特別教室限定の交換日記

カユウ

第1話

 特別教室の机の落書きだけの交換日記。たまたま同じ席に座っているだけといううっすいつながりも、やりとりが100回を超えてくればそれなりのつながりにもなる。どちらが言い出したのか忘れてしまったが、顔を合わせてみようということになった。


「クラスや名前、連絡先を書くのは面白くない。文化祭であちこち動き回るかもしれないけど、いくらなんでもぬいぐるみだけで特定できたらすごいわ」


 交換日記に書いているときはノリノリだったが、いざ文化祭当日を迎えてみると、気持ちが落ち着いている。いや、現実的に考えてこんなんで顔合わせできるはずがないというあきらめだろうか。通っている高校はマンモス校で、二年たった今も話したことがないどころか、顔を見たこともないやつがいるらしい。一学年あたり二十クラス、人数で言えば約八百人くらいいるのだ。それが三学年いれば、そりゃ顔も見たことないやつがいてもおかしくない。特別教室で同じ席を使っているくらいの関係性なのだ。会えないほうが当たり前ってことで。ちなみに俺はライオンのぬいぐるみ。相手は牛のぬいぐるみを持つことになっている。いくら文化祭でも、ぬいぐるみを持っている男子高校生は少ないだろうから、どっちかといえば見つけてもらう待ちだな。

 そんなことを考えながら、頭にライオンのぬいぐるみをつけた俺は、熱した鉄板の前で片手にへら、片手にパックを持ち、焼きそばを詰めていっている。明日は保護者や外部の人がくる。例年、飲食物は混雑がひどいから、どれだけ早く人をさばけるかにかかっているといってもいいくらいだ。


「作り置きはこれくらいかな。お客さん少ないようなら、弁当売りな感じで売ってきてもらうか」


 鉄板の上にあった焼きそばをすべてパックに詰め終えると、鉄板をへらで掃除する。お客さんがやってきたら、売り子役のクラスメイトがお金と引き換えにパック詰めした焼きそばを渡していく。昼にはちょっと早い時間帯だけど、ソースが焼ける匂いには勝てないだろう。

 次の焼きそばを用意しようとしたとき、牛のぬいぐるみを持ったそいつはやってきた。目尻が下がり気味の大きな瞳にすっとした鼻筋、口は小さく桃色。顔の輪郭は少し丸い感じ。肌は白いが病的というわけではなく、透き通るような白さ。髪は黒く、肩あたりまでの長さで、ハーフアップにしている女子生徒。そして、彼女の腕には牛のぬいぐるみ。

 つい視線が牛のぬいぐるみに寄ってしまう。俺の視線を感じたのか、友達と談笑していた彼女がこちらを見た。その瞬間、彼女の目が見開かれ、驚いているのが見てわかる。たぶん俺も同じような表情をしているのではないだろうか。会えなくて当然と思っていた過去の自分に伝えてやりたい。思いのほか簡単に会えてしまったぞ、と。


「あ……な、え、ちょ」


「え……あ、う……」


 お互い言葉にならない言葉を発しつつも、会話するには至らず。俺は焼きそばを作り始め、彼女は焼きそばを買って出店を後にしていった。


 焼きそば作り係が交代になり、休憩がてらクラスメイトがバンドで出るというので体育館に足を運ぶ。クラスメイトの出番よりも早く体育館についてしまったようで、体育館のステージでは高校一年生の劇が行われていた。タイムスケジュールを見ると、劇の次がバンドらしいので、中に入って待つことにした。空いている席に座ったとき、俺は自分の目を疑った。ステージの上に、先ほど牛のぬいぐるみを持っていた女子生徒が立っていたのだから。


「うそ、だろ」


 つい口をついて出た俺の言葉は、劇の効果音でかき消された。

 クラスメイトのバンドを見てから体育館を出たが、正直バンドの内容を覚えていない。我ながらこんなにもビックリするとは思わなかった。


 後日、特別教室の交換日記で声をかけなかったことをお互いに指摘しあった。やっぱり予期せぬタイミングでの顔合わせになってしまったのがよくなかったのだろうな。


「明後日の放課後、改めて顔合わせ、ね。うまくいくようがんばりますか」

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