第2話 それはやがて身を焼く

大阪府西成あいりん地区


 東京から新幹線でやってきた水野とヒロ。

「なあ水野くん、次は彼処にあるたこ焼きを食べよう!」


 ヒロは新幹線を降りてからテンションが高く、水野を引っ張って連れまわす。

 本当に修学旅行に来た子どものようだ。


「ヒロさん俺たちは遊びに来た訳じゃないんだけど」

「嗚呼知っているよ」

 ヒロはたこ焼きを食べながら言う。


「仇討ち《あだう》をするにしても腹が減っては軍は出来ぬと言うだろう。ほらたこ焼き食べな」

 たこ焼きを刺した爪楊枝を水野に指しながらヒロはモキュモキュと小動物みたいに口を動かす。


「自分で買って食べるからそれはいらない」

「あれ?嫌われてしまったかな」ヒロは刺さったたこ焼きを口に運ぶ。

「別に嫌いじゃない。でもあなたにとって俺は客」

「なるほど、だから”あ〜ん”はいらないと」

「友達だろうといらないわ」


 思春期だねぇとヒロは呟く。


「まぁ、夜になるまで待ってよ。都会は人が多いから人数少しでも減らしてからでないと動きづらいよ」

「大丈夫犯人は逃げない」ヒロの言葉は絶対である気がした。

 そのままヒロと水野は大阪を満喫した。水野にとっては最後の自由だと心に言い聞かせて。


 夜も深くなり辺りに人が寄り付かなくなった頃たった二人の足音が空気中を伝う。

 今宵は月もなく街灯が少ないこの場所は犯罪に打ってつきであった。

 駐輪が道に多く道幅が狭くなったところを通ったり、落書きの多い店の通りを歩いたりとヒロに案内されながら進んで行くと三階ぐらいの廃ビルに辿り着いた。

「ここだよ」ヒロは建物を見つめる。

「ここに叔父がいるんだな?」

「嗚呼、君の家族を殺した君の叔父さんがね」


 水野は息を呑む。

 初めて会う叔父に緊張しているのではない。これから人を殺すことに恐怖があるわけでもない。

 ただ、家族を殺されたことに正当な理由があってそれに納得できてしまった時に躊躇なく仇討ちが出来るかがわからなかった。

 まだそこまで人間の情を捨てていない。捨て切れていない。

 捨てなければやられるのは水野自身だ。相手は一家を惨殺できる思考の持ち主だ。やらなければやられる。

 深呼吸をする。


「行きます」水野の目に迷いはない。


 もう引き返せない一歩。


「嗚呼」

 ヒロは水野の後をついて行く。

 

 奴は二階の一室にいた。


「お前が俺の家族を殺した水野勝義か?」冷たい声色で水野が告げる。


 男は向けていた背を翻し顔を見せる。金髪にマウスピアス。いかにもチャラいの言葉が似合いそうな男だった。


「お客さんは誰かと思えば伸明のぶあきの息子じゃねーか!」嬉しそうに勝義は言う。

「大っきくなったな!あの時お前がいなかったから寂しかったんだ」

 両手を広げ大げさなジェスチャーをする。

「よく来てくれた!本当によく来てくれた、東京からは遠かっただろう?これでお前も殺せるな!」享楽的表情で水野をみる。


「やはりお前がみんなを!!」

「そうだ、そうだよ」

「何故みんなを殺した?!勘当されたことが気に食わなかったからか?!」

 水野は叫ぶ。

「違うな!勘当なんてどうでもいい!」

「じゃあ何故?!」水野の声に勢いがつく。

「殺したかったからさ!正当な理由なんてどこにもねーよ!!ただ信明の絶望する顔が見たかっただけさ!」勝義は続ける。

「人が絶望する顔はいいぞ!優越感に浸れる。暴力でもたらした絶望は自分が圧倒的に強いことである証明だからなぁ!!新たに得た力を使わないわけにはいかない」


 クズだった。理由はただの自己満足のため。水野は勝美と自分の血が繋がっていることに吐き気を覚える。


「ねえ、一つ質問いいかい?」ヒロが口を挟む。

「なんだ、姉ちゃんいたのか?」

 勝義は水野に気を取られすぎていてヒロに気づいていなかったらしい。


「新たに力を得たと言ったね。どうやってだい?」


 勝義は笑う。

「そんなの教えるわけないだろ!!ただ力だったら見せてやるけどな!」


 勝義はそう言うと自身の後ろに大量の凶器を出した。空間から包丁、日本刀、金棒などが出てくる。

 何もなかった空間から凶器が出てくるなんて人間ができる技じゃない。


「それが君がもらった異能力か」

 ヒロは低めのトーンで言う。


「異能力?」聞きなれない言葉に疑問符をつける水野。


「この力で殺していくのは気分がいい!伸明たちも固まって動けなくなっていた!!」高らかと声をあげる。

「てめーらも死ね!!」

 台詞と同時に武器が飛んでくる。

 手に持っている果物ナイフでは対処ができない。

 眼前に迫るカッターナイフに死を感じる。

 いつまでも痛みを感じない。

 水野は頭を傾げる。

 それどころか目の前が少し熱い。

 目を開けると炎があった。


「は?」水野は目を開く。

「異能力者は少なからずいる。けどそれに気がつくかは日常生活や能力によるんだ」ヒロは淡々と言う。

「君は平和な生活をしていたから力に気がつかなかったんだよ」


「おい、嘘だろ!!武器が!?」勝義が騒ぐ。

 武器は刃の部分が溶けているやつもあればそのまま床に落ちているやつもある。


「クッソ、もう一度」

 勝義が異能を展開する。

 先程の攻撃よりも速いスピードで武器が迫ってくる。

 それをヒロが全部叩き落とす。ヒロの手には日本刀があった。

 前の攻撃もヒロが全部落としたのだろう。


「君の異能は炎、”暁の炎”だ」

「行け水野くん。復讐を果たすのだろ?」

 ヒロは水野を見ずに言う。しかし、その言葉は真っ直ぐに水野を見ている台詞だった。

 水野は走り出す。手に持っている果物ナイフを捨てより苦しむ

であろう方を選択する。

 勝義の近くに行き、発覚したばかりの異能で彼を焼く。

 勝義は呻き声をあげる。


「ウ゛ゥ・・・あああ!!熱い、アツイィィィ!!」


 皮膚が焼ける匂いがする。

 髪が焼ける匂いがする。

 パリパリと音がなる。


「水野くん、ストップだ」

 ヒロの制止にすぐに反応することが出来ず時間を置いてから炎が弱まる。

 勝義の表面は爛れていた。酷い火傷になっていてショック死してもおかしくない状態だ。


「君が喋れる内に聞いておきたい事がある」

 ヒロは間を置き低い声で聞く。

「君に異能を与えた奴は誰で今何処にいる?」


「あ、あ・・・」


「早く言え。そうすればその苦しみから助けてやろう」

 勝義を見るヒロの目は冷たい。

「遅い、それとももっと苦しみが必要か?」


 勝義は掠れた声で答える。


「赤髪の男だ、場所は知らない・・・」

「そうか、御苦労。楽にしてやろう」


ー異能力・雪原ー


 ヒロは勝義の前で手を横にスライドする。

 すると、何処からか冷たい風が吹き辺りの気温を低くする

 勝義はみるみる凍っていく。

 足先から頭まで凍った勝義は次の瞬間ヒロの指パッチンで粉々に砕け散った。

 そこに人がいた痕跡はなくなっている。


「ヒロさん?」

 その場から動かないヒロに声をかける水野。

「さぁ君の復讐は果たした。水野勝義を焼いたからね、あの怪我だったら私が止めを刺さなくても死んでいた。君の命は私のものだよ」水野の目を見て言う。


「・・・わかっています。煮るなり焼くなり好きにしてください」

「急に敬語になったね。うん、敬語は大事だ君はこれから社会に出るからね」

 急に敬語になった水野に苦笑いする。

 水野は”社会に出る”と言う言葉に驚く。


「え、社会?」


 にっこりと笑顔を作るヒロ。

「君には私の仕事を手伝ってもらうよ」


 ヒロのいい笑顔にこれからの人生の危機を感じながら諦めたように言う。

「父さん、みんな、就職先が決まったよ」

 水野は久しぶりに笑顔になった。

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