2‐1 陰謀の足音

コロニー内部の日の出は定められた時刻に天蓋スクリーンによって表示させられる立体映像に過ぎない。

その立体映像は3Dホログラムを空間中に投影させるかなり高度な技術であり、雲や雨といった地上での現象も正確に再現してくれるのである。

他にも気温調整や湿度調整といった環境調整システムも完備しておりさながら「大異変」以前の地上環境をほぼそのまま再現可能で、建造物の清潔を保つ目的で特殊な調合がなされた人体に無害な洗浄液を雨のように降らせることも可能である。

この「内周」にはかつて人類が日の下で謳歌していた全盛期の時代がほぼそのまま保存したかのような街並みを堪能することが出来る。

しかしながら電力的な問題で直径10キロにも及ぶ広域全体に表示させられるわけでもないため特権階級が暮らす内周の範囲内にのみ限られており、厚い仕切りによって区切られた労働者階級が過ごす「外周」では無機質な金属色の天蓋が目に映る光景なのである。

このような時代であっても悲しいかな人類は格差を作り、一部の人間だけが利益を享受するシステムの構築によって支配者層の生活は保護されているのだ。


その報告が来たのは陽も昇らぬまだ早朝のことである。起きていた男は椅子から身を起こした

古代のギリシャ・パルテノン神殿を模したドーリア調の内装の部屋の中―――それだけでも男が有数の権力者であることが連想される

更に入り口付近には門番代わりか一対の狼の像が置いてあった。ふくよかな毛並みが細かく、北欧の雪国育ちの白黒の毛並みが微妙な毛の角度の違いで生じる影によって彩色なしで再現されている逸品であり、その瞳には宝石が埋め込まれている。

コロニーの技術力ならばこのような複雑な造形も財に頼れば3Dプリンターによって短時間で造形することも容易いのだが、部屋の主は知己の職人による手作りにこだわっていた。それは主がレトロチックな趣向に理解があることを示していた。

だが彼は何もかも手作りに拘る懐古主義者というわけではなく、適材適所で必要なものを効率的に使う合理主義者である。


彼が持っているのはこの屋敷だけではない。政務の効率上、コロニー各地に別荘を作ってありこの場所も宿泊を目的とする一時的な拠点に過ぎないのだ

そんな男が部屋に入ってきたばかりの部下に尋ねる。束の間の休息に数ヵ月後に訪れる娘への誕生日プレゼントを考えている最中の時であった

さらさらした蜂蜜色の長い髪に合うと思い、指折りの職人に織らせた最高級のシルクのドレスを前に送った事はある

しかし何が気に召さなかったのか一度も着ていないことを耳にしており、外周の人間が想像が付かないほどに高い金をかけた分それが残念だったが

息子達は既に成人しているが全て母親が違う。総じて母親の身分は低く別家の養子に出してはいたが、既に他界した妻の血筋が娘しかいないのが気掛かりで素質はあるものの彼女はまだ幼い。

教育係はディノス自ら厳選した人選で問題もなく育ってはいるが、やや好奇心が強すぎるのは年ゆえだろうか?

ブリテン・コロニーのガドモンと会談があるのでその際に彼女を同行させるというのはなかなか悪くないアイディアだろう。あのコロニーは統治者の意向で農耕や牧畜がおこなわれている場所がある。食事も新鮮な野菜や肉が味わえるし乗馬でも体験させて気を紛らわすのも悪くないだろう。向こうの社交界に彼女をアピールしておくのもコネクションの構築に役立つだろう。

彼が多忙な公務の合間に暇を見つけて会ってみようかと思っても『計画』の影響で数年は叶わないだろうことが分かりため息をついていた時だった。


「貴方様へ報告に申し上げたいことがあります。ディノス様」


「何かあったようだな」


ディノスと呼ばれた男は怪訝そうに眉を顰める。体格がよく北欧系の掘りの深い顔立ちだが、実年齢より若く見える目元に小皺が寄った、不機嫌な気持ちを隠しきれていない

部下の男の声に僅かな動揺があるのを感じ取る。『計画』が漏洩したのか?そんなことは無い筈だ…いや、あってはならない

あの事件から自分は十数年かけてこのプロジェクトを進めてきたのだ。それにこれは人類の為でもある。いまさら後に引ける事など出来はしないのだ


「調査によると…光の剣…アークブレードを持つ人間がアウターにいる可能性が極めて高い事です」


知らせを聞いた男は僅かに目を見開いた。それが驚きの感情か、または恐れから来るものなのかは彼自身にも分からない

ただ、一つだけ明らかなことがある。それは『光の剣の持ち主』は相当な手練だと言う事に間違いない

彼の持つフォトン・レイドはアーク・ブレードと使用されている技術は大きく異なるが根幹の設計は似通っており、更に後者には【とある素材】が用いられていると聞く

それはかつて存在していた月面政府と地球が愚かな戦争を行う原因の一つでもあった忌むべき存在の一つだ

巨大な力はコロニーを、果ては世界を統治するのに必須だった。いずれ大きな秩序の下に全てを纏める為に…

だが、この状況は強力な力が野放しにされている事に等しい

そしてそれが敵対組織の領内にあるということはそれだけで自分達の権力を脅かすことになる

凶暴な変異種と死闘を繰り広げる向こうのハンター達は手強い。『協力者達』の情報が正しければだが

そんな彼らが光の剣を持っただけでどれだけ恐ろしい脅威となるか、男はよく熟知していた


「…そうか、素性は割れているのか?」


平坦そのものの句校で男は聞いた。目の前の青年は遠い昔に命を助けて以降、自分を慕っていた。

コロニーの中で自分が異端分子ということも知っている。

嘗て友と慕っていたあの男と再び対峙する為にも手駒は揃えておく必要があった。


「まだ分かりませんが…探り出して消しますか?」


男は数秒黙考した後、ある指令を部下に下した


「いや…コロニーからの脱走者の可能性もある。うまく使える可能性も講じてリオンに命じて監視させておけ。

例の計画の為にも火種はあえて残しておく可能性はある。アウターに既に手は打っているのだろう?」


「その点については抜かりはないかと…それではリオン様に伝え探し次第、始末を付ける様に言って置きましょう。

そして…あの機体の実験もガリアレスト家の工業プラントを使って進めていくことにします。水面下で進めている我等が『計画』の為に…」


「なるほど、ラウルはあの家をうまく掌握しているようだな」


ラウルとはディノスが若い頃に誕生した庶子であり正式な嫡子テロスの腹違いの兄である。

母親とはすでに死別しており今では親戚筋で工業用プラントを保有するガリアレスト家に養子に出していた。


「はい。流石はご子息です」


「事は内密にしたいが、我等の手だけでは限界がある。ならば、しかるべき者達の力も借りないといけないだろう」


「ですが…」


「【北京閥】のアウターにおける影響力は絶大だ。それに後々の事もある、彼等との協力関係は保っておきたい。借りを作らない程度に…だが」


「…はい」


命令を承った部下は胸に手を当て、恭しく服従の意を示した後に静かに部屋を去ってゆく

その顔には男の命令を何一つ疑うことの無い、狂信者の危うさを秘めたものではあった

部屋に残った男はそれ自体が工芸品のような豪華な椅子に腰掛け、なにやら考えているように顎に手を上げる

男は四十代半ばではあるが三十代の艶と張りを保った整った容貌の中に、幾多の謀略と権力闘争の中で生き残ったような厳しい顔で天蓋スクリーンに投影される、人が造った偽りの朝日を見上げていた

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