1‐2 レオスの教え


「よう、何とか助かったお嬢ちゃん。だけどな、次からあんな危ない真似するんじゃねぇぞ

ハンターはいつも危険な目に合わされてる。だからストレスも溜まっちまうのさ、ダイキンみてぇに血の気が多い奴も珍しくは無いぜ

それに、一人でこんな店なんかに来るんじゃない。親はどうしたんだ?いや…」


コロニー市民でも無いのに、アウターの子供に親がいないなんて珍しくもねぇよな…ディークは胸の中で呟いた。

そもそも、大人でもアウターで生きる事は難しいのだ。ハンターでも無い一般人なら尚更である。

この世界で命の価値が非常に安い。ドームのような閉鎖都市を建造しかつての文化的な生活とやらを追い求めている。

子供が一人で生きるとしたら、それこそ大変だ。男なら変異種が現れるような僻地で奴隷同然に働かされるし。

若くて幼い女の場合は多少金回りが楽にはなるだろうし、上手くいけば収入が安定するだろうが…より胸糞悪くなる方法に手を染めなければいけない。

その事をディークは機嫌の悪い酒の席で愚痴るほどに嫌悪していた。仲間の内からも変わっていると言われる。

だが、人は公衆便所のような真似をしなくても生きねば成らない。何故ならば此処はこういう世界なのだから。


一部の裕福層か幻の【コロニー】移住権を持つ人間なら話は変わってくるだろう。

だが、天国行きのチケットを掴める人間なんてごくごく一部と聞くが、ディークはそんな人間を見た事がなかった。

それこそ今は完全に砂漠化し、廃墟となったユーラシアの中部付近で一粒の砂金を掴むより難しい所業。

ハンターの身であり、様々な情報に精通している【銀狐】ディークならばその方法を知らないわけではない。

そしてそれを試みた人間も知っている数で十の指を優に超える。しかし…その末路はどれも悲惨な結末に終わった。

大体、資源を浪費する昔の優雅な生活なんかに知らないし興味は無い。そもそもディークが物心ついたころにはそれは幻想となっていたから

今も人間達はアウターの鉛色の空の下で必死に自活できているのだ。


「……」


「おい…シカトかよ」


がっくりとディークは肩を落としそうになる。黒い外套を纏った少女は無表情のままカウンターの席につき金貨を置いた。

ギルドが発行しているガルド金貨。表面には片翼の翼が彫られ、ナンバーも刻印されている本物だ。

この酒場に置いてあるのは半分近くが成分を調整した合成アルコールだったが。値段はかなり高くつくが純正の【酒】も用意されていた。

店主が店を開く為に世界各地、様々な場所から取り寄せた宝物だ。無論、コレクションの芭集にはディークの貢献もある。

文明が後退し、衰退した世界ではかつて大量生産品としてマーケットに溢れたありふれていた品物の一品でさえ入手するのにかなりの手間とコネが必要になってくる。

そういった旧時代の品物は「天然物」といわれ贅沢品となっており、その偽物が非合法組織などによって大量に裏マーケットに出回っている有様なのだ。

それでも人類が生活を続けていられるのは宇宙開拓期に開発された合成品の食料や飲料、衣服や資材等の研究技術が広まっていたからだ。


「…純正のアルコールを」


「あいよ、俺の負けだ…金は要らん。今日は出血大サービスだ」


「おいおい、いいのかよ? 子供に酒なんか出して…」


「やっこさんの様な可愛げの無い子供がいるかよ? それにアウターじゃいつ死ぬかわからねぇだろう?

こんな奴には酒くらい好きなときに飲ませてやっても構いやしねぇよ。きっと鋼鉄の胃袋でも備えてるんだ」


「へいへい…」


マスターは即座にグラスに液体を注いで少女の目の前に置いた。

彼からして最上級の代物だ。先程何もしてやれなかった詫び入れというのもあるかもしれない。

こういわれては子供だとか論理感だとか…そういった細かい事は気にしなかった。他人に迷惑をかけるわけでもない。

仕事塗れで時間が無い人間にとっては、僅かな暇を見つけ酒を呷るか賭け事をするくらいしか娯楽は無いのだ。

目の前の少女はそのいずれかにも当てはまりそうに無かったのだが…


「ディーク。お前も来い」


「ん…何ですかい? マスター、いや師匠」


「一杯やる…俺のおごりだ。それに、もう空けちまったからな」


「へっ、そうかい。おごり過ぎて店がつぶれても知らねぇぜ?」


「常連をそれなりに抱えてんだ。そうそう潰れはしない」


注がれたもう一つのグラスを少女の隣に置き、マスターは鬚の良く似合った人当たりのいい笑顔を浮かべる。

ディークも同じく白い顔に少年のような笑顔を浮かべ、グラスを掲げてみせる。

二人とも歳の離れた友人のような間柄であり、ディークもハンター駆け出しの頃は彼に良くお世話になっていた。

そして何時死ぬかもわからないこの過酷な世界で培った師弟の絆は、何よりも重宝すべき宝だった。


「済まないな師匠。この酒はあんたがハンターでパシられた頃、依頼人から貰った高級品なんだろう?」


「…俺はその子の事を見捨てようとした。ダイキンに勝てないと解っていたんだ、だから諦めた

言い訳にしかならんが、自分には妻とこの店がある…無茶をするわけにはいかない。お前に助けられたんだよ」


「そうか、リンクスさんは石化病で治療が必要だもんな」


石化病。それはこの世界全土で人類を苛む新種の病気であった。

腕や足の末端から徐々に動かなくなり、やがては石のように固まってしまう。

それだけならまだいいのだが病がさらに進行すると今度は内蔵や肺などの臓器に大きな負担を与えやがては死に至る。

病の進行のプロセスが遅々としているため、発見に気が付いた時は手遅れになる…という事もざらであった。

この病に明確な対処法や治療法などは見つかっておらず。原因もわかっていない。

過去の戦争の時代に地上で使われたというナノマシン兵器が原因という研究もあるが明確な因果関係を示すまでには至っていない。

そのせいか【治療】と称して旧時代的な怪しげな悪魔祓いのようなまじないや儀式を行う新興宗教団体が幅を利かせているのも政府にとって悩みの種であった。

そして「コロニー」と呼ばれる地球上に12基存在している俗にいうシェルターに所属している者達はこの病から逃れるために隔離しているのだという噂がある。

「コロニー」に所属する人間に対する「外」の人間…すなわちアウターに所属する者達は彼等に好意的な印象を抱くものは少なかった。


「もう、ハンターなんて危険な職業にはこりごりだ。それなりに生き甲斐は感じたが、命がいくつあってもありやしねぇ

評議会とコロニーのセブンズの確執なんてどうでもいい。俺達はこうして生きている…それでいいじゃねぇか

裏切りと、人の死には腐るほど立ち会ったよ。俺にはこうしてチンケな酒屋を開きながら

妻を守って、静かに老後を過ごす…それでいいのさ。多くは望んだりしねぇ

お前もどうだ? 今よりは稼げねぇかもしれなェが安定したいい仕事を紹介するぜ。

ハンターを兼ねた情報屋なんてどこからでも恨まれる商売だろう?リベアもいるだろうしな」


「悪いが…この仕事が好きなんでね。まだ辞める訳にはいかないのさ」


ディークは笑みを浮かべる。彼が銀狐(シルバーフォックス)と呼称され、ハンターや一部の人間から強烈に恐れられる「情報屋」の一面。

彼は年相応の柔和な青年の顔から、瞳には隙をうかがう狐のように鋭い輝きを宿していた。

それは一条の銀光を抱く、一本のナイフのような鋭さと脆さを秘めたものである。

未来を切り開く若者の意思の輝きをディークの中に見て、ふっと顔を和らげた。

彼自身も過去に似たような光を自分の眼の中に宿していた事を知っていたのだ。自分も理想の為に…

だが、夢は叶わずに体も傷を負って老いも患ってしまった。

今は家族しか守ってやれない自分自身が恨めしい。昔ほどに肉体が言う事を聞かない事がこうも辛いとは。


「そうか…なら何も言わん」


「あんたに教えてもらったことだが情報という武器の恐ろしい。だけど、それは人を破滅する事も…救う事も出来るんだ

青臭い理想だとは解っているさ。だけど、困っている奴を助けたい。それが偽善であるとわかっていても」


「お前はお前の戦いを続けろ、ディーク。俺は家族を守る為に戦っていく

この世界で生きる事は戦いなんだ。それがどんなに困難な出来事であっても人は生きる道を選ばなければ成らない

人間を一人生かすだけでも難しい。お前はどれくらいの人間を救えるか? それだけを考えろ」


「ああ、解っているさ」


二人は握手を交わす。それは男同士の友情の証を確認する儀式でもあった。

ディークは引退したとはいえ、レオスを人生の師として尊敬していたし。

また、レオスもディークの青臭い理想とやらを見守るのも悪くないと思っている。

彼にとって笑顔が似合いお人よし過ぎるこの青年は弟分であり、手塩にかけて育てた息子のような存在なのだ。


「……」


二人の様子を流し目で眺めつつも、静かに少女はグラスを軽く揺らし中の褐色のアルコールを静かに呷っていく。

それはもう手に入らない、失われた過去の思い出を振り返る儀式のように見えなくもなかった。



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