言葉を覚えるために日記を記す

三枝 優

日記帳

 彼は新しい言葉・・・例えば外国語を覚えるとき、日記を記すことにしていた。


 日記に書くのはたわいのないこと。

 どんな服装をしたとか。

 どんな食事をしたとか。

 誰と会ったとか。


 後から読み返すこともほとんどない。

 ただ、新しい言葉でたどたどしく記していくだけ。


 そんな日記も、年月を重ねるごとに増えていってしまう。


 令和の時代になったことだ。

 いい加減処分しよう。

 そう思って、隠していた日記帳を引っ張り出す。


 久方ぶりに見る自分で記した文字。

 そこに、懐かしい名前など見つけたりして。

 ついつい眺めてしまうのだ。


 手伝ってくれている友人は呆れている。

 そして、友人はパラパラと日記をめくって・・・・






  驚きの表情で聞いてきたのだ。







「おい、ヒロ。これって・・・おまえが書いたんだよな?」

「ん?そうだよ。あぁ・・それはかなり昔に書いた物だね」


 友人が手にしているのは羊皮紙。

 おそらくはヨーロッパにいた頃に書いた日記。



「これって・・・ひらがな?」

「うん、そうだね。ひらがなを覚えようとした時の日記だよ」


 その当時は、句読点などない時代。

 おそらくは、現代人には読みづらいだろう文章。

 それを食い入るように友人は読んでいる。


「なぁ・・・」

「何?」


「ここに““に会ったって書いてあるように見えるんだが・・・」

「あぁ、そういえばそんなこともあったね。懐かしいなぁ」


 唖然とする友人。


「マジかよ・・・本当に織田信長なのか!?」

「さぁ?本人はそう名乗っていたよ?」




 ヒロは思い出し、懐かしさを覚えた。

 ローマで出会った日本人たち。


 支倉という若者と、織田信長と名乗る老人。

 おそらくは90歳を超えているだろう・・・それでも背筋がまっすぐな眼光鋭い老人であった。



 彼らに出会って、ヒロは久しぶりに日本に行ってみたくなり、支倉と一緒に日本に向かったのであった。


 なお、織田はローマに残ることを選んだ。

 

 そのバイタリティに溢れた老人のことはとても印象に残っていた。

 ヒロは、ローマの港で手を振っていた彼のことを思い出し、懐かしい気持ちになった。





「マジで・・・??本能寺で死んでなくて・・・慶長遣欧使節に参加して・・・・???」


 思い出に耽るヒロ。

 隣では、ブツブツと呟きながら友人は日記帳を必死で読んでいるのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

言葉を覚えるために日記を記す 三枝 優 @7487sakuya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ