第27話「あたしが、魔女エメラルドになる……」



 護衛をつけてセントラル・エメラルドの自宅に戻ったのはいいけれど。

 馬車が……アダマント様の紋章が入ってるヤツだった。

 セントラル・エメラルド内でも、やっぱ目立つよね。

 自宅兼店舗の前に停まると、お隣のパン屋さんに並ぶお客さんの視線が、乗ってきた馬車に集中してるのがわかる。

 そんな好奇心な視線は気にしていても仕方ない。あたしが気にしなければならないのは住宅兼店舗のことよ。

 ここ、二週間ほど留守にしていたけれど、大丈夫かな。

 護衛はアンディさんとオルセンさん、あとアレク。

 馬車から降りる時、アンディさんが「エメラルド様、どうぞ」と、手を差し伸べてくれた。

 その仕草にきゅんってきた。可愛いー!

 ダンジョンの中だけじゃなくて、外でも紳士なの!? 小さな紳士!! 可愛いぃい!! 将来子供ができたらこんな子になって欲しい!! 

 でも。


 ……魔女に子供はできない……。


 うん。知ってる。その事実を思い出し、一瞬の焦燥感に包まれる。

 でもアンディさんとアレクの笑顔を見たら、ちょっと気持ちがあがった。

 いいもん。二人がいるもん。

 二人とも、ルビィ様の子みたいなもんだから、あたしの子にはならないけれど。


 簡易魔法付与のロックを解除して扉をあけて、店にはいる。

 シエラがちゃんと時折店舗に入って掃除してくれてたりしたのもわかる。

 ありがたいな。


「オルセンさんと、アンディさんはここで待っててください」


 一応、ほら、女性の一人暮らしの家だったし……。

 アレクはあたしの後ろをついてくる。


「アレク、散らかってるよ」

「大丈夫です。先代エメラルド様の方がもっとアレでした」

「それは否定しない」

「ルビィ様もそうです。セントラル・ルビィのお屋敷はちゃんと執事も家政婦長もいるので、整頓されてますが、森の別宅や屋敷内の研究室や学園の個別に与えられた教員室とかは結構アレですから。わたしはそこを片付けていたので、お任せください」

「へ、へえ……」

 ルビィ様……親近感……。

 エメラルドと仲がよかったのも、そこらへんの感覚が合ったんだろうな。

 チェストから肌着を取り出してアイテムボックスにしまおうとすると、アレクがあたしの手を止める。

「下着系は買い揃えましょう。これらは破棄しましょう」

「へ? なんで?」

「エメさん、先代様とかルビィ様よりアレではないですけれど、貧乏症ですね。生地傷んでるっていうか伸びてますよこれ」

「わー!! アレクちゃん!?」

「ワードローブも、ちょっと失礼……すくな!!」

 アレクはパカッとクローゼットを開けて、第一声を放つ。

 ……。

「エメさん、客商売していたんですよね」

「は、はい」

「似たようなデザインで似たような配色しかない服とかってどうなんですか……」

「ダメですか?」

 小さい子にダメ出しされるあたしって……。

「お店でも制服あるところはありますけれど、エメさんの護符屋はそういう店じゃないでしょう? 服は買い揃えましょう、アイテムバッグに詰めるのは基礎化粧品ぐらいでいいでしょうね、お気に入りのアクセサリーとか、本とか小物とか生活雑貨があったら持ってくぐらいで。あ、この服はいいですね。これは持っていきましょう」

 アレクが選んだのは商会の寄り合い会合に出席する際に着る服だった。

 会合には年配者もいるから、それなりの格式とかそういうのが必要とか言われて、慌ててシエラと一緒に選んだヤツだ。

「町内商会の会合用の一張羅……」

 あたしが呟くとアレクは頷く。

「なるほど。エメさんは魔女の後継なんです。中層階に到達してスタンピード阻止した魔女となれば、魔女集会にだって招聘されますよ。そこで舐められないためにも、自分のエリアがあって、そこを守護する魔女だっていう押し出しのいい見た目が、時には必要だったりするわけです」

「……はあ……」

「ルビィは頓着しませんけれど、それはルビィに実力があって、他の追随を許さないから。ルビィに敵う魔女がいればお目にかかりたいですけれど」

 めっちゃ、ルビィ様に心酔してるのね。

 わかるけれど。

 すると、階下の店舗から声が聞こえる。


「エメー!!」


 シエラの声だ。

 あたしは慌てて、階段を降りて、店舗に戻ると、ドアを開け放って、あたしの姿を探すシエラを見る。


「シエラ!!」


 シエラはあたしに向かって一直線に走って抱き着く。


「エメ、エメ、生きてた~!!」

「生きてるわよ!! ていうか、アンタ逃げなかったの? あたし、三馬鹿に伝言したはずなんだけど!?」

「聞いたわよ、でも、でも~!! エメ一人おいてどこに行けって言うのよ~」

 涙声で、そんなことをもごもご言う。

「旦那がいるじゃないのよ」

「そうなんだけど旦那は……ダンジョンに潜ったきりなんだもん……」

「親父さんは!?」

「お義父さんとお義母さんは、ここに残るって……」

「ばっ! 説得しなさいよ、危険だからって!」

「お義父さんもお義母さんも、危険だから、あたしは別のエリアに行けって言うけれど、みんながここに残るのに、一人でなんて行きたくないわよ! スタンピードが起こっても、アダマント様が街を護ってくださるって信じてる人もたくさんいるのよ……ダンジョンに入るのは……エメなのに……」


 町のみんなの感覚はわかる。

 あたしでも思うわ。

 最悪、あたしが死んでも、アダマント様がなんとかするだろうって。

 でも、ここはセントラル・エメラルドなのよ。

 エメラルドが守った土地なのよ。

 そしてあたしはエメラルドから名前を貰った……。

 周囲に流されるように、やけっぱちで二回ほどダンジョンに潜ってきたあたしだけれど。

 今後は、覚悟を決める。


「シエラ、大丈夫」

「エメ……」

「あたし死なないわ」


 同じ孤児院にいて、姉妹のように育ってきたシエラ。

 あたしの子供時代を知る数少ない友人。

 改まって、宣言することで、あたしは意思を強める。

 言葉に力を乗せるしかない。

 二人とも、同じように、「将来は、お嫁さんになりたーい」なんて言って、花冠作って遊んだ記憶。

 シエラはその夢をかなえた。

 あたしも同じように思っていたけれど、現実はそれを許さない。

 理想的な伴侶。

 可愛い子供。

 家族で、ずっと一緒に……そんな夢が叶わないなら……。


「あたしが、魔女エメラルドになる……」


 あたしは、力を手に入れないとだめだ。

 淡く儚く綺麗な夢は、手に入らない。

 それなら……力が欲しい。

 せめて用意された目の前にあるものを掴まないと、生きている意味もないじゃない。



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