ギロチン(切断者)

ペアーズナックル(縫人)

火力発電所編

第1話 切断者ギロチン

「納電は 明るい未来を 切り開く」

「収めよう みんなの為の 納電を」

 いつだろうか、その言葉が重荷になっていったのは・・・


「都(みやこ)への納電量がまた上がるそうだぞ・・・」

「それだけでねぇ、もし一アンペア、一ボルト、一ワットたりとも規定納電量に達しなければ都からの送電を停止するとよ」

「そんな、もううちは一日中フル稼働してようやく規定量に届くか届かないかなのに!」

「納電用のバッテリーだって維持するだけで電力を食う、うちらみたいな貧乏モーターじゃ到底まかなえん・・・」

「どう考えてもおかしいよ、何故もらう電量よりも払う電量のほうがはるかに多いのさ!」

「都の発電所は稼働するだけでもうちの村の倍の電力を食うらしいからなあ、げん何とか発電てったっけ?」

「口より手を動かせお前ら、悠長にしてる暇はないんだぞ」

「へいへい、おやじさん」


 電気。この死にかけた星にへばりついてでも生きることを選んだ人々が暮らすために必要なエネルギー。人々はこの星を生かすためにそれぞれ電気を作り、今や星のモーターである都に納めなければならない。それが納電義務というものだ。

 それをこの三大陸の――50年前の海面上昇から生き残った三つの大陸の――それぞれの都市が、都に電気を送っている。

 そして、その電気を基に都の発電所が稼働し、電気を送り返す。それを何度も繰り返してこの星に住む人々は命をつないできた。


「でも、なんで俺たちのじいさんのじいさんのそのまたじいさんは、銀河連邦がわざわざ用意してくれた移民船に乗って新天地に行くことを拒んだんだろうな?」

「自分の故郷から離れたくない、自分の故郷に骨をうずめたい、っていう望郷の気持ちがそうさせたんだろうな。おかげで子孫の俺たちはいい迷惑だが。」

「そのままみんなで死んでいれば、俺たちはこんなところで一日中炭鉱夫なんてやることもなかったのに・・・」


 この村の発電方法は火力だ。火を起こすためには燃料がいる。村のはずれにある大きな炭鉱、この大陸で唯一の陸上炭鉱が主な採掘場所であったが、ここ最近石炭の採掘量がじわりじわりと落ちている。

 何度も何度も新しい鉱脈を探して削岩機を走らせているものの、帰ってくるのはいつも空のトロッコと、煤と埃と徒労感にあふれた炭鉱夫たちだけだった。


「どうだった?」

「今回も駄目だった・・・」

「はぁ~・・・このルートが取れなきゃもうおしまいだべ」

「ただでさえ納電量が上がるっていうから石炭の採掘量増やさにゃならんのになぁ・・・」

「このペースでいけばこの鉱脈はすぐ枯渇しちまう・・・」

「村長さんと話し合って、何とか納電軽減請願出してもらう。それしか方法がない・・・か」

「今まで納電軽減請願が通った試しあったか?」

「ねぇな」


 炭鉱夫たちは早々に新鉱脈探しを諦めて、採掘作業に戻った。



「あのなぁ・・・お前らも懲りない奴らだ、こんな紙切れ一枚準備している暇があったらもっと納電率を上げるために工夫したらどうなんだ、ええ?」


 納電軽減請願書、規定量の納電が見込めないと判断されたときに、それぞれの自治体の長が納電管理局に納電量を軽減してもらうために提出する書類だが、この書類が受理されたことは一度もない。この見るからに悪人面の曲長が難癖をつけて送り返してしまうからだ。だが無理だとわかっていても村長は頭を下げるしかない。それしかなすすべがないのだ。


「お願いします局長・・・村人たちはもう女子供も動員して寝る間もなく納電、納電に勤しんでようやく規定量でございます・・・ただでさえ一杯いっぱいな状況でこれ以上の増電には耐えられません!」

「石炭の採掘量を上げて、発電所の発電ペースを上げれば済むだろうが。」

「採掘量を上げたらあの炭鉱は5年も持ちません」

「新しい鉱脈を探せ」

「もうあの炭鉱にはろくな鉱脈がありません」・・・


 延々と続く押し問答の末、結局いつものように納電軽減請願が受理されることはなかった。村長は入った時よりもさらに深く肩を落として管理局を後にする。

 村のどの建物よりも立派な建造物の納電管理局。そのだいたい真ん中らへんにでかでかと飾ってある、三陸王リアスの肖像画は今の村長には憎たらしかった。この若造が王位についてからというものの、納電量は上がり、生活は苦しくなる一方だからだ。


「何が慈愛王だ・・・」


 誰彼構わず救いの手を差し伸べる、そんな彼に名付けられた愛称が慈愛王であったが、彼の慈愛の対象範囲は都とその周辺都市に限られており、この村のような弱小の自治体には届かない。それどころか、先代の王よりも重い納電を強いてくる。

 都市には慈愛を与え、田舎には苦痛と重納電を課す、それがこの慈愛王の真実であった。

 その真実を知っていれば、おのずと村長が悪態をつくのも無理はない。


 村長は、力なく近くのベンチに座り込む。ベンチの真下近くには、発電所と管理局とを結ぶ巨大な送電線が流れていた。それを地上から目視できるように歩道は強化ガラスタイル敷きとなっている。

 村長はその送電線を眺めた。

 この送電線は、自分たちが暮らしていくための文字通り生命線でもあり・・・

 自分たちに納電の義務がある限り絶対に外すことのできない・・・

 鎖であった。


「・・・畜生!」


 やりきれない怒りを目の前のガラスタイルにぶつける。

 請願書はずっと握りしめられてもうくしゃくしゃだが、届けられなければ紙くずも同然だ。


「こんな・・・こんなものの為に、俺たちが苦しい思いしなければならないなんて・・・」


 ぶつけた怒りは痛みとなって、体に帰ってくる。

 そして今度は、涙になって頬を滴る。


「こんな思いしてまで生きることがこの星に残った者たちの望んだ未来なのか・・・?」


 投げかけた疑問には誰も答えない。

 響くのはむなしい嗚咽だけ。


「生きるために・・・永遠に飼いならされて・・・死ぬまで搾取されるくらいなら・・・」


 ああだれか。この目の前の鎖を。

 自分たちを戒めるこの目の前の鎖を。


「・・・こんなもの!いっそ一思いにぶった切ってくれ!!」




「・・・わかった。」

「・・・え?」


 村長は、いつの間にか目の前に男がいることに気づかなかった。村長は慌てて取り繕う。


「え、あ、いやこれはその・・・」

「これをぶった切ればいいんだな」


 全身を黒いバトルスーツで固めたざんばら髪の格好の男だ。恰好から察するに少なくともこの管理局や、都市警備隊の者でもない。何よりこの星のバトルスーツよりスッキリとした印象だ。

 一番目立つのは、男が右手に持っている、黒くて短い刀身のブレードだ。何やらキュイイイ、と音を立ててじわじわと赤い光を帯びてきている。


「離れてろ」


 言われた意味が分からないでいると、男は一瞬かがんだ後に空高く飛び上がり、真下の送電線めがけてブレードを振り下ろした。


 ブゥウン!!


 刀身から放たれる赤い光がきれいな円月状の弧を描いたと思えば、その形を保った大きなエネルギー波となって地面に一直線に向かってくる。そのブレードの正体がわかると同時に、とっさに身を引いた。あれは高熱度振動剣の一種だ。


 ジジジジジ・・・バヂンッ!!


 ガラスタイルに突き刺さったエネルギー波が送電線を切断したことに成功したのは、周りの施設の急な停電でよく発生する音ですぐにわかった。本当にぶった切ってしまったのだ、この男は。


「・・・ほ、本当に、ぶった切りやがった・・・」

「・・・おい。」


 呆然と立ち尽くす最中、真後ろから男に声をかけられて思わず振り向く。


「・・・俺はお前の要望に応えた。」

「・・・」

「今度はお前が俺の要望に応える番だ。」

「・・・要望?」


 男の要望は、いたってシンプルだった。


「・・・近くの発電所に案内しろ」




 一連の出来事を遠くから見ていたものがいた。


「あーあ・・・これまた派手にやらかしたね、ギロチンは」


 村長の目の前に現れた彼と同じ装いだが、一人は若い男で、もう一人は長髪の女である。


「特殊隠密任務だから、って私があれほど忠告したのに。全く・・・」

「とりあえず、ギロチンと合流して今の内に逃げよう。それからだ」


 やれやれといった表情で、女は若い男と共に彼・・・ギロチンのもとへ駆け寄っていった。








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