第2話

「え?俺あのまま死んじゃったの……?」


「そりゃそうじゃろう。働きすぎなのじゃお主は。さすがに1日3時間ほどしか眠らぬのは体を壊すことくらいわかるじゃろうに……」


 幼女女神は少し呆れた顔でため息をついていた。


 たしかに、最近は農園の拡大で元々長かった労働時間がさらに長くなっていた。朝2時に起き、夜は10時に帰宅するという生活がここ1ヶ月ほど続いていたのだ。


「じゃあ俺もう農業ができないのか……?」


「まあそうじゃな。お主が祖父の背中を追って農家を志しているのも知っておる。その夢はもう叶えることは天と地がひっくり返ろうともありえないのじゃ」


「そ、そんな……」


 衝撃的な事実を知った俺は膝から崩れ落ちた。

 じいちゃん、ごめん。じいちゃんみたいな立派な農家にはなれなかったよ……。


 もう農業ができなくなってしまったことに打ちひしがれていると、幼女女神は慌てたように俺の元へと近づいてきた。


「ま、待つのじゃ。説明が足りなかったようじゃな、申し訳ない。お主が農業ができないというのは本当じゃが、それはあくまでお主が生活していた世界での話じゃ!」


「俺の生活していた世界……?」


「ここからの話はわらわの希望なのじゃが……お主、別の世界で農業ができると言ったらどうするのじゃ?」


「行きます!農業ができるのならどこへでも!」


 農業ができるのであれば、たとえそこが地獄だろうが構わない。それほど俺は農業を愛しているんだ……!


 俺は農業ができると聞いて、幼女女神の両手を握り締めた。


「俺はどこへ行けばいいんだ?今すぐにでも行こうじゃないか!」


「ちょ、ちょっと待つのじゃ!焦るでないこの大馬鹿者!」


 あまりにも俺の距離が近すぎたのだろうか。幼女女神は握りしめていた俺の手を振り払い、俺を突き飛ばしてしまった。


 突き飛ばされた俺は、真っ白な部屋の壁に叩きつけられた。


「だあああああ!背中があああああ!」


「あわわわわ、悪かったのじゃ。お主、大丈夫か!?」


 俺のことを突き飛ばしてしまった幼女女神は、慌てて俺の元に駆けてきた。

 幼女女神は痛みで苦しんでいる俺のことを起こし、優しく背中を撫でてくれた。

 

「いや、俺も悪かったよ……農業ができると聞いていてもたってもいられなくなってしまった」


「わらわもすまない…………男に手を握られるなど初めてなのじゃ……」


「ん?なんか言ったか?」


「な、なんでもないのじゃ!それより椅子に座るのじゃ。わらわが先程申した、別の世界について話をするのじゃ」


 そうして、再び俺と幼女女神は椅子に座ることにした。まだ、突き飛ばされた際の痛みは消えていないが……。


 説明を聞く前に、俺はひとつ気になっていたことを幼女女神に聞くことにした。


「ところで、お前の名前ってないのか?ないなら幼女女神と呼ばせてもらうが」


「幼女女神などと呼ぶでない!わらわにはカミラという名があるのじゃ!」


 ほう、この幼女女神はカミラという名前なのか。その見た目だとカミラちゃんって呼ばれてそうだな。


「まあ名前のことはもうよい。お主の元々の身体はすでに死んで魂を受け入れることができなくなったのじゃ。そのかわりに、わらわが別の身体を用意しよう」


「それは生まれ変わるということか?」


「いわゆる転生とは違うのじゃ。わらわが用意する20歳程度の身体に、お主の魂を植え付けるのじゃ。お主は記憶を保ったまま、新しい身体を手にすることができるのじゃよ?」


 なるほど……しかし、もう俺の身体は使い物にならなくなってしまったのか。それは少し寂しいものだな。

 まあ、農業ができるならなんでもいいか。


「よし、じゃあ早速その新しい世界とやらに案内してもらおう」


「ちょっと待つのじゃ!まだ説明の途中じゃろう!」


 今すぐにでも農業がしたい俺はカミラを急かすように、早く連れて行けと言ったがカミラは説明があると言って再び俺を椅子に戻した。


「はあ、どうしてお主はそれほど落ち着きが無いのじゃ……?説明が終わるまでそこでじっとしていられぬものか」


「いやあ、体がウズウズしちゃって……」


 俺が頭をかきながら誤魔化し笑いをするとカミラは呆れたようにため息を吐いた。


「まったく……説明を続けるぞ?ともかく、お主は新しい身体で新しい世界に向かうことになるのじゃが……お主をここへ呼び寄せたのには理由があるのじゃ」


「理由?」


「お主が向かう世界では、農業は当たり前に行われているのじゃが……どうも農業があまり発展しないのじゃ。時折、わらわに上納される作物もあまり美味しいものではない。そこで、お主には新しい世界で農業をする環境を整える代わりに、わらわに美味しい作物を上納して欲しいのじゃ」


 カミラが俺をここへ呼び出し、新しい世界で農業をさせるのはそういう理由だった。

 つまり……。


「美味しい野菜なんかが食べたいってことだな?まかせておけ!俺の蓄えた農業の知識が火を噴くぜ!」


「しかし、お主の向かう世界は地球とまったく違うのじゃぞ?科学がほとんど発展していないかわりに、魔法と呼ばれるものが存在する。それに地球の作物はまったく存在しないし、ステータスプレートなんていうのも存在するからお主がやりたい農業とは違うかもしれない」


 ……魔法?ステータスプレート?

 いきなりそんな話をされてもさすがについていけないだろ!


「ちなみに魔物と呼ばれる凶悪な生物もいるのじゃ」


「いやいや!まじのファンタジー世界じゃん!絶対生き残れる自信ないんだけど!?」


 農業やってる暇じゃないでしょ、それ。畑耕している間に魔物ってやつに襲われて死なない?


「まあ、聞くより見た方が早いじゃろ。先にお主のステータスプレートを用意しておいたのじゃ。ステータスオープン、と言えばプレートが出てくるはずじゃぞ」


「準備良すぎだろ……。まあいいや、ステータスオープン」


 俺がそう呟くと、目の前に半透明の板のようなものが現れた。


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