2‐5 追ってくるもの

三人は倉庫を改装した中に家具や寝具を持ち込んだゲイル邸で、少し遅い昼食を取っていた

外から見ると無骨だが、中はそれなりに様式の整った住処になっている。少し変わってしまったが懐かしい光景だとディークは感じる

木材を用いた暖かい雰囲気の家具はリベア作の手作りなのだとは知っていた

いま、こうして三人が座って食事を取っているテーブルもディークとリベアが共同で作ったものなのだ

昔ディークが金槌で指を叩いて大きく腫れ上がったとき、リベアが手当てしてくれたことを彼は覚えている

彼女はぶっきらぼうで口うるさいが、本当は繊細で優しい心の持ち主なのだということも

そして、ディークがゲイルの旧友だったレオスに弟子入りしてハンターになることに真っ先に反対したのが彼女だということも…


「旨いな、このサラダ」


ディークは木の皿に盛られた、トマトとキャベツ、緑と赤の彩りが食欲をそそる新鮮なサラダに舌鼓を打つ

息子同然に育てた青年の賞賛にゲイルは口髭を撫でるようにして笑った


「トマトもレタスもウチの自作家庭農園で取れた奴だ。温室の保全と水の調達がいまひとつの課題だがな

尤も苦労したのは土の調整だな。砂漠のカラカラな砂には、どんなに水を吸わせても苗床にはならねぇ

大気に晒したら失敗することが多くて屋内に囲いを作って栽培せにゃならんし

別の土地から毒素を無い肥沃な土を持ってこなきゃならんのさ。それに金がまたかかる」


「ふーん…大変なんだな」


「勿論、管理しているのはリベアだが」


「リベア、やっぱりお前すごいよ」


「…今は食事中だよ。あんたと話す時間じゃない」


リベアは黙々と食事を続けていた。むっつりした横顔はいつも以上に硬く不機嫌に見える

ディークの言葉は勿論聞こえているはずだった。しかし返答がないのは彼が彼女の言うことを聞かずに家を飛び出していったからだろう

彼女は彼女の考えが合って自分を心配して暮れてくれることは分かる。今はそっとしておくのが筋というものだろう

自分にそう言い聞かせディークはトマトを飲み込んだ後に、ゲイルに向き直るのだ


「それで何さ、砂漠の近くで拾ったジャンクって」


「ああ、あれか…あれはすごい代物だぜ。あそこまで状態のいいのは滅多に手にはいらねぇ」


ゲイルは人差し指をもさもさして豊かな口元の髭に当てて見せた


「いいか…誰にも秘密だぞ?」


「ああ、誰にも言わねぇよ」


ディークはフォークを一旦置いて、ゲイルが手招きして耳を寄せるようにするのに従う

自分の食器を片付け始めたリベアが呆れたような顔で太めの眉を寄せ、視線を投げてきたのを見ないようにする

眉を寄せた彼女はまたその話かと、呆れているようにも見えなくない

恐らくゲイルは散々拾ってきたものにご満悦だったのだろう。何を拾ってきたというのか?

これ程までにもったいぶってゲイルが何を話そうというのか、非常に気になっていた


「オレが拾ってきたのはな…」


「…あぁ」


その時、ディークの額に嫌な汗が滲んだ。その悪い予感は跡で的中してしまうのだが







「こいつだ」


「おい…これって…」


目の前のクレーン付き大型ホバートラックの荷台に乗っているのを見てディークは驚愕した

散々勿体付けてゲイルが工房に持ち込んだ「拾い物」の正体を知ってやはりというか唖然としてしまったのだ

それは腕だった。それもかなり巨大の、二メートル近くあるエクステンダーの片腕だった

ダイキンの乗っていたエクステンダー・ビルド1984Dの砂色の腕が確かな質感と存在感を伴ってそこに存在する


「こいつは…」


「ん…なんだ。何か知っているのかディーク?」


「いや…なんでもない。以前に似たような機体の腕を見たことがあったんだ」


ディークの不審な様子にゲイルが声をかけてくるが彼は誤魔化さざるを得なくなった

このことを話すとあの件も話さなければならない。レオスの事を彼は知っているはずだが

当の本人は旧友に心配をかけまいと全てを話さなかったらしい。個人の事はなるべく詮索しない「アウター」の掟でもある

そして、あの事を話すと黒い外套を纏った不思議な少女の事も話さなくてはいけなくなる

あの少女がこれをやったとしたら驚きだが、なぜか彼女を如何わしい集団が探っているらしい事は

先日彼の事務所に現れたクム・ジョウグンという男を見れば分かる。話せば彼も巻き込んでしまうかもしれない

彼女は明らかに普通ではなかった。五人のハンターを圧倒し、エクステンダーをも恐らくは打倒してしまった名も知らぬ「黒き少女」


「そうか…この型は割りと見るからな」


「済まない。少し見ていいだろうか? 気になるところがあるんだ」


「ま、酷く乱暴に扱わない限りは壊れたりしないからな。構わんぞ」


ディークは荷台に乗って片腕をじっと観察する。この腕一のもう片方はレオスを掴んで人質にしていたのだ

そして肩の辺りがきれいに内部骨格に当たるフレームごと切断されている。断面はまるで磨いた鏡のように綺麗で顔が写るほどだった

一体、あの得体の知れない少女はどうやって…右腕だけ切り落とす所業をやって遂げたのか?


「…しかし、きれいに形が残っている。もう片方の腕…いや、本体は?」


「黒焦げの鉄くずさ。恐らくジェネレーターの冷却系をやられて余剰熱で燃料に引火したんだろう

そもそも残っていた残骸の痕跡からこの機体の持ち主がまともに整備していたとは思えんがな

コクピットは爆発して跡形も残っていなかったようだ。仏さんを弔ってやりたかったがあれじゃあしょうながねぇ

だから供養代わりに墓だけ作ってこいつだけ持ってきたのよ。まぁ、ジャンク屋っていうのは早い者勝ちだからな

それに、奥で眠っている『アレ』の修繕に使えるかも知れねぇ。規格は丁度合うだろうし、破損も少ないからな

しかし…誰がこれをやったのか想像がつかねぇ。エクステンダー同士の戦闘は数回見た事があるんだが

よほどの技量の差がない限り、大抵双方がボロボロになるんだが誰がやったのかねぇ? 此方としちゃあネタを暴きたいがお前さん何か知っているか?」


「……いや」


ディークは黙っているしかなかった。もし、ビルド1984Dの右腕を彼女が切り落としたとしたら

とんでもない所業を成し遂げた事になる。そしてそれが可能であるとされる幻の武器の存在が頭に過ぎった

実在するかどうかも分からない『光の剣』という詳細不明な装備。無論、彼は見た事もなかったのだが


「…あれって、まだ作っていたのか? 二年ほど前に評議会の連中が注意してきたはずだが」


間の悪さを誤魔化すように話題を繰り出す。ゲイルは口髭の下でニヤリと不敵な笑いを浮かべて言った


「その件は、上の連中にちょいと貸しがあってな。見逃してもらっている

尤も…飛行機でも作っていない限りはいきなり捜査される事もないだろうがよ」


セブンズとの『不可侵条約』の一つ。それはアウター内ハンターギルド管理下において民間人の航空機製造を禁じる制約だった

理由はコロニー付近への急激な接近を防ぐことと、テロリストによる爆撃を警戒しての事だろう

それに、過酷な環境で生きるアウターの人間はコロニーに閉じこもって保護された楽園を教授する市民に良い感情を持たない

だからこそ航空機への警戒は理解できないことも無い。尤も…向こう側が砂漠付近に一日何度も軍用機を飛ばしてこなければの話だが


「ああ、そうか。まぁ…今日見たことは秘密にしとくよ。でも現役のハンターの前でそんなこと言う?

だが、『アレ』が完成したらぜひ見せてくれ。結構楽しみにしてるんだぜ」


「心配するな。ちょうど規格に合うパーツが見つかったんだ、調整に苦労するが半年以内には出来上がだろうよ」


そう言ってゲイルは屈託の無い、それでいて子供のような無邪気な笑顔を見せた

ディークも彼に笑い返したが、心からそう思えなくて笑い顔を作るのに少し苦労してしまう

ダイキンの事も少し負い目に思っていたからだ。そして今何処にいるかわからないあの少女にも人殺しをさせてしまった

自分が挑発しなければ…いや、過ぎた事を悔やんでも仕方ないのかもしれない


「おい、お前のライドホバー直してやるから手伝え。久しぶりに腕を見てやる」


「ああ…たまにはあんたの下で油で手を汚すのも悪くないな」


こんな父親の元ではリベアもさぞかし苦労するだろうとディークは思う。彼がここを出て行ったのは

ハンターになるためであって此処の生活に疲れたわけではない。ゲイルやリベアと過ごした少年時代は楽しいもので友人も沢山作った

そして彼の予感では、あの少女の周りで何かが起きようとしている。いや、既に異変は起きているかもしれない

持ち前の勘がそう叫んで脳内で警鐘を鳴らしているのをディークは感じずに入られなかった







夜の荒野を失踪する影。それは無事修理に成功したライディングホバーバイクを駆り、砂埃を巻き上げ

赤い鉢巻をたなびかせつつ、荒廃した大地を駆けるディーク・シルヴァの姿だった


「やっぱり、おやっさんはすげぇな。重力緩和サーボの異常を修理するなんて」


独り言を告げつつ、自分の町に戻る。絶好調なマシンの様子だとあと一時間ちょっとで付けそうだ

それに、夕食もご馳走になってしまった。オニオンスープと自家製オリーブオイルを使った簡単なトマトサラダ

どれもこれもあまり美味しくないドロッとした食感のレーションに比べれば、贅沢すぎるほどだ

だが、携帯食料もそう悪いものばかりではない。すぐに消化され、最低限の栄養は摂取できるし容器も自然に分解される

味も少し贅沢をすれば、先ほどのサラダほどに無いにしろまぁまぁ味を楽しめるのが手に入る

しかし、予算と相談して大量に買い込めるような種類を考えたら自然とそうなってしまったのだ


「まぁ、お陰さまで舌を肥やさないでおいたから良かったと思うか」


一息吐きつつも、ホバーバイクを走らせるディークの顔は少し残念そうだ

それはそうだろう。纏まった収入が入るまでは明日から不味いレーションとの共同生活が再開するだろう

しかし、ホバーバイクが直ったので。多少は故障を気にせずあちこち走り回れそうではある

情報屋は割と足を使う職業だ。コネクションと酒場で金を握らせての聞き込みで貴重な情報を得る

それだけじゃなくたまには探偵業まがいの事もやって見せたりするし、招集がかかればハンターとして現場に借り出される

大昔の言葉を引用すると二足の草鞋を履いているようなものだ。正直に言うとかなり辛いものがあった


(だが、遣り甲斐があるのも確かだ)


ディークはアウターで懸命に生きている人間が好きだった

ハンターの仲間達は無論そうだったし、レオスやゲイル、そしてサウロやリベアといった身近な人たちを愛していた

彼らは皆自分を育てて、今日まで支えてきてくれた人間だ。彼らの事を守りたいとは思う

そして、この荒廃した大地で逞しく生きているアウター全体の人間達が大好きだった

彼等の為に命を使えるのならば何の理由もない。自分みたいな死に損ないは十年も前に一旦死んでいるのだから

それがディークがハンターをやっている理由であり、彼の信念でもあった。彼は家族の顔を知らないので

アウターで世話になった人間全てが家族だった。だから、彼等の為に働けるのなら何だってやった

彼の原点…あの時の悪夢は今でも夢に見る。もし、あの時彼がレオスに助けられなかったとしたら――――


「なんだ…?」


物思いに耽っていたディークは、妙な音が後方から聞こえてくるのに気付いた

ホバーバイクの砂を巻き上げる独特の音はよく耳にした親しみのある動作音なのだ

しかしそれと微妙に違うエンジン音が少なくとも二つ。ミラーで忍び寄ってくる影を確認した時

ディークはアクセルを吹かしつつ、自分の住む町とは反対側の方向にハンドルを切った


背後のホバーバイク二機も進路を切り替えたディークに追随するように、後を追った

追跡者は黒い服を纏い顔もヘルメットで顔も見えず、ディークの一回りも大きいマシンを駆っている

カウルは鏃のように尖り、鋭角的かつ攻撃的な印象を与える。バイクの全体像から見ても禍々しいシルエットは

ディークはその機種に思えがあった。アジアンマフィアが好んで使用しているとされる改造車だ


(なるほど、誰かさんの恨みを買ったのか…?)


彼が向かったのは岩が多い荒野地帯だ。しかしそこに向かうには五キロの砂漠地帯を横断しなければならない

二機の追跡者は順調に自分を追ってくる。速度はほぼ同じだが徐々に追いつかれているような気もしなくはない

ゲイルには悪いが、恐らく向こうの方が自分より高性能なバイクを使っているのだろうとディークは推測した

一体、誰の命令であのバイク達は自分を追うのか?


(このタイミング…まるで図ったかのように? 俺を追ってくるのは、まさか!)


小太りのアジア人。クム・ジョウグンの両生類のような顔が思い浮かぶ

これまでにも似たようなことは数回あった。つい最近のダイキンの件もある、ガセ同然の情報を誤って掴ませてしまい流血寸前の事態になったことも

つまるところそれだけ恨みを買いやすい情報屋にとって命を狙われることは日常茶飯事なのだ

そうなるとディークを狙う動機のある人間はそれなりにいるように思えるが、ここ一ヶ月は特に何もなかった事を考えると

あのアジアンマフィアの男が自分を付け狙って来た可能性が高い。黒い少女に関して何か知っていると確信しているのだ


(あの子…一体何者なんだ?)


ディークはここ最近の一連の騒動に、単なる不運以上の原因を模索せずに入られなかった



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