4‐2 ディーク拉致


『ねぇ、ディーク。あの子どこいったのかしら?』


『さぁな…でも、あいつはあんな奴だ』


『あなた。妙に詳しいのね…』


『あ…リベアには内緒だぞ。あいつまた何か言って来るか解らないからさ』


『ふふふ…大丈夫よ。ちゃんと話せば、あの子だって解ってくれるわ』


「どうしたのさディーク?」



ゴンッ!



横からリベアの声が聞こえてきて、つい飛び上がってしまい修理中の機械に頭頂部をぶつけてしまうディーク


「うわぁぁぁっ!」


「ちょっと…大丈夫?あんた」


思わず心配そうな顔で相変わらず化粧っ気がない顔をしたリベアが覗きこんでくる。

目の前に星が散るのを自覚しながら、ノエルほどではないがシャツの襟から見える谷間から少し大きめの胸がこちらに向かって垂れている。

まずいと思って誤魔化すためにディークは笑みを浮かべようとしたが、引きつった不気味な顔にしかならずにリベアが一メートルほど引いてしまう。

その反応にそこはかとなくショックを受けながらもようやく、頭を抑えつつ立ち上がる。


「うわっ…もしかして頭撃った衝撃で何処かおかしくなった?」


「いてて…んなわけあるか」


抗弁しつつもディークは痛む頭を押さえつけつつ暫く蹲っていた。痛みというものはやはり慣れる物ではない。

それに打ち所が悪かったのか、この鈍痛は暫く響きそうではある。ハンターになって負傷する機会が増えたとは言え、

やはり痛い物は痛いのだ。それに快感を感じるような変態も居るらしいがディークはそうなりたくなかった。


「水でも持ってこようか?」


「お前、いつになく気が利くな。何か変なものでも食ったか?」


何時もの軽口をディークは叩くのだが、今日のリベアはなぜか機嫌が悪いようだった。


「ふーん…じゃあレンチで叩いてあげようか? 悪いところが直るかもしれないし…」


「何でそうなる。俺は調子の悪い機械かよ…?」


真剣にあごに指を当て、悩むそぶりを見せ始めたリベアにディークは突っ込みを入れる。たんこぶをもう一つ増やされては敵わない。

大体リベアはどうしてこうも暴力的でガサツなのだろうかと思う。あのノエルから色々教わったとは思えないくらいだ。

まぁ、ノエルの孤児院にもミシェイルやラドネイといったやんちゃなガキ共は多いので個人の資質かもしれない。


(もう少しくらい淑やかな所を見習わなかってくれよ…)


「ん…今何か考えた?」


「別に」


「ふぅん…どうせノエルの姉貴と比べて、あたしの事ガサツだと思ってるんだろ?」


「まて…どうしてそんな結論に行き着く」


不気味な笑顔のままレンチを振り上げかけたリベアにディークは抗弁した。黙っていれば美人と評判だった母親に瓜二つだと言われ間違いなく整った顔立ちに入るのに、

どうして彼女は顔を機械油で汚し、男勝りの言動や行動を取ったりするのだろうか?


(やっぱりゲイルのおっちゃんの血が入ってるのか…?)


「あ、やっぱり私がガサツで淑やかじゃないって考えた顔してるんだ!」


「おい…待てよ……今、そんなもの頭に振り下ろされたら………うわぁぁッ! 助けてくれえッ!!!」


「待ちなディーク!! まだ話は終わってないよ!」


倉庫を飛び出したディークをレンチを振り上げたリベアが追いかける。

それを遠巻きに見ながら、懐に隠し持っていた小さな小瓶を開封する髭面の男の顔は嬉しそうだった。

酒を飲むのは娘があまりいい顔をしない。亡き妻からすれば少し男勝りだが顔立ちと変に生真面目な所は娘に受け継がれている。


「ガハハ! 若くて相変わらず元気がいいな。あいつらは」


やんちゃな息子達を見るような何処か微笑ましい顔でゲイルが酒を煽った。

あの二人はまるで兄妹のようだった。リベアは姉弟と主張するだろうが、ゲイルから見ると

突っかかって来るリベアをディークがうまくいなしているようにしか見えない。

ディークはああ見えて、職人気質で人付き合いが苦手なリベアと上手く付き合っている。尤も師匠のいいパートナーだと自負している。

もし、彼とリベアが結ばれるとしたら自分は安心して老後を過ごせるだろう。

二人の子供に機械いじりを教えながら送る日々と追うのも悪くないかもしれない


(ディーク。リベアを頼んだぞ…)


未来への希望に思いを馳せながら、ゲイルはぐいと酒瓶を傾けて飲み干す。

レオスの店で飲むのもいいかもしれないが、あいつは忙しいし自分もまだやることがあるのだ。

リベアが寝た後でディークに夜酒に付き合ってもらおうと髭面の大男は決めた。




「ハァ…ハァ……」


岩と砂だらけの砂漠の近くでリベアが息を切らせて、肩を上下させていた。

一方のディークは息は荒いもののまだ余裕といった感じで、両足にも披露が見られない。

基礎体力を付ける為に課されたレオスの特訓に比べれば、これは軽いウォーミングアップでしかない。

とは言え、最近は特訓から少しはなれて時間も経っているせいか、少々きつかった事は否めないが、


「ゼェ…ゼェ…どうしたリベア、もう息切れなのか?」


「うるさい…これだからハンターなんてやっている人間は……」


ディークはやけに嬉しそうだった。体力勝負に関しては昔はリベアと互角で張り合っていたのだが、

レオスの弟子になってハンターになった後は、腕相撲や競争なんかは殆ど自分が勝ち星を納めているのだ。

情報屋としての顔を持つディークだが、評議会に登録されたハンターであり時たま変異種への討伐に向かう為に、

二ヶ月に一度は死にかける思いをしているくらいなのだ。それだけ修羅場をくぐり鍛えられ、日々の鍛錬もこなしている。

それで近くの近所の店で暴れていたCランクハンターの暴漢二人ほどノックアウトした事もあり、腕っ節も上がってきているようだ。

だが、それでも勝てそうにも背中すら追えない人間はごろごろ居た。レオスはともかく怜に追いつけるなんて絶対に無理だろう。


「ディークは男の子なんだから勝って当たり前なんだろ。ハンターの情報屋なんてやってられるほど体力が有り余ってんだし」


リベアのハンター嫌いは異常だった。あまりにもけなしてくるので少しむっとしたディークは皮肉で返してやる。


「ならリベアは料理や洗濯を頑張ればいいだろ? まぁ、姉さんに叶わないだろうけどな」


「……」


「オイどうしたリベア? いきなり黙りやがって…気分でも悪いのか?」


「…うるさいッ!」


思わずリベアは心配そうな顔をする幼馴染にレンチを投げつけてしまう。思わずそれを避けるディーク。

いきなりの蛮行に文句の一つでも言ってやろうと、遠くまで飛んでいったそれを回収した後に振り返ると既に彼女の姿はなかった。

恐らく家の倉庫に戻っていったのだろう。しかし行動が唐突過ぎる、今日は不機嫌そうだったが一体どうしたのだろうか?

しかし、ディークは気付かなかった。リベアが泣き声を押し殺して自分の家へと走り去っていった事を…


(あたしがノエル姉さんに敵う訳無いじゃないか…)


リベアは額に巻いた布を取って、髪が乱れるのも構わずに眦からしみじみとあふれ出す涙の結晶をそれで拭った。






「なぁ、マスター」


ディークは夕方に酒場に寄って聞いた。レオスは店を開けていたが、助手の青年に聞くともうすぐ帰ってくるという事だったので待ったのだ。

案の定、レオスは三十分もしないうちに帰ってきた。聞くとノエルの所に行っていたのだという。

ノエルは彼の妻と古い付き合いの友人だった。ディークは何故彼女が誰かと籍を迎えないのかが不思議だったが、

彼女には彼女なりの考えがあるのだろうと思う。ディークは姉同然の女性に似合う男性が見つかって幸せになることを望んでいた。


「よう、最近よく来るが…何か聞きたそうな顔をしているな。どうした?」


「俺さ、なぜかリベアを怒らせちまったみたいなんだよ。口も利いてくれないしな」


一瞬、レオスは眼を逸らした。彼からすれば非常に珍しい事だったのでディークは覗き込むように師の顔を見た。


「…ゲイルに聞け」


レオスは一言だけそう言った。何処か自身が無さそうな口調のように聞こえなくもない。


「それがさ、聞いても答えてくれないんだよ。自分で探せって言ってさ…」


「俺はお前をいちいち聞いて安易に人を頼るような男に育てたつもりは無いんだが…」


言葉とは裏腹にレオスはなぜか慌てている様子に見えた。何か不味い事を突っ込まれると彼は口先で煙に巻いて逃げようとするのだ。

確かに、彼の言っている言葉は筋が通っていて正論に聞こえるのだがレオスの態度が釣り合っていない。

顔を覗き込もうとするディークから頑なに視線を逸らして、額から冷や汗を流しつつ口髭に溜まっていく。

何かがおかしい。


「なぁ。あんたなんかこの事ってあまり話したくないんじゃないのか?」


「うるせぇ。この話はもう口に出すな」


「ああっ! 逃げんのかマスター」


「ええい。もう今日は閉店だ! 客も来ていないし肩が凝る!!」


すっかり切れたレオスは堪えかねたかのように言った。いきなりの閉店宣言は問題発言ではあるが、

幸いにして常連は先ほど帰っており店内に客はディーク独りしか居なかったので問題はない…のかもしれない。





「ふーん。マスターも女の子の扱いには慣れてないのか」


「ああ、妻ともまぁ…成り行きのようなものだ」


助手を帰らせ、ディークとレオスはカウンターの近くで話を続けていた。

店の門には「閉店」の立て札掛けておいている。よほど態度が悪い客でない限りは入ってこないだろう。

相変わらずレオスの言葉は歯切れが無かった。彼に女がらみで何か悪い事があったのは確かなようだ。


「そんな人が家庭を作るなんてねぇ…」


「余計なお世話だ。俺も戦場で自分が死ぬものだと考えていたからな…」


過去を思い出して感慨深げに呟くレオスを何処となくから買うような目つきで見るディーク。


「ふーん、でもリベアって女の子って感じしないな。どちらかと言うと気の強い妹って感じだし…ノエル姉の方がそれっぽいな」


「女を舐めない方が良いぞ…確実に痛い目を見るからな……」


どこかこちらまで暗い気持ちになるような光を宿し彼の師が告げる。過去にどういうわけか痛い目を見たかのように…

レオスは自分の言葉で間違った事を知っている限り吹聴する人間ではない。

生真面目な彼は良い事も悪い事もディークにしっかり叩き込んできた。

数年前、勝手な行動に出てゲイルの家から家出したときも彼の師は自分を全力でぶん殴ってきた。あの時のリベアが泣いていたのは良く覚えている。

しかしそれはディークに対する疎ましさからではない。実の子と同じように真剣に向き直ったが故に常識と良識を教える為の愛の鞭である。

そう【前の父】と同じように真剣に考えてレオスとゲイルはディークを一人前の青年に育て上げてくれたのだ。

その事にディークは感謝していたし、二人の事を尊敬していた。嘗てと同じようにだ。

だからこそ自分のわからない事をレオスに聞こうと思ったのだが、彼でもどうにもならないことはあるらしい。


「まさか…後ろからレンチで殴られるとか?」


「あの子を怒らせているのはお前に原因があるのが殆どだと思うんだが…それにな、そんな可愛いものだったらまだいいさ…

俺なんか美人さんのハンターと呑んで酔っ払ったときに嫁にロープで簀巻きにされて砂漠に置き去りくらいそうになったんだからな…」


「おい…マジかよ……あんたって現役時代はかなり腕を鳴らしたハンターだったんだろ?」


「てめぇのタマキン袋握ってる女に勝てるやつなんていやしねぇよ。リベアも将来が楽しみだな」


「…勘弁してくれ。あいつ怒ると只でさえ手が付けられないんだから」


ディークも背筋が冷たくなった。変異種が潜む幾多の危険地帯や多くの修羅場を潜り抜けた百戦錬磨の男であるレオスが言うほどの事。

そういえばあの甲田怜という少女も凄まじいポテンシャルで自分より強大な敵を倒してきた。今はどこにいるか知らないが…

そして、今度リベアに会うときは何か珍しいものでも持っていこうと決意したのだ。







「全く…最近は色々ありすぎて疲れるな」


砂漠を駆け抜けるホバーバークを駆ってディークが一人言を漏らす。

今夜の砂漠も月が綺麗だった。月光が雲の隙間を照らし、砂が波打つような紋様を形作っている。

その光景にディークは思わず見とれてしまう。砂漠は不毛の大地と言われているが、

風によって幾多も表情を変える自然が生み出す砂の芸術は思わず写生したくなるほどに美しく、何かの情感を抱かせる。

地上は毒素で汚染されているといっても、自分たち人間が居なくなっても地球には美しい風景は残っていくのだろう。

以前に海辺に行ったことはある。海水の見た目は普通の水だが口にするのには専用の設備で何重にも濾過しなければいけない。

遠くから見ると海の蒼さも美しかったが、近くで見ると緑がかっていた色をしており大昔の人間がやっていたように足を踏み入れるのはためらってしまう。加えて両翼を広げると6メートルもありそうな大鷲の変異種が眼を光らせて舞っていた為に、のんびりと過ごすような事は出来ないだろう。


(そういえばサウロは絵が得意だと言っていたな…)


ディークの友人サウロ。確か女性の気を引く為に様々な分野に手を出しているとも聞く。

その中でも割りと絵は上手くいけたので、それだけでそれなりに食べていける生活を送っているとも聞いたが…

彼は彼なりにうまく人生を楽しんでいるのだろう。それはそれでいいのだろうとディークは思った。


(ん…あれはなんだろう?)


砂漠の向こう側の空間が一瞬揺らめいた気がした。それだけならばディークは己の眼の錯覚と疑って視界から離しただろう。

だが、一瞬見えた巨大な黒の翼は鳥のものではなく、ひたすら機械的な直線のラインを描く鋼の翼。

それはアウターが持ち得ない紛う事の無くテクノロジーの証。コロニーの人間が使う空挺調査機。

ゲイルから話を聞いていなければわからなかった。あれはコロニーが保有する光学迷彩を応用した機体なのだろうか?


「馬鹿な…なんでこんな夜間に?」


アウターのハンター政府とコロニーのセブンズが取り決めた不可侵条約によると、光学迷彩を使用した機体の着陸は、このエリアまで進入は出来ないはずだと。その使用の機体は町や村に対しての爆撃が容易に可能な拠点攻撃用の運用も出来る

いわば禁じられた技術なのだ。この事がハンター評議会に知れたら形式的にもセブンズは説明を求められるだろう


(くっ! ヤバいぞ…早く此処から離れなければ)


ディークはホバーバイクを反転させ、近付きつつあったその場から離れようとする。

だが遅かった。自分の周囲には既に幾つもの気配に取り囲まれている。着膨れした防護服のようにも見えるそれは、

小型のパワードスーツで数にして五機。音もなく忍び寄ったそれは見た目から信じられない機動性と静粛性を秘めているようだ。

昔拾った部品からこんなものが有るのではないかと機械に詳しいゲイルが言っていた。実際に目の当たりにするには始めてであるが、小型のエクステンダーとも言うべき目の前の影の出自は、やはりコロニーなのではないか?

それにしても小さすぎる。遠目だとまるで人間と区別できないそれはコロニーとアウターの技術的格差を嫌でも実感してしまう


「目撃者か。やはり市街地の近くに接近しすぎたか」


ヘルメットに覆われた口元が露出した男が告げる。その口調も何処か機械的ではあるが何らかの特命に準じている人間だと理解できた。


「この男…もしや……」


「殺して死体を放置すれば、後は死肉を貪るコヨーテ達が後始末してくれるだろう

我々の崇高な目的を邪魔されるわけにはいかない。少し手間は掛かるが、目撃者には消えてもらう事にしよう」


(こいつら…勝手な事言いやがって!)


勝手な事を論争してディークの処断を決めようとする者達にディークは怒りを燃やした。

だが、逃げようとしてもパワードスーツのハードポイントには専用のスマートライフルが懸架されている。

ホバーバイクの全力ならば逃げられるだろうか?蜂の巣にされる可能性も覚悟でディークが汗滲む手でグリップを握り締めたその時だった。


「待て、街に送り込んだスパイからの連絡だと。この男は数回あの女に接触している

始末するのは早計だ。ジルベル様に叱責を受けるどころか粛清されるかもしれないぞ?」


「甲田怜に関係する人物か…手札としておけば彼女の取り込みもスムーズに行くかもしれん

それに、彼女を確保することは我々の計画を進める事になる」


(何ッ? 甲田怜…だと!?)


ディークがセルペンテに襲われて瀕死の重傷を負ったのをノエルに手当てを頼んだ少女・甲田怜

この連中の口からその言葉が飛び出した事自体以外だったが、それ以前に自分が彼らから割と重要な位置づけをされている事に驚いていた

言葉尻を捕らえるとずっと前から監視していたというのか?恐らくダイキンが引き起こした事件まで…

ならば怜に関してはどのくらい前から動向を掴んでいたのだろうか? 彼等は本当にコロニーの人間なのだろうか?


「男、お前は我々と共に来てもらう。騒いだり抵抗したりすると…わかっているだろうな?」


拒否すればどうなるかは、向けられた銃口がどんな言葉よりも雄弁に告げている。ディークは従うしかなかった

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る