第42話 「思い出がアンタの加護になるわ」

 


 あたしが街に出ると、街の人達の視線が集まるのは、前回も感じていた。

 それは護符屋の代理店長を見る目なんかじゃない。

 アンディがダンジョンで言っていた尊敬と畏怖――。

 エメラルドはそれに敬愛が含まれていたけれど、あたしに対してそれはなかった。当たり前よね、下手したらスタンピード引き起こす人物以外の何者でもない。

 ただ明らかに依然と異なる視線なのは確かだ。


 ポリーの勤め先は前回の店とは別の店だったけれど。

 入店すると、店長があわててあたしに対応する。

 そんなに見た目……変わったかな?


「先代様に雰囲気が似てこられましたね、エメさん……いや、エメラルド様」


 如才ない挨拶をされて、以前のあたしなら、へどもどするところだ。


「そうかな……あまり、自分ではそう感じないけれど」


 店主がそういう印象を抱くとしたら、傍にアンディやアレク、オルセンさんがいるからだろう。

 でも、アレクにも言われた。

 魔女になった暁には、魔女集会にだって顔をださなければならず、押し出しのいい見た目も必要となると。

 あたし的にはダンジョンでいつ死ぬかわからなかったけれど、この小さなアンディがいてくれるなら、攻略できそうな気がする。今からでも、そういうイメージは固めておいた方がいいだろう。

 あたし自身も……死なずに、攻略する気持ちでいる。


「ポリーがいるって聞いたのだけど」

「ポリーですか?」

「元気?」

「お知り合いですか?」

「以前、占いをしてあげたのよ。ちょっと気になってね」


 そう言うと、店主は頷いて「こちらへ」とあたし達を案内してくれた。

 店舗の裏に小さな小屋があって、そこが工房で、数人のお針子が楽しそうにお喋りをしながら、服を作っていた。


「ブラックスパイダーの糸って丈夫~アレクネのは艶がいいけれど!」

「アラクネの糸は、やっぱ、女性用の衣裳でしょ、外国でいうお貴族様用よドレス縫ってみたいなあ」

「でもこのお店は攻略者用の服が主力商品だから、そっちの方がいいと思います。あたしも兄の服をそれで直してましたし」

「あたしのお父ちゃんもだよ」

「弟がダンジョン攻略者になりたがってるの~でもさ~危険だから、お母さんが店をやれって止められてるのよねえ」


 比較的若い娘さん達ばかりで、和気あいあいとした雰囲気だ。


「あ、店長!……と……」


 そのお針子さんの一人が店主に気づいて、顔を上げてあたしを見る。


「エメさんだ……」


 そう呟くと、お針子さん達は一斉に顔を上げた。

 その中に見覚えのある女の子がいる。

 15、6歳ぐらいの少女。栗色の髪にうっすらとしたそばかすに、青い瞳。

 ポリーだ。


「あ、あの、店長どうしたんですか? 次期、エメラルド様が来店とか、もしかして、お洋服のオーダーなんですか⁉」

「わー! ドレス! ドレスなの⁉ ここはダンジョン攻略者用の服を専門だったけど、憧れてたんですよ! 女性用!」

「ばかなの? 次期エメラルド様なら現在ダンジョン攻略中だから、うちに来たのよ!」

「そっか! でも、最近は女性の攻略者も増えてるからってマギーが提案してたじゃないですか!」

「そこでいきなりすごいお客様を引っ張てきたわ! 店長、すごい!」

「でも店長のお店なら絶対いい客くるって、思ってた!」

「魔女ご用達になったら、店舗を拡大!」


 口々にそんな言葉をいいながら、彼女達はゆっくりながらも作業中の手を止めない。

 そういうところ、いいな。この店のお針子さんたち。みんな元気があって活気があって。

 地に足つけて生活してるのが。

 彼女達の迫力に圧されて、店長は口を開く。


「いや、そのポリーに……」


 店長の言葉を遮って、あたしは言った。


「いいわ、店長、採寸お願いできる? 普段着でいいの。攻略用はすでに領主様から貸与されているから」


 店長は少し考えるようなそぶりを見せて言った。


「ポリー、採寸を」


 店長にそう指名されて返事をする。


「はい!」


 ポリーに促されて別室にて採寸される。


「お召しになってた服は、ダンジョン攻略用って言われてましたけれど、甘辛で素敵! ですね」

「ポリーは……以前、会ったわよね」

「わ、覚えててくださったんですか⁉ 兄と一緒に、エメラルド様の護符屋に以前、付与をお願いしに行きました!」

「ええ、占いもしたわ……あの時占った事、ちょっと気になってきたのよ」

「わざわざ!?」

「うん。もう一度、占ってもいいかな?」

「最速で採寸します!!」


 この子のこういうところ……サムに似てる。

 ポリは採寸を手早く終えてチェックして「おわりました」とあたしに声をかけた。

 あたしも着てきた服に着替えて、ポケットからカードを取り出す。


「あ、でも、あたし……お金持ってないし……」

「いいのよ、あたしが気になっただけだから」


 察して、この言葉で。頼むから。

 アンタのお兄さんはもう、アンタの前には二度と現れない――。

 あたしが真実を伝えると、ポリーは泣き崩れるだろう。

 だから、カードが導く占いの事象を伝えるから……気づいて。

 そんなあたしの内心を知らずに、ポリーは無邪気に一緒にカードをシャッフルする。


 いつもどおりにカードを並べて捲る。

 過去の位置にはやはり身内との死に別れがでていた。

 それが今も続くけれど、好転のカードだ。

 最後に出てくるのは―――……。


「ポリー、あんた、恋人いる?」

「いえ?」

「運命の人が現れるって」


 ポリーは両手を合わせてそばかすの散った頬をピンクに染めた。


「今は、つらいことがあるけれど、アンタは近いうちに、恋をして、その人と結ばれるわ。でも……」

「でも?」

「選択を迫られるとは出てる」

「……」

「アンタはこれから今までの不運からバランスをとるように幸運が舞い込むけれど、そのたびに、選択を迫られるわ」


 この子は大きな仕事と結婚が舞い込むのよ。

 どっちをとるかは彼女次第だけど、いずれも幸運。

 サム、あんたの妹は元気だし、幸運の未来が見えている。

 肩の荷が落ちた気がした。


「……未来は……幸せ」

「うん」

「過去の不運? って今も続いているんですか?」

「……そう、カードには出てるわね。身内の死――……」


 あたしがそう言うと、ポリーは肩を落とした。

 兄のサムの死を、ポリーは連想したのだろう。

 事実なのだけど。でも。


「思い出がアンタの加護になるわ」


 あたしがそういうと、ポリーは俯いていた顔をあげた。


「えへ、エメラルド様にタダで占ってもらったのが幸運なら、これからあたし、幸運続きですよね!! みんなに自慢しちゃお」 


 ほんと、ポリー。アンタのその前向きさ、兄のサムにそっくりね。



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