第2話

 廊下の出入りが激しい。人混みは少し苦手だ。高校三年生の夏、私は来年も同じ時期を過ごすのかと考えていた。そんな中で今日は顔にかかるはずの髪がかからない。あの佐藤俊介が髪をピンで留めてくれたおかげだ。ああ生きていたんだという絶望と期待の正反対の感情がぶり返してくる。長いはずのスカートも短くされている。私の中身だけ置いてきぼりだ。落ち着かない。


「落ち着かない」


 女の声と男の声が行き交ううるさい教室が、しらけた。皆が目を見張って私を見ている。私は本を鞄から取り出して、机に置く。これが至福の時間だった。周りの騒音をかき消してくれる。


 しかし下履きを地面に叩きつけながら歩いてくるもの数人。女の声の中に複数男の声もある。横目でちらりと見ると、ああ神様嘘であってくれ。


「あれー? 目が合っちゃったよー、みねもとちゃーん」

「ぶっ、無視されてやんの」


 どうして私の至福の時間が邪魔されているのか.......。


「無視はダメだよー、みねもとちゃーん」


 この男はこの学内で二番のチャラい男、向井亮むかいりょう


「な、なんですかー」

「おお、可愛い声」

「信じません」

「あっはー、バレちゃったか」


 何がでしょうか。この橘ありさは御世辞は聞き飽きています。


「いや、みねもとちゃん。この男に気に入られたら一巻の終わり。元の世界には戻れないよ」


 長い髪を結んだ女の人、名前は左みどりひだりだっけ。元の世界には戻れないよってどういうことだろうか。


「左さん、それどういうこと」

「ああ、わかってない感じ」


 左さんとその隣にいる、向井さんは顔を見合わせてまずいなという顔をしている。


「いい、俊介から話は聞いてる。改めて自己紹介。私は左みどり。変わった名前でしょ。こいつは俊介の側近で向井亮。いーい? 俊介に睨まれたら一巻の終わりだと思っていた方がいい。あなたは気に入られたみたいだけど御気の毒様」

「とりあえず、みねもとちゃーん。行くかー」


 向井亮に肩を抱かれた。左さんは後方を監視している。


 一体、何が起きているのか。私にはわからなかった。その時の私はただのおまぬけなガキだった。





 ___いうまでもないがこの後、私が思っていたような学園パラダイスのようなことは起きない。私は見事、佐藤俊介の手ほどきを受けてこの高校を卒業したが佐藤俊介は退学処分を食らう。ここから話すしばらくのことは彼が過ごした唯一の青春と言えよう。

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醜く、美しいもの 赤井 @ryuryuryu3678

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