KACが終わらない!?

篠騎シオン

物語を愛するすべての人たちへ……

『ありがとう愛してる、私だけのヒーロー。』


そう書いてふーっと息を吐き出す。

うん大丈夫、確認して投稿ボタンを押す。

タグの新着に、私の作品が表示された。


「今年もKAC完走!」


時刻は真夜中。もう夜明けも近い。

体が痛いが、喜びはその痛みを上回り、私は部屋の中を跳ね回る。


今回のKACは相当厳しかった。

なんと今までで初、つまり四年に一度目の第11回の募集があったのだ。

ただでさえ忙しい3月のおうち時間、ゆったりタイムを削って書くのだ。

1回の差はかなり大きかった。


私が喜びの舞から視線を戻すと、PC上になにかポップアップが出現していた。


「なんだろう」


『今年も完走おめでとう。KAC大好きなあなたを、終わりのない世界にご招待!』


読み終わった瞬間、目の前が真っ白に……再び視界が戻ったとき、そこには。

文字が揺蕩う際限のない世界が広がっていた。


「えっ、っと?」


私は目をしばしばとさせる。

けれど、不思議な空間は消えてなくならない。


「なにここ、どこ?」


見回しても文字と白い空間ばかり。

なにかないかと慌てて体をまさぐると、ポケットに紙とペン、そして一台のスマホ。


「スマホがあれば一安心!」


そう言って電源ON!

けれどよく見てみれば、それは私じゃなかった。

そして表示されるのはカクヨムのサイトのみ。しかもどんなに操作してもカクヨム内から移動できない……


「使えないじゃん!」


スマホを投げ捨てようとして、サイト内に見慣れない文言があるのを見つける。


むげんKAC 、尊い世界へようこそ。私と読者と仲間たちのために、そしてあなた自身のために物語を紡ぎ続けてください』


ちょっと待って、むげんKAC?

それ、なんてホラー?

KACがこの世界では無限に続くってこと……?

終わったと思ったらこんなどんでん返しがあってたまるものだろうか。


「いーや、落ち着け私! 決めつけちゃいけない。ミステリーと仮定してみたらどうかな。ミステリーなら解決方法。つまり、脱出方法が見つかるはず!」


思考を懸命にポジティブに! でも手掛かりがない……


「あっ、カクヨムガイドは?」


思いついて、リンクをタップしてみる。

若干のラグのあと、画面はガイドを映し出した。


『はじめての∞KACガイド』


「キタコレ! なになに、この世界では、1日に1度お題が出題され続けます。あなたは紙とペンを使って物語を創造することが出来ます……ってこれだけ!? てか、時間のハードルがさらに上がってるんですけど!!」


私が叫んだ直後、頭上からいきなり文字が降ってきた。


『お題:初めての体験 縛り:性に関連する描写×』


それはずーんと目の前の空間に、居座った。

いやー、存在感ありますね。

しかも、お題だけじゃなく、縛りまで存在するんですかー。

ひえー。


感情が消えていく。

しかし、お題をこなさないとどうなってしまうか分からない。

やけくそで紙に今までのことを書き殴る。


「こんなっ、わけのわからない空間にっ、閉じ込められるなんてもちろん初めてなんですけれども?」


600文字書いた瞬間に、紙の上に投稿ボタンが出現する。

どうやら、この世界でも下限600文字のルールは生きているらしい。上限は……今は関係ないか。


「よしっ、投稿!」


紙の上に現れたボタンを押すと、目の前の空間にぽっかりと穴が開いた。


むげんKACの神髄に迫りたい方はこちら』


「神髄とかどうでもよくて私解放されたいだけだけど。まあ、行くしかないか……」


落ちてきた説明文を横目に、私は穴の中へ進む。


穴の先には広大なお花畑が広まっていた。


「ぬしもKACを完走したくちかぇ?」


花畑の手前で声をかけてきたのは茶髪、白い帽子をかぶったおじいさん。どこかで聞いたことのある声、そしてどこかで見たような顔だよなぁ、と考えていると、今度は遠くから女性の声が聞こえてきた。

こちらも聞き覚えのある声だ。遠くから火炎放射器(なぜ!?)片手に走ってくる。


「ちょっと手伝ってくださいよ!」


彼女の顔を見てはっと思い出す。


「あなたたち、カタリさんとバーグさんですか?」


そうそれは、カクヨムのあまり目立たない(失礼)ほうのキャラクター二人だった。

いや、待って待って。

その二人だとして、なんでカタリさんよぼよぼなの???


「あ、お客さんですね。いらっしゃい! にしてもあなたも災難ですね、こんなコメディに巻き込まれるなんて」


軽快に笑うバーグさんに私は慌てて突っ込む。


「いや、笑える話じゃないですからね。なんで、カタリさんこんなで、あなたはそれ持ってて、むげんKACなんですか?」


私の要領を得ない質問に、バーグさんは少し唸った後ににっこりして答えてくれる。


「お題書き上げられなかったら、それにつき3周年分くらいかな、加齢していくんです。んで、活字が苦手で作品仕上げられなかったカタリさんは、こんなお姿に」


「ワシだってスマホがあったらかけたわい! この世界、紙にしか執筆できなんだで……」


確かにガイドに執筆は紙とペンのみと記載されていた。


「おぬし、ペンでもスマホでも書ける二刀流じゃったんだな。羨ましいわい。ワシ、あれからお題たくさん逃してるから、88歳くらいになってしもうたかのう」


「そうですね。でも、私の観測では21回目の執筆不達成以降、彼に加齢の症状は見られないのですよー。ちなみに、私はAIだから年取っても変わりません」


『お題:あなたの嫌いなもの 縛り:恋愛禁止』


お題が降ってくるとともに、カタリさんが光った。

何も変化は起きない……と思いきや、彼はぱたりと倒れてしまう。


「え?」


バーグさんはカタリさんの首に手を当てる。


「あっ、寿命でしょうね……安らかに。で、この火炎放射器でしたね。これは、『拡散する種』という無限増殖する花の物語の進行を少しでも遅らせるために燃やしているのです。この世界の大部分は、KACで描かれた物語世界なんですけど、なかなか凶悪なSFものも多くって」


軽っ、カタリさんの死。そんな扱いでいいんだろうか。

私はちょっとそんなバーグさんに恐怖を感じつつも、老化というこの世界の恐ろしいペナルティを知ってしまったので脱出を一層決心して尋ねる。


「この世界の脱出方法知ってますか?」


「ええっと、私も詳しくは知らないんですけど。この世界を生み出したのは……って、種が来てるうううう!!」


火炎放射器を片手に迫る植物を燃やしにかかるバーグさん。


「ちょっと、もうこれあと最後、の3分間くらいしか防げないかも! 物語を紡げば、他のエリアへの道が開きます。お願い、3分で書いて」


「は? 3分で600字⁉」


「この世界を救う術は、フクロウと日記にあると言い伝えられています。そのこともイメージして書いて!」


そうか、切り札はフクロウ、つまりカクヨムのトリってことか。

私は納得しつつも、紙に向かってペンを走らせようとしてお題の難易度と時間に唇を噛む。待って待って、フクロウと日記と私の嫌いなもので恋愛禁止を3分で?

1分だけお題について考えた私は、汚い字、最高速度の速記術で物語を紡いだ。

これぞソロ推し活で鍛え、推しの言葉を一言一句逃さずに書き残すことに青春をかけてきた私の真の力!


私は主人公をある動物に当てはめ、日記調にした物語を3分間で紡ぎきった。


「出来ました!」


穴が開く。

私は彼女に手を伸ばす。


「行って! この世界を救って!!」


植物に飲み込まれていくバーグさん。


ありがとう、あなたのこと、大好きでした。


せめてジャンルをシチュエーションラブコメ(百合)風にすれば、次回には復活しているとか考えてしまうのは、ギャグ漫画の読みすぎだろうか。


二人との出会いと別れを乗り越えて、この世界を進んでいく。



2度目の穴の中。

しかし、今回は最初とは様子が違った。

2種の異なる扉。

トリ行ともう1つ。迷う余地はない。

しかし、1番目の扉に手をかけた瞬間、私の第六感が働いた。

私はUターンして2番目の扉を開けるのだった。



「ねえ、協力してくれないかなー?」


穴をもう一度くぐった私は、ついにトリのもとへとたどり着いて彼に問う。


「いやだねー」


にやにや笑うトリ。

その様子を見て、私は直観してしまう。

すべての黒幕はこいつだと。

そうと決まれば、遠慮はいらない。


「この物語を焼き鳥が登場する物語にしてもいいんだけど? さあ、日記を渡しなさい!」


「焼けるもんなら焼いてみなー!」


馬鹿にしたように飛び回る。

いいさ、私には切り札がある。


「行け、必殺猫の手!」


「にゃああああ!」


それは、前回の物語で主人公にした猫ちゃん。

2番目の扉から連れてきた最強の刺客っ!


そうして私は、猫の手を借りた結果、日記を奪取することに成功した。


へなへなとトリは座り込む。


「……ボクは、KACが永遠に続けばいいと思った。でも、運営さんはずっとはみんなが大変だから駄目と言ったんだ。だから、みんなの執筆の辛い思いを日記に隠せば、無限にKACが出来ると思った。その結果、この世界が産まれた! うまくいっていたはずなのに……」


私はそんな彼に言葉をかける。


「トリさん。KACは最高のお祭りだよ」


私は、トリから取り上げた日記の中身を見る。


作者たちのKACの数々の苦労。

わかる、わかるよ。

滅茶苦茶大変だった。

でも、このお祭りがないのも寂しいよね。


「ゴールがあるくらいでちょうどいい」


胸にあふれる思い。

そして涙も、私の目からあふれてくる。

それは雫となって日記帳の上に落ち、そして――



ピピピピピピピピ


目覚まし時計が鳴り、私は飛び起きる。


「KAC!」


一瞬寝ぼけていたが、すぐに鮮明に思い出す大冒険。

あれは夢だったのだろうか。

机の上を見てみると、日記帳と開いたままの作品公開画面。

キャッチコピーは「今までの計36回のKACに捧ぐ物語」。


投稿されていることにほっと息を吐いて、作品ページへ。


冒頭をこうだ。


『物語を愛するすべての人たちへ……』


再び完走の余韻に浸る。

一瞬焦ったけど、最高の目覚めだった。


ありがとう。

そして6周年おめでとう、カクヨム。

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KACが終わらない!? 篠騎シオン @sion

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