古代帝国女官の全力日記

南木

全力日記、見られる

「ふぁはあぁぁぁぁ~~今日も捗ったわぁ……! 書くことが多すぎて、もうすっかり真夜中になっちゃった!」


 どもっ! アタシの名前はベルペルナ、どこにでもいる普通の後宮女官。

 女官とは皇帝のお妃様や、お姫様たちの身の回りのお世話をする、とっても大切で大変なお仕事なのです。


 今日も炊事に掃除に洗濯に、お姫様たちの御着替えの用意とか、やることが盛りだくさんですっかりくたくた。

 でもアタシは、仕事が終わったら寝る前にもう一つ日課をこなさなくちゃいけない。


 それは…………日記を書くこと!


 誰かに命令されているわけでもない、アタシが好きでやってることなんだけどね……

 とにかく、アタシがお勤めしてる「後宮」は元町民のアタシにとっては毎日がワンダーランドっ! お姫様たちのキャッキャウフフや、皇子様たちのあれやこれや! こんなのがお金貰いながら間近で見られるなんて、もう堪らない!

 それこそ、こうして毎日文字にして「出力」しないと、きっとアタシの心は「尊き想い」を貯めこみ過ぎて爆発四散してしまうだろう。


 皇子様もお姫様も皇帝も、時にはお手洗いで《検閲削除》しなきゃいけないのと同じように、アタシにとって日記を書くのはもう生理現象と言っても過言ではないはず!!


「今日は朝からすごかったなぁ……! 訓練場では朝から皇太子さまと、親善に来てる隣国の王子様が、ライバル同士模擬訓練と言う名の熱い決闘をしてたしぃ、午前のヴェナリア姫様のサロンは、参加したお姫様方の文化的教養が半端なかった!! それから、今日のお昼は町の屋台の串焼きを食べたけど、最近ちょっと値上がりしたなぁ。店のおじさんはもうそろそろお店も終わりって言ってたけど、大丈夫だろうか? まあ、午後には敵対派閥の女官同士の乱闘事件とか、城下町で火事騒ぎもあったみたいだけど、今日もこうして無事に一日を終えることができたわけで……あー、ありがたやありがたや」


 今日も内容が濃い一日過ぎて、本を5ページも使ってしまった。

 日記に使う紙のストックがまた減ってきたなぁ……貴重な紙を無駄遣いするなって怒られちゃうかな?



「べ~るちゃんっ、また日記書いてたの?」

「うひゃぁぉぉぉっ!!?? ヴェ……ヴェナリア様っ、ど……どしてここに、あばばばば……!?」


 びっくりしたぁっ!!??

 急に誰かが後ろから抱き着いてきたと思ったら、アタシが直接お仕えしてるヴェナリア姫様じゃありませんかっっ!


「もうお休みの時間でしょう!? なぜアタシのような女官の部屋に!?」

「寝れなくて詰まらないから、ベルちゃんの部屋に遊びに来ちゃった! ベルちゃんならこの時間でもまだ起きてるかなって」

「勘弁してくださいよ~……あたしの部屋なんて、女官長から「普段の掃除は完璧なのに、あなたの部屋は随分散らかってますのね」と嫌味を言われる始末で」

「ベルちゃんにとってはこの部屋は狭すぎるもんね~。こんなにぎっしり本があったら、そうなるよ」


 ヴェナリア様が、ありとあらゆる本でぎっしり詰まったアタシの部屋をなめるように見渡してくる。

 恥ずかしい、死にたい。


「それで、今日は日記にどんなこと書いたの?」

「あ~ちょっと!! まって、見ないでくださぁい!! ごしょーですからぁっ!!」

「ふんふん、あははっ。相も変わらずベルちゃんはよく周りを観察してるねぇ。同じ後宮にいる私の知らないこともいっぱい知ってるのね…………ほうほう、こんな噂もあるのね、ためになるわ」

「あぼぼぼばば…………ど、どうかっ女官長やほかのお姫様方には、ご内密に!!」

「そりゃそうよね、これだけ色々書けるなんて、間者スパイ顔負けだよ。妖精ケットシーにでも噂を集めさせてるの?」


 間者スパイだなんて人聞きの悪い……!

 アタシはただ、後宮で繰り広げられるありとあらゆる「想い」を一欠けらたりとも取りこぼしたくないだけで…………


「ふふっ、勝手に見てごめんね。じゃあ、お詫びと言っては何だけど、次の月の初めに、私と一緒にセスカー属州へ旅行に行かない? あなたがお供してくれたら、きっと楽しい旅行になると思うんだ♪」

「あ、あああ、アタシがお供ですか!? いいんですか、本当に!! 喜んで、喜んでお供しますぞ!!」


 ヴェナリア様は人の日記を勝手に見る悪魔かと思いきや、憧れだった帝国属州への旅行に連れてってくださるなんて…………ほぁぁぁ、女神っ! マジ女神っ!!

 後宮もいいけれど、見たことない景色をたくさん見られるなんて、素敵……!


「じゃ、当日までに準備しといてね! 旅は船で行くから!」

「わかりましたーっ! 楽しみにしてますっ!!」


 ぬっふっふ……まさかの姫様との旅行、楽しみ過ぎる……!

 でも、暫く戻ってこれないから、日記はどうしよう?

 アタシの留守中に女官長やほかの女官に勝手に見られたらと思うと…………ぬぅあぁぁぉぉぉ、こんな恥ずかしいもの他人に見られたらアタシは爆死してしまうっ!

 ましてや大勢に見せびらかされたら、憤死して怨霊となり、人類を呪いかねないぞ!!


「とりあえず……この前見つけた隠し部屋にでも保管しておきますか。あそこに隠せば、もし旅先で何かあってもこの先1000年は誰も見つけられないはず!」


 こうしてアタシは、今まで書いた日記やコレクションした本を後宮地下の隠し部屋に一時的に避難させ、ヴェナリア様と共に意気揚々と旅行に向かった。




 ×××




 では、本日の古代魔法文明学の講義を始める。


 諸君も記憶に新しいとは思うが、かつて古代魔法帝国の王宮があった場所で新たな遺構が発掘され…………そこから「古代随一の女性文学者」と名高いベルペルナ・マエキリウス女史が記した未発見の資料が見つかった。


 知っての通り、ベルペルナ女史はその先見の明から、王都で反乱がおきることを察知し事前に属州に逃れ、その地で前セスカリア王国初代女王ヴェナリアの即位に尽力したことで有名である。

 そして、彼女の記した随筆集「メッティウス・ヴェナリア・エギア年代記」は当時の文明の風習や事件が、高いレヴェルの文章力で事細かに記されており、第一級の貴重な資料となっている。

 この古代魔法文明の講義ができるのも、彼女が残してくれた資料のおかげと言ってもよいくらいだ。


 そして、この度新たに発見された資料は、驚くことに今まで存在そのものが謎に包まれていた古代魔法文明の帝国の様子が事細かに記されていたのである。

 皇帝を中心に「オルド」と呼ばれる後宮文化が存在することは、おぼろげながらも立証されていたが、新たな資料が見つかったことでその姿は確固たるものとなったのだ。


 発見された資料は奇跡的にも状態がよかった。

 古代の魔法で中身の劣化と存在の秘匿が行われており、文明崩壊による散逸を逃れることができた。

 これはおそらく、帝国の光も影も余すことなく記したベルペルナ女史が、皇帝の怒りを買うことを恐れて封印したものと思われるが、その封印はあまりにも巧妙すぎて3000年もの後の現代になってようやく発見されることとなったのであろう。


 ベルペルナ女史の残した膨大な資料は古代魔法文明言語で書かれており、その上量も膨大なので解読には今後も年単位での時間がかかると予想される。

 しかしながら、その文章の一端だけをとってもその文才はとてつもなく非凡であり、88年に及ぶ彼女の哲学である「アガフィア・アルケー」……則ち「たっとぶべきもの」の根幹がまだ21歳の頃から形成されているというのも、実に興味深い。


 ただ、歴史学者の中にはベルペルナ女史が残した資料のあまりの膨大さから、彼女一人だけでなく複数の著名な人物がおり、ベルペルナ女史は彼らの記したことをまとめたか、はたまたその時代の著名人のグループが「ベルペルナ」という架空の名前の下で共同作業を行ったか…………あるいは、他人の功績までも自分の物と記載したのだと推測する輩もいる。

 確かに私も、一人の人間が後宮女官という激務にありながらこれだけの資料を纏め上げたというのは、想像しがたいのも事実である。


 いずれにせよ、ベルペルナ女史は現代のわれわれに素晴らしい贈り物を残してくれた。

 子孫の人類たちがようやく彼女の置き土産を見つけ、古代の文明に想いを馳せていることを心から喜んでくれるであろうことは間違いないだろう。

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古代帝国女官の全力日記 南木 @sanbousoutyou-ju88

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