錬金農家〜異世界でも野菜が作りたい〜

まぐな

第1話

「暑い……誰も助けてくれないのか……?」


 俺は多くのミニトマトが育てられているビニールハウスの地面に倒れていた。


 ビニールハウス内はミニトマトの生育に適した30度ほどの気温になっており、地面で倒れたまま動けない俺の体力を蝕んでいった。


 もうすでに、おれがこうやって倒れてしまったから、優に30分は経っていた。


 なぜこうなってしまったのか。それは俺が就職した大規模農園がかなりのブラック企業だったからである。


 俺は農業高校を卒業した後、すぐに一流企業が運営するこの大規模農園に就職することになった。

 俺が入社した頃、朝の5時から夜の8時までが就業時間だった。それが毎日である。

 休暇を取ることはまったく許されず、風邪を引こうがギックリ腰になろうが構わず出社させるようなブラック企業だった。

 労働基準法に喧嘩を売るような会社である。


 しかし、そんなブラック企業に勤めて早6年が経とうとしている。

 なぜ、俺がそんな会社に勤め続けるのかと高校の時の同級生は、口を揃えてそう言い不思議がっていた。


 理由は1つだけである。


 農業を愛しているからだ。


 俺のじいちゃんは田舎で農家をやっていた。小さい頃、両親と共に何度か帰省した際に、畑で仕事をするじいちゃんの背中に憧れた。


 俺も将来、じいちゃんみたいな農家になるんだと意気込み、高校は地元から遠く離れた農業高校へ進学した。

 そして、数多くの作物を出荷する大規模農園で働くことは、将来自分の畑が持ちたい俺からすると絶好の就職先だった。

 

 色々なことをここで吸収して、そのうち田舎で自分の畑を持つというのが俺の夢だった。


「ここで死んだら、その夢も叶わなくなるだろうが……!」


 俺がこんなブラック企業で我慢し続けることが出来たのも、その夢があったからだ。


 最近は農地の拡大も行われて、さらに就業時間が伸びていった。睡眠時間はわずかしか取れず、さすがに体も堪えてしまったのだろうか。ハウスの中で倒れてしまった俺は手を動かすこともできなくなっていた。


 こんなところでくたばる訳にはいかないんだ……!


 そんな思いも虚しく、徐々に目の前が真っ暗になり、俺の意識はそこで途絶えてしまった。




 ビニールハウスで倒れたはずの俺は、なぜか真っ白な部屋で目を覚ました。


 ここは病院だろうか?

 

 そんな考えもよぎったが、どうやら違いそうだった。


 俺が目を覚ましたのは、この部屋に唯一ある真っ白なダイニングチェアの上だったのだ。


 まさかハウスで倒れた病人を椅子に座らせるなんてことはない……よな?

 目が覚めると病室のベッドの上だった……なんていうのが普通だと思っていた。


 じゃあここはどこなんだ?


 そんな疑問がふと頭に浮かんだ時、先程は誰もいなかったはずの俺の後ろから声が掛けられた。


「ここは天界なのじゃ」


 いきなり聞こえてきた声に驚き、すぐさま振り返った先にいたのは……


「小学生……?」


「初対面で失礼なことを言うのじゃなお主は……」


 俺の目の前にいたのは同じく白いダイニングチェアに座る、小学生のような幼い少女だった。


 いや、どっからどう見ても小学生だろ。親御さんこんな子を放って何やってるの?


「はあ……わらわの見た目が幼いことは認めよう……じゃが、お主の未来はわらわにかかっておると言っても過言じゃないぞ?」


「えーと……迷子になっちゃったのかな?お父さんかお母さんはどこかな?」


「わらわはこれでも女神なのじゃ!お主の死んだ魂をここへ呼び寄せたのじゃよ!」


 目の前に座る女の子は独特な話し方をしていた。しかも自分が女神だなんて言い始めた。このくらいの子はいろんなものに影響受けやすいからな……。


「……信じられぬならよいじゃろう。お主のパソコンに保存されている『農業の歴史』というフォルダを両親に送りつけてやってもよいのじゃからな」


「ちょ!ちょっと待てよ!なんでそんなこと知ってるんだよ!」


 あの秘密のフォルダはあたかも農業についてまとめたものに見せているが、その中にはそれはもう、パラダイスな画像がたくさん詰まっている。

 そんなのを自分の親に見られる訳にはいかない!


「もしお主がわらわを女神と認めるならそのフォルダごと削除してやらぬこともないが、どうするのじゃ?」


「信じる信じる!信じますから……って消しちゃうの?俺のパラダイスがたくさん詰まっているのに?」


 あのコレクションを集めた時間はゆうに数百時間を超える。そんなフォルダを消されるのはちょっとなあ……。


「別に親に送られなければ俺は安心して過ごせるんだけど?」



「ああ、そういえば言うのを忘れていたのじゃ。お主、ビニールハウスの中で倒れて、そのまま死んでしまったのじゃよ?」



「…………はい?」


 目の前に座る幼女女神(仮)は、当たり前のようにそんなことを言い出したのだった。

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