校内一の問題児と交換日記をはじめてみた

【KAC11日記】

宮代みやしろさん、わたしと、こ、こ、交換日記しましょう!」


 たくさんの人が行き交う廊下でわたしこと十条彩花じゅうじょうあやかは、校内一の不良(と称されている)宮代茉莉奈みやしろまりなさんにそう声をかけた。

 宮代さんは一瞬きょとんとしたけれど、すぐにピンクトルマリンみたいな色をした髪の先を撫で、


「……別に、いいけど」


 まさかのOKをくれたのだった。


 今度はこちらが少し動きを止めそうになった。けれど、ここで引く訳にはいかない。

 わたしはそんな思いはおくびにも出さずに、手にしていた大学ノートをつきだす。ふ、と手が軽くなった。


 顔をあげると、


「これに書けばいいの? ふぅん」


 宮代さんはそう言うと、そのままノートを手に背を向けた。と思ったらすぐにまたこちらを向き、わたしをじろりと睨む。


 身近で見るのははじめてだけど、そんなに怖くないかもしれない。なんというか猫みたいな気まぐれさは感じるけど。


「明日持ってくる……ごめん。あんた、何さんだっけ?」


 ばちっと合った視線の少し下で、宮代さんの口が動いている。はっと我に返ったわたしは声を張り上げた。


「クラス委員長の十条彩花です!」


「十条さんね。ん。わかった。明日持ってくる。じゃ」


 言って、宮代さんは今度こそ立ち去った。今頃になって心臓がどくどく言っていることに気づく。やっぱり怖かったみたいだ、なんて自分のことなのにまるで他人事みたいに思った。


 でも、みんなが言うほども悪いひとでもなさそうな? 


「ん? え、あれ? ご、午後の授業は?」


 そんなことを考えわたしは口元を不自然に持ち上げた。だがもう既に宮代さんの姿はどこにもない。


 代わりだとでも言うように、予鈴が鳴った。


 我が校は県内でも有数の進学校だ。また、共学ではなくて女子高なのでお嬢様学校という側面も持つ。


 校内を見渡しても、宮代さんのように派手な髪色の子はまずいない。ただ彼女は決して成績が悪いわけではないらしく、単なる不良ではなさそうだった。


 昨日の帰りのことだ。担任から「あんなに派手な髪色をしたり授業を堂々とサボったりするのには何か訳があるに違いない。クラス委員長として宮代の悩みをさりげなく聞いてみてくれないか」と頼まれたのは。昔から頼まれ事は断れないたちだった。加えてわたし自身も、宮代茉莉奈という人物に興味があった。


 わたしは担任の頼みを二つ返事で請け負った。


 次の日、机の中にノートが入っていた。本当に書いてくれたんだと思いながらページを捲って目を見開く。


「これ。これって……」


 驚きと興奮とが体中を駆け抜けて、居ても立っても居られなくなり気がつけば駆け出していた。


 宮代さんを探さなくっちゃ!


 宮代さんがいそうなところ、は全くわからない。だけど、手にしたノートが背中を押してくれて、どこまでも走れそうな気さえした。


 それほどまでにびっくりしたのだ。

 会いたい。会ってすぐにでも聞きたい。わたしは校内を走り回った。教室、廊下、空き教室、中庭――、


 と、


 前方にピンクの髪を見つけた。わたしは取り繕うのも億劫になり、思ったことをストレートにぶつける。


「ねぇ! 宮代さん、絵、めっちゃうまいね!!!!」


 校内ではなかなか見せない素のわたしの声と想いだった。

 宮代さんは足を止めて、首を捻っていたが、やがて合点がいったように体を跳ねさせた。

 そのままの勢いで、大勢のなかを縫ってわたしの元へと飛んでくる。


「じゅ、じゅ、十条さん……あたし、もしかして、ノート……ノート、間違え……」


 宮代さんの顔は真っ赤だった。わたしは大きく頷いた。


「間違えてたよ。でも、そのおかげでこんな素敵な作品を見せてもらえた!」


 わたしの机に入っていたのは、確かに昨日宮代さんに手渡したものと同じノートだった。

 だが中身が違った。そこにはこちらが目を見張るほどにたくさんの素晴らしい絵が描かれていたのだ。


 なにこれすごい! という気持ちのまままに、わたしは宮代さんを探したのだった。


 宮代さんが赤く染まった頬を、指先で掻く。


「ありがとう。絵描くのはめちゃくちゃすきなんだ。昔から」


「すごい。この猫とか動き出しそう! 美術系の学校とかに行けばいいのに。もったいないよ」


 心からの言葉だった。宮代さんは首を横に力なく振ると、


「いや、姉も母もここの卒業でさ。本当は高校行かずに専門行きたかったんだけど、ダメって言われて。これはせめてもの抵抗みたいなもん」


 言って、ピンク色の髪を撫でる。

 わたしはゆっくりと瞬きをした。


「なるほど。そんな事情があったんだ……。でも、校則違反だからなぁ。クラス委員長としてはやっぱり見逃せないかなぁ。そうだ!」


 わたしは宮代さんの手を取った。


「うちの学校に美術部を作ったら?」


「え。は、はぁあぁ??」


 宮城さんは面食らっているが、わたしは本気だ。我が校には美術部はない。正確には廃部になった。部員減少に伴っての廃部なので顧問と部活動を行うだけの最小人数を確保すれば、再び部活として認めてもらえるはずだ。


 わたしは興奮したまま言った。


「部員はとりあえずわたしと宮代さんがいるよ。残り確かひとりと顧問だよね。大丈夫いけるよ! こんなにうまいんだもん。申請の際にこのノートも提出しようよ。そしたら先生たちも納得してくれると思うよ。だってこんなに素敵な作品たちなんだもの」


 一方の宮代さんは冷静なもので、


「そんなにうまくいくかね?」


 と眉間に皺を寄せて唇をすぼめている。

 だけどわたしは見逃さなかった。すぼめた唇が一瞬だけゆるんで、かすかに笑顔に変わったのを。


「そんなこと言って笑ってる」


 すかさず口に出すと、宮代さんはこほんとひとつ咳払いをした。


「あの、交換日記……は、こっち」


 宮代さんはサコッシュから同じ表紙のノートを取り出すと、


「スケッチしようと思ってたけど、まさか間違えてるとは……」


「これにも絵が描いてある?」


 わたしは目をきらきらさせながらそう言うと、宮代さんはまた耳まで真っ赤にした。


 どうやらこの校内一の問題児との交換日記、素敵な方向に転がりそうだ。


 そんなことを考えてわたしはページを捲った。


【了】












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