思の光が宿っている

イディオを利用したが事を急いでしまったジルベルの裏切りが、逆に彼への依存を断ち切ったのだろう

コーヴの遺言を守る為に、イディオに先導されるままディークは通路を走る。

途中で怜の事が心配になったが、彼女なら大丈夫だろうと信じるしかない。

だが、漠然とした不安が彼の胸の中を覆っていた

ジルベルの行動が自分の知らない所で災いの火付け役になっているかもしれないと・・・

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