1-40 帰りたい

「……ったく、面倒くせえなあ」

 カジは城の裏庭にある地下牢へとやってきていた。

「なっ……貴様は!?」

 突然現れたカジの姿を見て、牢番の衛兵たちは驚きつつ困惑した表情を見せる。どうやら脱獄したことにはすでに気付いていたようだ。その上で、わざわざここに戻ってきたことに驚いている様子だった。

「こっちにも色々と事情があるのよ」

 慌てて身構える衛兵たちを峰打ちで一瞬にして気絶させる。

 牢番としていたのは下っ端が二人で、どうやら隊長のチャブレはいないようだった。正門で暴れるミレナの方へ応援に向かったか、脱獄した三人を探しに出たのだと思われた。

「エトたちの方には行ってないといいが……」

 几帳面に壁にかけられた牢の鍵をすべて回収し、牢が立ち並ぶ地下へと降りていく。じっとりと湿った空気が肌に張り付き、暗く静かな空間にカジの足音だけが響いた。

「おい、全員起きろ! 脱獄だ!」

 淀んだ暗闇を強引に照らすように、カジは大声で言った。

「時間はねえぞ! 早くしろ!」

 片っ端から鍵を開け、中にいる人間を叩き起こす。牢には全部で十二人が囚われていた。年齢や性別はバラバラだったが、みな一様にボロボロの恰好で憔悴しきった様子だった。

 突然の出来事に困惑していたが、扉の開いた鉄格子を見ると、全員恐る恐るその出口の方へ近づいてきた。

「詳しい説明はあとだ! とにかくここを出たい奴は俺と一緒に来い!」

 しかし、唐突に現れたカジに対し、囚われていた人々は戸惑いを見せる。牢が開かれたという事実と、目の前の男を信用してもよいのかという葛藤の間に揺れているようだった。懐疑と恐怖の入り混じった表情でカジのことを見つけている。

「大丈夫だ、俺はお前たちを助けに来たんだよ!」

 カジは牢から出ようとしないで固まっている人々に、焦りと苛立ちを覚える。ここで時間をかけていては、いつ新手が来るかもわからない。この十二人を守りながら逃げなければいけないことを考えると、できれば戦闘は避けたかった。

 そんなカジの逼迫した様子を見て、かえって人々は不信感を募らせる。そもそも彼らはすでに自分たちを諦めてしまうほどの時間を過ごしていた。暗い牢の中で過ごす日々の中で希望を失い、もはや誰かに助けられるということを想像すらしなくなっていた。

「ほら、早くしろ! このままどこかに売り飛ばされてえのか!?」

 まるで動き出そうとしない人々を見て、何とか無理矢理にでも連れ出さなくてはという考えがカジの頭をよぎったそのときだった。

「行こう」

 奥の牢に入っていた姉弟が檻をくぐって牢の外に出てきた。

「たぶんあのおじさんは悪い人じゃないと思う」

 姉が弟の手を引いて、ゆっくりとカジの元へ歩いてきた。周囲の人間はその様子をただじっと見つめている。まるでその二人以外は時が止まってしまったような、そんな不思議な感覚に包まれていた。

「私たちは外に出たい。お父さんとお母さんのところに帰りたい」

 はっきりとした足取りでカジの目の前まで辿り着くと、子どもとは思えないほど決意に満ちた力強い声で言った。

「ああ、任せとけ」

 カジは二人の頭をそっと撫でた。

「ただな、一つだけ言っておく。俺はまだ三十二歳で、おじさんではねえ」

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