1-38 気がかり

 他の衛兵たちに見つかることもなく、上手く塔から脱出することができた。

「あっちは上手くやってるみたいだな」

 窓から正門の方を覗くと、激しい爆発や土煙が上がっていて、戦闘が行われているのが見えた。予定通りミレナが激しく暴れてくれているようで、そのおかげで城の中にはほとんど衛兵たちが折らず、僕たちはかなり動きやすくなっていた。

「この様子なら、問題なく裏門まで辿り着けそうですね」

「そうだな。新手が来る前にさっさとおさらばしよう」

 正直言って、順調すぎるほどだった。すべてが計画通り進んでいて、このままなら全員無事に逃げ切ることができるだろう。

 だからこそ、僕は新しいことが気になってしまう。

「どうしたんだよ、急に黙り込んで」

 考え事をしたせいですっかり心ここにあらずだった僕を見かねて、カジが心配そうに声をかけてきた。

 今考えていることを口に出すか迷っていた。せっかく上手く事が運んでいて、逃げることができるのに、それを自ら棒に振って危険を冒す形になってしまう。自分の身勝手でそんなことを頼めるはずもない。

「先に行っててくれない?」

「はあ?」

 だからなるべく迷惑をかけないように、僕だけで向かうことにした。カジがいれば、ここから先は問題なく城の外まで逃げ切ることができるはずだ。むしろ、僕がいたら足手まといになってしまうくらいかもしれない。

 もちろん、僕一人で残ってどうにかできるかどうかは不安だったが、そればかりはやってみるしかないだろう。

「やり残したことがあるんだ。だからオサムを連れて先に行ってほしい。僕も必ず後から追いかけるから」

 きっとここで逃げてしまったら、一生後悔することになってしまう。だから僕はこのまま残る決断をした。

「……お前、あいつらを助ける気か?」

 足を止めた僕の方を振り返り、カジは呆れた声でそう尋ねる。どうやらすっかり考えを見透かされてしまっているみたいだった。

 カジの言う通り、あの地下牢に捕まっていた人たちを助けるつもりだった。自分たちだけ逃げ出したとき、苦しんでいる彼らを見て、ずっとその存在が気がかりだった。

 傲慢なのは重々承知している。自分には人を助ける力がないことは誰よりもよくわかっているつもりだ。この世界に来る前の僕だったら、見て見ぬふりをして、数日経てば忘れてしまっていたと思う。

 でも、せっかくこの世界に来たのだから、少しくらい憧れてもいいじゃないか。別に世界を救いたいとか、そんな大層な夢を抱くわけではない。目の前で困っている人を救える、ちょっとした勇者を気取ってみたかった。

「いくらミレナのおかげで混乱しているとは言え、牢屋は衛兵たちが守ってるはずだ。俺たちが逃げたことも見つかってる頃だし、そんなところに行って、ましてや捕まってる奴らを連れ出そうなんて、正気の沙汰じゃない」

「うん、わかってる」

 真っ直ぐカジの目を見つめる。

 遠くで人々の怒号と爆発音が混ざった音が聞こえた。こうしている今も、ミレナは弟を救うために戦っている。

 僕もあんな風に、誰かのために戦える強さがほしい。

「……本気なんだな」

 カジは根負けしたという表情で、呆れたように深いため息を吐いた。

「わかった。だが、お前が行くのはナシだ」

 背中をポンと押され、よろめいて倒れかけたのを何とか踏みとどまる。その勢いで前を歩いていたオサムたちのところまで戻されて、カジとの間には少し距離が開いた。

「あの隊長のチャブレとかいう男は、きっと逃げた俺たちを探している。あそこに戻れば戦闘は避けられねえ。あいつは見かけに反してできる奴だ。たぶんお前には手に余る。それにあいつにはこっぴどくやられた借りがあるからな。やり返してやらないと気が済まん」

 そう言ってカジは僕の声を拒むように背中を向けた。

「お前はしっかりオサムを守ってやれ」

「……ごめん」

 しかし、確かに地下牢へ向かうということは、再び敵陣の方へ自ら足を運ぶということだ。戦闘能力の高いカジにそちらを任せる方が明らかに成功率が高いのは間違いなかった。

 自分の身勝手でカジを危険に晒してしまうことを申し訳なく思うと同時に、自分の力のなさを歯がゆく思う。

「ほら、さっさと行け。ちんたらしてると、俺が追い抜いちまうからな」

 有無を言わさぬよう、カジはあえて僕たちを振り返らずに、地下牢の方へと走っていた。

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