日記

宿木 柊花

真実の日記

 真実まみは何かを始めようと思いたち、小さな雑貨の店を訪れていた。


「なにこれオシャレ!」

 それは少し埃が積もった古い本だった。

 かわいい物で溢れている店内とは違い、シックで革の質感の装丁に包まれている。茶色は深く艶があり、貴族の革靴を連想させた。

 真実は迷わずレジに直行していた。




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 日記に未来の事を過去形で書くと夢が叶いやすいと知る。真実はニタリと不気味に口元を歪ませた。

 日記に【*月*日 小テストで一番になった】と書いて今日はもう寝ることにする。

 予習も復習も欠かさず、予想されるテスト範囲は何度も復習した。それでも真実はどんなに勉強してもクラスですら一桁になれない。

 それはテストや発表など実力が試されると思うと緊張して頭が真っ白になってしまうからだ。そして頭とは裏腹に、顔は真っ赤に染まってしまい全く実力が出せないのだ。

 真実はそれを毎回のように嘲笑ってくる女子グループを一度でも黙らせたかった。

「今度こそ大丈夫、大丈夫」

 夢の中でも呪文のように自分に言い聞かせる。




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 翌日、真実は日記の通りになった。


「さ・い・あ・く~!」

 校舎三階の窓から乗り出すと腹の底から吐き出した。下校中の生徒が数名振り返るが気にしない。

 真実の手には握り潰された小テストがある。

「こうじゃなーい!」

 破裂寸前まで吸い込んだ息を文句と共に吐き出す。たぶん今ので人生最大の声量を記録したと思う。

 真実は一番になった。

 解答欄が全てズレていて先生の情けで一点だけもらった。解答欄が合ってさえいたら満点も夢じゃなかった。

「こんなもの~」

 お守り代わりに持ってきた日記帳。投げ捨てようとしてやめた。

「あッれ~ェ? 真面目な真実さんが学校に余計なもの持ってきてるゥ」

 唇を尖らせて嫌味たっぷりに嫌な女子グループ・リーダーAが現れた。取り巻きのBとCもAの影でクスクスと笑っている。

「いけないんだァ没収~ゥ」

 BとCの連携で抵抗する間もなく奪われてしまう。

「やめて、返して」

「うわッ、日記? まじウケる! 笑いすぎて腹筋が板チョコになっちゃう」

「Aさん、見て見て全部真っ白」

「何か書いてあげましょうよ」

 やめてと訴えたが、為す術もなく真実の日記には落書きされてゴミ箱に捨てられてしまった。

 拾い上げて落書きを見る。

【*月*日 放課後、真実は犬の○を踏んだ。靴の裏を確認しようとしたらバランスを崩し、ドブに転落。立ち上がると頭にカラスの○が降ってきた】

 きっちり書きやがって、と真実はすかさず消しゴムで消そうとしたが

 試しに自分で書いたページを消してみると消えた。


 日記は過去形。

 夢を叶えやすい条件はクリアしている。そして何より真実の【一番になる】より断然、具体性があった。

「あのおまじないが本当なら……」

 真実は出来る限りの対策をして校舎を後にした。




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 真実は公園で靴の裏を洗っている。制服は泥だらけ、頭の上にはハンカチを乗せている。ハンカチには鳥の○が付いていた。

「まじか」

 さっきから真実はそれしか呟いていない。

「あの日記ヤバイな」

 ━━ガチン

 夕焼け小焼けが流れてくる。少し音割れして真っ赤な色の空に不気味さを足す。

 夕方チャイム、午後五時を知らせる歌。


 洗っていた靴を置き去りに、真実は弾けるように走り出す。裸足のシンデレラ。

「ヤバイヤバイ!」

 真実はテレワークでサビ残に忙しい両親の代わりに家事をしている。六時には二人の弟に夕飯を食べさせ、九時には寝かせないといけない。


 急いで玄関に駆け込むと鞄を投げ、衣服を洗濯機に放り込む。鞄の蓋が開いて中身が散乱しても構っていられなかった。

 シャワーを浴び、髪も乾かさずに夕飯の準備を始める。

「ごめんね二人とも何もなかった?」

「大丈夫。俺もヨウくんも良い子だった」

 母が作って置いてくれる下味冷凍を活用しながら主菜副菜汁物を作り上げる。

 食卓に並べて漬物を添えたら、

「ごはん出来たよ~」

 奥の部屋からゾンビのような両親がぞろぞろと現れて流し込むように食事をする。

 真実は大きめのコップにお茶を入れて二人の食卓に並べた。

「あれ? まだあの子達来ないな」

 リビングにいたはずの弟たちはいつの間にかいなくなっていた。廊下を見てもトイレもいない。そういえば真実が放り出した鞄がなくなっている。そういうことか、

「いっくんヨウくん片付けてくれたの?」

 そう言いながら真実たちの部屋を覗くと二人して眠っていた。お絵描きをしていてそのまま眠ってしまったらしい。

「二人ともごはんだよ」

 ごはん、は魔法の言葉かもしれない。

 二人は目も開けずにふらふらと食卓に向かっていく。

「さてと、片付けなきゃね」

 夢中で描いていた絵は上手だった。恐竜のような怪獣が火を吹き、それに女の子がお玉を持って立ち向かうシーンが迫力満点に描かれている。

 片付けようと裏返して気付いた、濃い茶色の革表紙。

「私の日記帳!」

 よく見ると怪獣の上に【*月?日】と書いてある。日にちが読み取れない。


 真実はそのページを食い入るように見る。文字が一つもない。

 ならセーフ?

 そう思ってみるが、幼児の絵は文字と同じなのでは? と思い至った。


 リビングへ走っていき、ヨウくんに確認する。

「ねぇこれ書いたのヨウくん?」

 ヨウくんはコクリと頷く。

「これすっごく上手だけど、どんな何を書いたの?」

「それはね、ねぇねと怪獣」

「ヨウくん、ねぇねにもあのお話教えてあげなよ」

 いっくんの言葉にヨウくんがキラキラと瞳を輝かせた。

「あのね、怪獣がきて、ねぇねが戦ってヨウくん達を守ってくれの」

「描いた後で日記帳だと分かったから俺がちゃんと絵日記にしてやったぜ」

 二人の合作だったのか。

 真実はもう一つ聞く。

「何日って書いたの?」

「もちろん!」

「そうなんだ……」

 そう言った瞬間、遠くで犬の遠吠えとも違う体の芯に響く音が聞こえた。

 テレビ画面が切り替わり、見覚えのある町並みの中心に恐竜とも怪獣とも思える何かが立っていた。

「これ描いたの、チラノタウルス~」

「ティラノサウルスだろ」

 ティラノサウルスは上空に向けて火を吹いている。

「……まじか」

 真実は硬いお玉を選んで掴むと、ちょっと行ってくると出掛ける。




 帰ったらあの日記帳を燃やそうと決意して。

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日記 宿木 柊花 @ol4Sl4

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