第20話 龍の倒し方

 その名は鍋弦龍(ナベツリュウ)。もはや空想上の生き物とされていた龍の化石を、偶然にも付近の発電所村の民が化石として見つけたのがつい10年ほど前の事。

 そのリアス王がカマイとフナートにそれを秘密裏に研究させた――カマイは面倒くさがってほとんどフナートに押し付けていた――のがつい5年ほど前の事。

 そして、研究成果が出たと当時に切断者たちがここを通過する事を茸型感知器シビレダケで感知し、電光石火の勢いで本体を撤退させたのがつい12時間前の事。

 そして、現在・・・自らが足止め役を買って出たフナート・O・リアスは切断者たちの前に仁王立ちしていた。


「俺はこの近くの太陽光都市、クーゼン・タカタウンの都市君主にして、リアス王の弟、フナートだ。・・・カマイやクジナが世話になったな」


 その言葉は感情的なフナートにしては丁重であったが、腹の底から唸るような声から切断者たちに対する怒りがひしひしと感じられる。怒れる男に対して口を開いたのは我らがリーダーのメイデンだ。


「クーゼン・タカタウンの都市君主がこんなところまでいったい何の用かしら。話し合いなら大歓迎よ。・・・無条件降伏なら、特にね」

「降伏だと?笑わせるな。兄弟をその手に掛けた切断者に下るくらいなら俺は戦って死ぬさ。」

「戦う、ですって?・・・だったらもう少しましな鎧を着てくることね」


 メイデンの言う通りフナートは鎧をつけてはいるものの、都市警備隊標準装備の鎧とは少し違った、どこか有機的なものを思わせるものだった。しかし、皮肉を前にしても彼の余裕は崩れなかった。


「お前たちを倒すのに重装備は必要ないという意味だ。切断者。」



 プス・・・


 そう言い切ると、フナートは腰のベルトにマウントしてあった、”試作:遺伝子書換微小構成体アップデートナノマシン”と側面に書いてある注射器のようなものを抜き取って、自分の右腕に突き刺した。


「鍋弦龍・・・力をお貸しください・・・クジナと・・・カマイの仇の為に・・・グッ!!」


 そうつぶやいたかと思うと突然、フナートの体がうめき声を上げながらぼこぼこと膨張を開始して、人の形を崩し始めた。切断者たちはとっさに身構える。


「何が起こってるんだ・・・いったい・・・」

「何か、嫌な予感がするわ・・・とても」


 警戒の表情が読み取れる中、ギロチンはふとクノナシの方を振り向いてみると、彼もやはり警戒態勢には入ってはいたが、その表情はどこか安堵しているようにも思えた。そして、彼が心の中で誰にも気づかれぬ様にこっそりと低周波でつぶやいた独り言も聞き逃さなかった。


「(早くなかった・・・むしろ、遅すぎたのかも・・・)」

「・・・」


 フナートはすでに自らの体から人間の名残を消していた。代わりにそこに立っていたのは、爬虫類を思わせる顔と青い身体、そして大きな翼と4本脚・・・その姿は、ついさっきまでクノナシが切断者たちに見せていたイメージデーター上の・・・龍そのものだった。フナートは、自らの体を龍に変態させたのだ!


「龍だ!!」


 キュイイイ・・・

 ジャキン!!

 ボウッ!!


 ファラリスの叫び声を号令替わりにして、切断者たちは身構えた。龍は人間のころよりもさらに地に響くような唸り声を響かせる。


「ここでは狭かろう・・・河岸を変えるぞ。切断者」


 そういったかと思うと、龍は大きな翼を広げて飛び立った。洞窟をぶっ壊すつもりなのだ!

 龍は頭から勢いよく突っ込んで、洞窟の天井部・・・即ち、ワイズ山のふもとに大穴を穿いて大空へと飛び立った。当然、洞窟は崩落し始めて、切断者たちはガラガラと音を立てて崩れる龍潜洞の中から脱出するために大急ぎで走り抜ける羽目になった。


 龍は大空をしばし旋回した後、かつて出入り口があった付近の広場へとその巨体を降ろした。ぽっかりと開いていた龍潜洞の口は今瓦礫で閉ざされている。奥からまだ轟音が聞こえていることから、おそらく龍潜洞は全て崩落したのだろう。どのみち事が済めば埋める予定だったので、手間が省けたと龍はわずかに微笑した。


 しかし、問題の切断者たちが出てこない。まさか、と龍は思ったが、これくらいの事でくたばるはずがないことは百も承知だ。龍は、いぶかしげに洞窟の入り口跡に近づいていって様子を見た。何の音沙汰もない。しかしそれでも注意深く耳を澄ませると、洞窟の奥深くの方で、何かの起動音が聞こえた。


 キュイイイ・・・


 ふん、そうだ。そうでなければ面白くないぞ、切断者。と龍は不敵な笑みをたたえながら後ろに勢いよく己を蹴りだし、切断者の不意打ちを紙一重でかわし切った。


 ブウゥン!!


「・・・はずした」

「思ったより奴は身軽みたいね。散開して攻撃するわよ。私とクノナシは正面を。ギロチン、ファラリスはそれぞれ側面に回って」

「・・・了解」


 瓦礫を切り裂いたはずみで大空に高く飛び上がり、切断者はそのまま三方に散開した。まずはメイデンがそのまま上空で高速鉄針弾を放つ。よけられた。だがそれも考慮済み。そのためにギロチンとファラリスを置いたのだ。龍が回避行動を行った先でファラリスが待ってましたと言わんばかりに超熱伝導波を浴びせる。もちろんそれも避けられるであろう。だが、それを受けている隙にギロチンが己の得物、高熱度振動剣を龍の体に振り下ろして真っ二つ、という寸法だ。


 ガギギギギギ!!!


 果たしてそれは振り下ろされた。しかし、龍の身体を守る鱗は思ったよりも固かった。振動剣の刃は猛烈な音と火花を散らすだけで一向に鱗を切り裂けない。


「・・・ッ!!」

「無駄だ、切断者。俺の体はそう簡単には引き裂けぬぞ」


 そういったかと思うと、龍は軽く身震いーーと言ってもこちらから見れば大うねりーーをして自分にとりつく切断者たちを払いのけて地に落とした。3人は空中でひらりと体勢を立て直して安全に着地したが・・・哀れクノナシは真っ逆さまに墜落してしまい、ずぼっと上半身が地面にめり込んでしまった。


「大丈夫かい!クノナシ!」

「ああ、よりよってこんな時にまで・・・面目ないです・・・」


 すぽん、とファラリスの助けを借りてどうにか引き抜かれたクノナシの様子を見て龍は内心呆れていた。このような間抜けに、カマイが、あのかわいい弟があんな目に遭わされるとは・・・人間なら口からため息をつくところを龍は火の玉に変換して切断者たちにぼう、と吹き付ける。


「くそっ、人のまねするな!!」


 怒ったファラリスは我こそが炎をうまく扱えるのだと言わんばかりに超熱伝導波を小刻みに繰り出して火の玉を打ち消した。そこから察するに攻撃力はそこまででもなさそうだが防御力に関しては今までの敵とはわけが違うようだ。その考えを見透かしたかどうかは知らないが龍はまるで勝ち誇ったような口ぶりで語りかけてきた。


「ははは、どうした切断者。もう打つ手なしか。人は切れても龍は切れぬか」


 ブウゥン!!


 一瞬の隙をついてギロチンは龍の首元を狙って二度目の不意打ちを放ったが、切断波は首を斬るどころか突き刺さることもできずにバリン、とむなしくも砕け散ってしまった。龍はまたも高笑いした。果たしてこの化け物をどうしたものか。私たちにはもっと重要な任務があるのだ、こんなところでむやみやたらに時間をつぶすわけにはいかないのだと、メイデンは龍に貫けるはずのない高速鉄針弾を放ちながら、弱点を必死に探っていた。


「駄目ね・・・全体的に走査しても鱗がびっしりで、全く隙が無い・・・せめて、一部分でも鱗の薄い部分でもあれば・・・そこを重点的に攻撃できるんだけど・・・」

「あの・・・」


 思案しているメイデンに、クノナシは恐る恐る提案した。


「メイデンさん、奴は体の外はばっちりガードを固めているようですが・・・”中”はどうでしょう?」

「・・・つまり?何が言いたいの?」

「ええと、その・・・」


 クノナシは、自分の考えをメイデンだけにこっそりと伝えた。それを聞いた瞬間彼女は一瞬顔をゆがめてクノナシを睨みつけたが、決して無駄とも言えない考えであった。


「・・・はっきり言うわ。個人的にはそのアイデアは最低よ。でも、全体的に考えたら、やってみる価値はあるわね・・・いいわ。貴方の作戦を二人にも伝えておく」

「お願いします!奴は俺に任せてください!」


 そういうと、クノナシは龍めがけて突っ走り、大地を蹴って大きく飛び上がった。


「龍よ、これでもくらいやがれ!!」

「無駄なこと!俺の体はいかなる攻撃も通さぬぞ!!」

「お前の”粘膜”もか?おりゃあっ!!」


 クノナシは龍の顔面に向かってぶわっ、と砂のようなものをかけた。しかしその実は、昨日ギロチンと食べたシビレダケを乾燥させて作った粉、即ちシビレ粉であった。粗びきではあったが、龍となったフナートの目の粘膜に溶け込んで、眼球をしびれさせて悶えさせるには十分な大きさであった。


「目が、目が!!グワーッ!!」


 耐えかねた龍は苦しさのあまり巨大な体をくねらせてどしん、どしんと大地を揺らした。初めて龍に攻撃が通ったのだ。しかし、これで作戦は終わりではない。切断者たちはぐわあ、という叫び声と共に、龍の口が再び大きく開く瞬間を見逃さなかった!


「今だ!!メイデンさん!!」


 クノナシの掛け声とともに、メイデンは大きく助走をつけて飛び上がったと思うと、なんと龍の口めがけて自分から突っ込んでいった。突然入り込んできた異物を龍は拒絶する暇もなく、ごくん、と周りによくわかるくらいはっきりと嚥下してしまった。


「むぐっ!?・・・貴様ら、一体どういうつもりだ!!」

「へへ、フナートさんよ。嘘ついてないのに”針千本”を飲まされたのは宇宙広しと言えどもお前さんだけだろうよ、こりゃあ末代までの語り草だぜ!」


 針千本と言えば・・・火力発電所村での戦いで、浮上戦車隊全員を針でめった刺しにした女・・・さっき俺に向けて鉄針弾をぶち込んできた女・・・体から針を生やせる女・・・そいつが俺の体の中にいる・・・ああ!!まずい!!そう思った時にはすでに手遅れだった。哀れフナート、体の外を固めることは出来ても体の中までは気が回らなかったのだ。完全な想定外であった。


 バババババ!!!


 龍の胴体が内側から無数の針で貫かれたのは、そのすぐ後であった。体は無残にも針によって無数の穴が開き、そこからどろどろと赤黒いものが流れ出ている。たまらず龍は悲痛な叫び声を与えた。


「ぐおおおおお!!」

「(二人とも、今よ)」


 メイデンが龍の中から発した合図を聞くや否や、ギロチンとファラリスは龍の傷に向かって渾身の一撃を加えた。


「・・・斬るッ!!」

「久々の赤色電磁集積球だぁ!!喰らえぇ!!」


 ブウゥン!!

 ビシュッ!!


 二人が同時に放った一撃は龍の傷をとっかかりとしてじわじわと龍の体を引き裂いていく。龍の叫びは悲痛さを増してより大きくなっていく。


「おのれええええ!!切断者ァァァァァ!!」


 そして、完全に真っ二つに分かれた龍の胴体はそれぞれ違う方向に倒れ、どすん、どすんと大地に号音を響かせた。龍はついに倒れたのだ。


「やった!!僕たちやったんだ!!龍を倒したんだ!!」

「・・・ああ」






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